【連載小説】企業のお医者さん 第7話 #創作大賞2024
7 邂逅
大泉は公園に向かいながら、自分が期待し過ぎていたことを後悔していた(所長というから若くても40代と考えていたがあれは30歳そこそこじゃないか。若すぎるしトイレも無い狭い事務所とは。本田君も少し考えて発言して欲しいものだ。まぁ来てしまったのは仕方ない。適当に世間話でもしてから会議所に戻ることにしよう。とんだ無駄足だった。本田君が先走って余計な話をしてないと良いが。彼の性格では無理かな)。
数分後、小さな困難を解消した大泉は軽い足取りで事務所に戻ってきた。
所長の机の前では所在無さげに久志と本田が立ったままでいた。大泉は早足で二人の元に向かい、久志と名刺を交換し促されるまま椅子に腰を落とした。
(俺が戻るまでの間、座らずに待っていたのか。本田君とも何も話をしていないようだ。この男、若いが礼をわきまえている)
つい数分前に感じていた若すぎるという気持ちが、好ましいものへと変化してきた。この狭い事務所も清貧さの表れかもしれない。軽く見渡すと掃除が行き届いており清潔感がある。
大泉の視線が一枚の賞状に止まった。久志もそのことに気づいた。
「高校時代の賞状を飾るのはお恥ずかしいのですが、僕の誇りなのです。自宅は狭過ぎて飾る場所が無いというのも、ここにある理由ですが」
久志は少し照れた笑顔を見せた。飾っていた賞状には「樗牛賞」の文字が書かれている。
「山部先生は、安積高校の卒業生でしたか」
「はい、63期卒業になります」
(俺の後輩になるのか。樗牛賞とは相当に優秀だったということ。なるほどこの若さで公認会計士補、所長を任されるというのも道理ということか)
「私は58期なので、高校は私の方が先輩ということになりますね。私は樗牛賞を授与されるほど優秀ではありませんでしたが。ところで樗牛賞を主催していた橋本萬右衛門先生が、元国会議員ということはご存知と思いますが、橋本先生には当商工会議所の四代目会頭として御活躍いただいたこともあるのです」
久志は黙って頷いた。大泉は続けた。
「さて本日お伺いしたのは、現在当商工会議所の監査に欠員が出ています。後任候補の一人として、山部先生を推薦したいと考えていますが、応諾していただけますでしょうか」
大泉はサラリと本題を切り出した。
「候補の一人ということは、選ばれないこともあるのですね」
「えぇ履歴書を提出していただいた後、役員会で選考することになります。正直に申し上げて山部先生は第三候補です。あて馬と言える存在です。選出されることは期待しなでいただきたい」
久志は笑顔で答えた。
「ですよね。正直にお話しいただきありがとうございます」
自分を卑下する訳でもない自然な笑顔だった。
「公認会計士補ということは、福島大学経済学部を卒業されたのですか」
(もしかしたら高校だけでなく、大学も自分の後輩なのだろうか)
という疑問が大泉に浮かんでいた。
「いえ、大学は東北大工学部です」
湯呑を手にしていた大泉は、お茶を吹き出しそうになった。
「東北大工学部ですって。公認会計士とは全然畑違いじゃないですか」
「はい。20歳の頃に結核を患い、5年の療養生活を経て復学しましたが、工学系や一般企業に就職するのが難しくなり、公認会計士を目指しました」
極力、表情には出さないようにしていたが、大泉の心中は激しく動揺していた(東北大工学部、しかも肺結核の療養・手術を経験してからの卒業、公認会計士の資格取得なんてあり得ない話じゃないのか。どれだけの努力をすればそんなことができるんだ。しかも5年の療養生活ということは、今はまだ大学卒業して3~4年ということ。只者じゃない)。
「ということは、実務経験は3年弱ということですか。それで所長を務めていらっしゃるのですね」
絞り出すようにして尋ねた。
「はい、仙台で1年4ケ月の実務補佐、郡山では2年だけの事務経験です。年齢は30を越えていますが、商工会議所の監査として経験が足りないと指摘されたら返す言葉がありません。候補から外していただいても大丈夫です」
自分を大きく見せようとせず、淡々と事実を説明する久志に感嘆した。
「いや他の方にはない、それだけの人生経験をされているのですからそれは山部先生だけが持つ、大きな武器ではないでしょうか。是非、監査の候補として推薦させていただきたいです」
嘘偽りない大泉の心境だった。これだけの人材が埋もれていたことに驚いていた。
「ありがとうございます。ただ一つだけ、お願いしてもよろしいでしょうか」
本田は嫌な汗が滲んでくるのを感じていた(お願いだと。報酬かそれとも顧客獲得に繋がるような伝手が欲しいのか。この男、口調は丁寧だが木っ端事務所の所長ごときが、身の程知らずのことを大泉専務に言うようであれば、俺が咎めなくては)
大泉は静かに返答する。
「伺いましょう」
「御覧のとおりの若輩者です。大泉専務から先生と呼ばれるのは、恐れおおいです。山部君と呼んでいただければ、嬉しいです」
想定外の言葉に大泉の目が丸くなった。
「それが、お願いなのか・・・・。それだけか、山部君」
「はい。監査候補として、お声をかけていただき光栄です。大役ですが万が一選ばれることがございましたら、精一杯務めさせていただきます」
久志は深々と頭を下げた。その姿を見ながら大泉は心を震わせていた。
(様々な人物を見てきた。意識が高い者、力を誇示する者、傲慢な者、諂う者。しかし、これ程の仁義を見せた男は初めてだ。もしかしたら若き日の渋沢栄一先生も、このような人物だったかもしれない)
「ところで公認会計士というのは、税理士のように節税のアドバイスもするのですか」
大泉の問いに久志は苦笑いを浮かべながら答えた。
「そういうことが出来れば、もう少し顧客も増えると思うのですが。僕は節税関係の話は苦手なのです。節税に拘ると目線が小さくなって企業を矯めてしまう気がします。
師匠からの教えであり理想論かもしれませんが、僕は企業を元気にして、業績を伸ばし、雇用を増やし、より多くの税金を納めて欲しいと考えてしまうのです。そのためのアイディアならたくさん浮かびます。残念ながら顧客が少ないので、経験とか実績は少ない状況ですが、企業を生かすために自分の知恵を役立てたいと、常に考えています」
久志はバツが悪い子どものような表情で応えた。
(この言葉、取り繕うようなものとは思えない。この誠実さ得難い、この男、是非とも欲しい。俺も会議所の会員企業も、この男となら成長できるんじゃないか。本田君、よくこの男を見つけてきた)
「そうですか。まぁ山部君は若いから、これから活躍の機会は増えるでしょう。せっかくのご縁ですし、今後の人脈作りのためにもこれを機に郡山商工会議所に入会されませんか。後で入会関係の書類を送付させます」
「お誘いいただきありがとうございます。喜んで入会させていただきます」
即決という判断の早さにも好感を抱いた。
「専務、入会書類でしたらここにございます」
(本田君、準備が良いな)
大泉が頷くと、本田は鞄から入会書類一式と返信用封筒を取り出し、テーブルに置いた。
「では山部君、これから監査就任以外の話も、時々相談させてもらうかもしれないがよろしく頼む」
「はい、連絡いただけることお待ちしています」
大泉と本田が事務所を出ると、既に日は落ちており、冷え込みが厳しさを増していた。しかし大泉は胸に込み上げてくる暖かさを感じ、無骨な顔に自然と笑みが浮かんだ。
翌月開催された商工会議所役員会で、新しい監査として織田公認会計士事務所 郡山出張所長が選任された。
ポストを狙っていた二つの勢力は、相手にポストが行かないことを了として受け入れた。大泉の意を受けた本田総務部長の事前説明も功を奏した。
しかし新監査役に対し、一部の税理士などがやっかみの気持ちからか、手間がかかる難ししい顧客を紹介する者もいた。他の税理士から余されるようにして、郡山出張所の顧客となった企業の多くは、久志の助言を受けて業績を伸ばし、郡山出張所の経営を改善することに貢献した。
(第7話 おわり)
第8話はこちらです。
第6話はこちらです。
第1話はこちらです。
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