【創作】題名のない物語 第17話 撒布
十九時まで残業届が出ていたはずの木元さんが、十八時十五分過ぎに給湯室に行きカップを洗ってきた姿が見えた。もう仕事を終えたのですか早すぎませんかと思いながら自分の作業も終わらせ、PCをシャットダウンする。残務整理としては説明がつく時間で良かった。コートと荷物は中村さんの席に置いてあるので、いつでも退社できます。
コートを腕にした木元さんが近づいてくる。
「西野さん僕はもう帰りますので、機器のシャットダウンとかはお願いしてもよいですか」
私の名前を知ってはいたんだ。
「私も帰りますので、二人で確認しましょう」
コピー機等の電源をオフにして、最後に事務所の機械警備を作動させる。
木元さんに塚原課長封じのことを確認したかったけど、いきなり話題にするのも変ですよね、そんな話をするほどの交流はしてないし、というか会話をしたのは、先刻が初めてなのかも知れない。私の名前を知っていたのが不思議なくらいです。エレベーターで呟くように話しかけてみる。
「お腹が空きましたね」
「そうですね」
って、そこはそうじゃないでしょう。最低でも「一緒に夕食に行きませんか」じゃないんですか「美味しいレストランを知っています」みたいなことは期待してませんけど、話が続かないじゃないですか。仕方ない人ですね
「一緒に何か食べてから帰りますか」
木元さんが目を剥いてこっちを見る。ジャングルで珍獣を見たハンターだって、こんな表情はしないと思いますよ。
「僕と西野さんが、一緒にご飯ですか」
他に誰がいるのですか、今は誰と誰が話をしているのでしょうか。気が利くタイプとは思っていませんでしたけど、わざとボケているのでしょうか。ちょっとイラっとしましたけど、表情には出さないようにしなきゃ。
「駄目ですか」
「とんでもないです。好き嫌いとか駄目な分野とかはありますか」
「好き嫌いは無いので、居酒屋でもどこでも良いです」
「じゃぁ、中華、有楽町でも大丈夫ですか」
「良いですよ。明日も仕事ですから餃子は駄目ですね」
エレベーターが一階に到着する。
何だか、木元さんの表情が浮かれてきたように見える。若くい女性と食事に行けるのだから、最初からそういう態度を見せればよいのに、どうしてこうも鈍いのかしら。それに、何でも良いと言いましたけど、もうちょい御洒落な店の選択肢はなかったのですか。まぁ、ちょっと話をするだけだし、ようやく疑問が解決しそうだからヨシとしますか。
会社の外は寒さが厳しかったけど、ちょっとワクワクしながら駅に向かって二人で歩き出した。
(第17話 おわり)
第1話
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