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押しつけない、決めつけない親子で乗り越える受験という時間

中学受験、高校受験、大学受験を終えた今、改めて子育てについて考える

子どもが中学受験、高校受験、大学受験という長い道のりを終えた今、ふと考えることがある。幼い頃から一貫して気をつけていたこと、そして絶対にしなかったこと。それらが良い方向に転がっていったのは、もしかしたらただの幸運だったのかもしれない。でも、誰かの参考になるかもしれないと思い、まとめておこうと思う。

子どもには「親友」として接する


生まれた瞬間から子どもとは「親友」と思って接してきた。もちろん親としての責任は果たす。けれど、親と子という上下関係だけでは、思春期という荒波は乗り越えられない。私にはそんな確信があった。なぜなら私自身が、思春期に親とのコミュニケーションを完全に拒絶した人間だったから。親と私は別人格で他人なのに、親は私の何を知っているというのだろう。親はそんなに偉いのだろうか。親は絶対間違えないのだろうか。そんな反発ばかりが心を占めていた。自我が本格的に確立される思春期。あの頃の私は、自分の親に足りないと感じていたのは、親子である前に、人間として対等であるという視点だと思っていた。だから決めていた。自分の子どもが生まれたら、親友のように接しようと。

親友には上下関係も義務も強要もない。困っていれば助けるし、知らないことがあれば教える。笑えば一緒に笑い、泣けば悲しくなって励ます。時には他人には内緒にしたいことを共有することもある。そんな喜怒哀楽をあくまでも対等な立場で共有し、同じ目線で物事を見て考えて、話ができる関係性。それを目指してきた。今も子どもと円滑にコミュニケーションが取れているのは、きっとそのおかげだと思っている。

コミュニケーション能力の土台作り


私は幼い頃、重度の人見知りだった。一人っ子で、来客もほとんどない家庭。知らない人と話す機会が極端に少なかったことが、私のコミュニケーション障害を生んだのだと自己分析していた。だから子どもには、幼い頃から初対面の大人と話す機会を意図的に作った。

例えば回転寿司。子どもは寿司が好きだったので、小さい頃からよく行っていた。普通なら親が注文して取り分けるところだが、我が家は違った。小学校入学前から「自分で頼むなら好きなものを食べていいよ」と伝えていた。最初は恥ずかしがっていた子どもも、好きなものが食べられるという誘惑には勝てなかったようだ。カウンター越しの職人さんに

「すいません。シメサバ、サビ抜きください」

と声をかけた時の職人さんの笑顔と、届いたシメサバを嬉しそうに頬張る子どもの顔を、今でも覚えている。些細な成功体験。でもそれが知らない大人に話しかけるハードルを下げ、自分からどんどん聞けるコミュニケーション能力の土台となった。医学部の面接や入学後の先輩との関係にも、きっと良い影響を与えているのだと思う。

親の価値観を押し付けない


「行きたい学校を選びなさい」と言いながら偏差値で否定する。「AIの時代だから理系がいい」と決めつける。「自分ができたのだから子もできるはず」と思い込む。これらに共通するのは、親の価値観を基準に物事の良し悪しを決めているということ。親の理想が先にあって、子どもの意志とは無関係にそちらへ誘導している。
でも、その価値観は本当に正しいのだろうか。怖いのは、子どもが何も考えずそれを鵜呑みにして進んだ結果、どこかで「これは自分の選択じゃない」と気づいて後悔する時だ。親の意向はあくまで選択肢の一つとして伝える。適切なコミュニケーションを取り、子どもの意見も聞いたうえで、親子で納得できる落とし所を見つける。その一手間が、長い目で見た時に大切なのだと思う

自分で選択をさせる


小学校入学前後から、「こうしなさい」ではなく「こう思うんだけど、どう思う?」という問いかけを増やしてきた。子ども自身が考えをまとめ、伝える力を育てるために。最初は浅い考えしか返ってこない。でもそれを否定せず受け止めて、一緒に考えて進める。それが習慣になれば、親は情報を与え、あとは子どもが考えて選ぶ。たとえそれが親の思い描く道でなくても、自分で考えて選んだからには責任を持って頑張れと応援する。自分で選んでいない人生には、責任も熱意も生まれない。そう信じている。

最後に


親には親の意向があり、子どもには子どもの希望があり、それらが日々交錯する。ただでさえ受験期は思春期真っ只中の、多感で難しい時期だ。だからこそコミュニケーションを取り、親子の落とし所を見つけ、家族一丸となって同じ方向を向いて進むこと。それが受験を乗り越える上で、何より大事なのだと思う。


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太楼@偏差値45から医学部・難関大へ導く伴走 最後までお読みいただきありがとうございます。

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