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介護日記 #3 |認知症が紡いだ武勇伝。〜そして伝説へ〜


母はいつの間にか、「水源を見つけた英雄」になっていた。

先日、父が米寿のお祝いで市からいただいたお祝い金について、得意げに言った。

「あれは俺が地域に貢献したから貰えたんや。」

いやいや。

「みんな88歳になったら貰える、米寿の祝い金のやつやろ?」

思わずツッコんだ。

すると父は、

「他の人も貰っとるけど、俺は桁が違う!」

と譲らない。

しまいには、

「バカやないんか、お前っ‼️」

と言われ、

「アンタやろ。」

と、つい反射的に打ち返してしまった。

燃え盛る父。

……やっべー。

このスイッチは押したらいかんやつやった。

そっとその場を離れる私。

――敵前逃亡。

認知症の父との会話は、たまにこんな感じである。

言い返してもいいことなんて何もない。

それはもう十分、分かっている。

分かっているのだが、油断していると、ついツッコんでしまう。

なんで米寿のお祝いの話でこんな空気になるんだ。

ただ、父が「俺は地域に貢献してきた」と思うこと自体には、ちゃんと理由がある。

父は昔から地域活動に熱心な人だった。

公民館の館長をしたり、老人会の会長をしたり。

阪神・淡路大震災の後には、

「この地域にも、災害時に避難所になるような公園を作ろう。」

と、いろんな人に働きかけ、あちこち走り回った。

近所では知らない人がいないくらいの顔役だった。

だから、「俺は地域に貢献してきた。」

そこは、別に間違っていない。

間違っているのは、それと米寿のお祝いが、なぜか結びついていることである。

そして後日。

父がまた同じような話をしていたので、私は懲りずに聞いてみた。

「じゃあ、お母さんも同級生やから米寿のお祝い貰っとるやん。あれは何で?」

父は迷いなく答えた。

「昔、水不足の時にな。お母さんが地域のために動いて、みんなに感謝されたんや。」

……ん?

その話、聞いたことあるぞ。


今から50年以上前。

まだ家の水は井戸水が中心だった頃。

ひどい水不足で、自宅の井戸が完全に枯れてしまった。

まだ兄のオムツも外れておらず、水はいくらあっても足りない。

母は毎日、少し離れた知り合いのお宅まで井戸水を分けてもらいに通っていたそうだ。

でも、いつまで経っても水は出ない。

このままではどうにもならない。

意を決した母は、町役場へ向かった。

「どうにかしてください。」

すると返ってきたのは、

「みんな我慢してますから。我慢してください。」

という一言。

母は引き下がらなかった。

「対策してくれるまで毎日来ます。」

すると職員さんは、

「それなら町長さんに直接お話を聞いていただきますか。」

と言ったそうだ。

母曰く、
「どうせ町長を出すって言えば、帰ると思ったんやと思う。」

ところが母は、

「構いません。町長さんに聞いていただきます!」

――引かなかった。

そして、本当に町長と対面。
まさかの町長とのバトル。

「『我慢しなさい』って言うだけなら私にもできます。町民みんなが困っとるんやから、どうにかするのが町の仕事じゃないんですか? それだけでお給料もらえるなら、私が窓口に座ります!」

と言い切ったらしい。

なかなか嫌味の効いた一発である。

さらに、

「対策してくれるまで毎日来ますから!」

追撃。

母曰く、
「町長さん、顔が茹でダコみたいに真っ赤になっとってな。血管切れるんやないかと思った。人って怒ると本当にあんな色になるんやと思って、ビックリしたんよ。」

……お母さん。

お母さんが話す通りの言い方だけで、そこまで茹でダコになるか?

一体どんなテンションで煽ったんだ。

しかし翌日には担当の人が自宅まで状況を見に来て、近所にも聞き込みをして回ったらしい。

その後ほどなくして給水車で水が配られるようになり、近所のみんなも助かったそうだ。

母、勝利。

時にクレームは、社会を動かす。

ここまでが、私が昔から聞いていた母の武勇伝である。


母は普段、人前に出るタイプではない。

父が外交的な陽キャだとしたら、母は完全なる陰キャ。

基本、家にいる。

そんな母が、人生で一番勇気を振り絞った出来事だったのかもしれない。

だから、この話だけは何十年経っても誇らしそうに話していた。

……ただ。

長い年月は、時に物語を育てる。

「町長に直談判した。」

が、

「私が地域を救った。」

になり、

気がつけば――

「私が水源を見つけた。」

に進化していた。

……水源まで見つけちゃってた(笑)。

そして父は、その話を100%信じている。

だから父の中では、

母は、地域を水不足から救った英雄。
自分は、長年地域に貢献してきた功労者。

そんな二人だから、市から特別にお金をいただいた。

――米寿のお祝いとして。

……いや、違う。

ただの年齢のお祝いである。

とはいえ。

父が地域のために動いてきたことも。

母が勇気を振り絞って町長に直談判し、結果として給水につながったことも。

そこは本当なのだ。

二人とも、それぞれのやり方で頑張ってきた。

ただ、その本物の記憶に、長い年月と思い込みが少しずつ重なっていった結果――

母は水源を発見し、

父は市から特別表彰される男になった。

認知症になると、昔の記憶と思い込みが混ざり合い、「本人にとっての真実」が出来上がることがあるようだ。

だから否定すると怒る。

分かっている。
分かっているけど……

お父さん、お母さん。

市役所の人たちもまさか、

「水源を発見した英雄夫婦を表彰した」ことになっているとは思ってないよ。

こうして、実話から始まった我が家の武勇伝は、50年以上の時を経て――

そして、伝説となった。



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