傷だけが、季節を覚えている
彼に会いたいわけではない。
やり直したいわけでもない。
それなのに、去年と同じ季節が巡ると、傷が疼く。
これは、終わった恋の話ではなく、あの日に取り残された私を、迎えに行く話。
彼に会いたいとは思わない。
やり直したいとも思わない。
好きという気持ちも、もう残っていない。
返してほしいお金と、貸したままになっている本は返してほしい。
それ以外に、彼に望むことはない。
会わなくなって、4か月が過ぎた。
連絡も取っていない。
彼のいない生活にも慣れた。
朝が来て、仕事へ行き、人と話し、食事をして、眠る。
彼を思い出さないまま終わる日も、もう珍しくない。
それなのに、去年と同じ季節が巡ってきた途端、心の傷がひどく疼き始めた。
眠りの中にまで、あの頃が入り込んでくる。
胸の奥に、薄い刃物が残っているような痛み。
普段は動かずにいるのに、光の角度や、空気の匂いや、夕方の長さが去年と重なると、内側からゆっくり押し返してくる。
私は彼を求めているのではない。
それでも、苦しい。
去年のちょうど今頃、私は彼と会えなくなった。
3か月間。
たった3か月、と今なら言えるのかもしれない。
けれど、あの頃の私にとっては、終わりの見えない時間だった。
いつ会えるのか。
なぜ会えないのか。
私たちはまだ同じ場所にいるのか。
私は今も、大切にされているのか。
答えのない問いを、毎日ひとりで抱えていた。
連絡を待つ。
来ない。
理由を考える。
自分を責める。
少しだけ希望を持つ。
また、落とされる。
朝になっても苦しく、夜になればもっと苦しかった。
誰かを好きでいることが、こんなにも人を孤独にするのかと思った。
そして私は、三階の窓辺で、命を手放そうとした。
あの日のことを、今でもうまく説明できない。
死にたかったのか。
ただ、苦しみを終わらせたかったのか。
あの時の私には、その違いさえ、もうわからなかった。
ただ、これ以上、この痛みの中にはいられないと思った。
あの日の私には、窓の向こうと、苦しみの続く部屋の中しか見えていなかった。
その出来事から、一年が経とうとしている。
今の私は、あの人を愛していない。
戻りたいとも思わない。
なのに、あの日に近づくほど、身体のどこかが怯え始める。
頭はもう知っている。
あの時間は終わった。
私はそこを出た。
同じことは、もう起きていない。
けれど、傷は理屈を知らない。
傷は、カレンダーを持っている。
去年の光を覚えている。
去年の湿度を覚えている。
夕方の色も、夜の静けさも、窓辺で息を詰めていた私の身体も覚えている。
恋は忘れられても、傷は季節を忘れない。
だから疼くのだ。
まだ彼が好きだからではない。
彼のところへ帰りたいからでもない。
あの頃の私が、まだあの部屋に取り残されているからだ。
何度呼んでも返事が来ず、
何度自分を納得させようとしても苦しみが消えず、
とうとう、生きている場所から落ちようとした私。
私は今、その人を迎えに行こうとしている。
彼ではない。
去年の私を。
窓辺にいる私に、今年の私が声をかける。
「そこから離れて」
「あなたが悪いわけではない」
「その人に愛されないことと、あなたが生きる価値は、何の関係もない」
去年は、誰かにそう言ってほしかった。
今は、私が言う。
もう大丈夫だとは、まだ言えない。
傷は、確かに疼いている。
けれど今年の私は、その痛みが何なのかを知っている。
これは恋ではない。
未練でもない。
生き延びた身体が、あの季節を警戒しているのだ。
だから、無理に忘れなくていい。
痛くないふりもしなくていい。
ただ、窓を閉める。
部屋の明かりをつける。
水を飲む。
朝まで生きる。
去年の私ができなかったことを、今年の私がひとつずつする。
恋は終わった。
傷だけが、季節を覚えている。
それでも私は、生きているほうから、あの日の私を呼び続ける。
もう、ひとりでそこにいなくていい。
今年は私が、あなたを迎えに行く。
