光と影。発展する世の中の裏で、失われていくもの。
3年ぶりだろうか、
長野県の山深いところにある温泉宿に泊まりに来ました。
宿にはテレビはないが、私や家族にとってもお気に入りの場所です。
山に囲まれ、きれいな湧き水が流れ、温泉に入りながら静かな時間を過ごす。
私にとっては、
日常から少し離れて、
心を落ち着かせられる場所でした。
ところが今回、久しぶりに訪れて驚きました。
景色が変わっていたのです。
山の中に文明が入り、自然豊かだった場所が少しずつ姿を変えている。
宿の人に聞くとリニア開発の工事とのこと。


もちろん、時代は変わります。
道路ができる。
鉄道ができる。
街がつくられる。
生活が便利になる。
私たちは、そうやって豊かになってきました。
私自身、便利なことは良いと思うし発展していくのも賛成だ。
リニアだって、早く開通すれば便利になるだろうと思っていました。
だから、開発そのものを否定したいわけではありません。
ただ今回、実際にその場所に立ってみて、初めて感じたことがありました。
便利になるということは、その裏側で何かを失っているということでもある
。
ニュースを見ているだけでは、なかなかわかりません。
「工事が進んでいます」
「開通すれば移動時間が短縮されます」
「経済効果が期待されています」
そう聞けば、便利になる未来ばかりを想像します。
でも、その土地には昔から暮らしている人がいます。
毎日眺めてきた山があり、
大切にしてきた風景があり、
そこで続いてきた暮らしがあります。
工事によって景色が変われば、その人たちの日常も変わります。
反対したとしても、時代の流れや大きな計画には逆らえないこともあるでしょう。
その気持ちは、実際にそこに暮らしたことのない私には、すべて理解することはできません。
でも、今回その変化を目の当たりにして、悲しい気持ちになりました。
これは長野県だけの話ではありません。
私の住む町も
私が暮らしている地域でも、山が削られていく光景を目にします。
埋め立てなどに必要な土を取るために山を切り開き、木々を倒していく。
気がつけば、昔そこにあった山がなくなっている。
その光景を見るたびに思います。
この土は、いったいどこへ行くのだろう。
そして、山をなくした先に、何が残るのだろう。
最近は、熊や鹿が人の生活圏に現れるニュースもよく耳にします。
もちろん、その原因を単純に開発だけに結びつけることはできません。
ただ、人間が自然の中へ入り続ければ、動物たちの暮らす場所にも何らかの影響が出るのではないか。
そんなことを考えてしまいます。

光と影
多くの人が遠くの山で起きていることを知る機会は、ほとんどありません。
私自身も実際そうです。
新しい道路ができれば便利だと思う。
新しい鉄道ができれば乗ってみたいと思う。
移動時間が短くなればうれしい。
でも、その「便利さ」が生まれるまでの過程を、私はどれだけ知っているのだろう。
今回の旅行で、そのことを考えさせられました。
光が強ければ、その分、影も大きくなる。
大きな便利さや豊かさの裏側には、私たちからは見えにくい、大きな変化や失われていくものがあるのかもしれません。
だからといって、昔の生活に戻ればいいというわけではありません。
発展も便利さも必要です。
そして同じように、自然も必要です。
どちらかを選ぶのではなく、
「どうすれば共存できるのか」
を考えることが、これからの私たちに必要なのではないでしょうか。
今回、大好きだった場所の景色が変わっていくのを見て、そんなことを考えました。
何かを失ってから、その大切さに気づく。
自然も、もしかすると同じなのかもしれません。
なくなってしまった山を、簡単に元に戻すことはできません。
失われた景色も、そこにあった暮らしも、完全には取り戻せないでしょう。
だからこそ、便利さを求めるときに、
「その裏側では、何が起きているのだろう」
と少しだけ想像してみる。
そんな視点を持つことの大切さを実感しました。
便利さと自然。
発展と、そこに暮らす人たちの生活。
簡単に答えが出る問題ではないと思います。
人それぞれ、いろいろな考え方があるでしょう。
だからこそ、聞いてみたいです。
皆さんは、便利さと引き換えに失われていくものについて、どう思いますか?
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