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ナショナルチャンピオンが生まれない本当の理由──日本的「家」とメンツ

導入|話を大きくしすぎていたのかもしれない

ナショナルチャンピオンが必要だ、という議論は正しい。
だが、その議論は少し大きすぎるのかもしれない。

国家。産業。企業再編。

その前に、日本社会には、これらを進めるにあたって障壁となる、
もっと小さく、そして強固な単位がある。

**家族と縁者、つまり家制度。
そして、その「長のメンツ」**だ。

私はこれを日本型メンツと定義したい。
そして、その日本型メンツを社会の中で表現する装置が、
**「小さいお山の大将」**なのではないかと考えている。

これは、上からの制度論ではなく、
下から積み上がった構造に原因を求める分析である。

中国や韓国もメンツは気にするが、日本にもこのようにメンツを気にする人はいる。それを言語化していないような気がして、今回noteにした。


1章|「小さいお山の大将」は企業の問題ではない

日本に多いのは、

大企業の独裁社長ではない。

社員数が少なくても、
市場が国内でも、
世界で勝っていなくても、

「長」でいられる立場だ。

規模や業績とは関係なく、
「ここでは自分が長だ」と説明できる場所。

これが、私の言う
小さいお山の大将である。


2章|なぜ“必要”なのか

ここが重要だ。

小さいお山の大将は、
無能の産物ではない。

むしろ、社会的要請に近い

家族・縁者の視点に立つと、話は変わる。

考えてみる。

親戚の集まり。
地元。
同窓会。
法事。
冠婚葬祭。

そこで問われるのは、
世界シェアでも、時価総額でもない。

「で、今なにやってるの?」
「あの家は、ちゃんとしてるの?」


3章|メンツを守るには「肩書き」が必要

日本では、

実入りより、
仕事内容より、

**「長として説明できる肩書き」**が重要になる。

社長。
理事。
代表。
会長。

規模は問われない。

「あの人は、いちおう社長だから」

この一言が、
本人だけでなく、家族全体のメンツを守る。


4章|だから「小さな山」が量産される

ここで論理がつながる。

  • 世界で勝つ必要はない

  • 会社が成長しなくてもいい

  • 合併して席を失うくらいなら、
    小さくても山を持つ方が合理的

これは、
個人の合理性であり、
一家の合理性でもある。


5章|合併・再編が進まない本当の理由

合併が進まない理由は、
経済合理性の欠如ではない。

合併すると、

  • 社名が消える

  • 社長が消える

  • 本家の顔が立たなくなる

これは、企業再編というより、
一家の序列変更に近い。

だから、止まる。


6章|ナショナルチャンピオンと衝突する点

ナショナルチャンピオンに必要なのは、

  • 個人名が消えること

  • 主導権を手放すこと

  • 「うちの会社」を捨てること

だがそれは、

「この家は、誰が長なのか」

という問いを曖昧にする。

ここで、決定的な衝突が起きる。


7章|これは否定すべき文化なのか

重要なので、はっきり書く。

これは、悪でも、遅れでもない。

  • 家族を守る

  • 地域を守る

  • 序列を安定させる

日本社会は、この仕組みで長く回ってきた。

問題は、
この構造のまま、世界最適を求めていることだ。


まとめ|議論の出発点を、もっと小さく

ナショナルチャンピオンが生まれない理由は、

技術でも、
資本でも、
人材でもない。

「一家のメンツを保つために、
小さいお山の大将が必要とされている社会構造」

にある。

中国社会がメンツを重視することは、よく知られている。
だが、日本人もまた、十二分にメンツを意識する社会に生きていたのだ。

この点を見落としたままでは、
ナショナルチャンピオン論は、何度でも空回りする。

合併しても、派閥あらそいになるわけですから。

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