海浜幕張の電柱は誰が埋め、誰が直す?②🤣|請求書が来た瞬間、分配の話になる
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■ 導入
前回、海浜幕張の電線地中化について調べた。
海浜幕張を含む幕張新都心を計画・開発したのは、千葉市ではなく旧千葉県企業庁だった。
県が土地を整備する。
道路や共同溝などのインフラを造る。
企業を呼び込み、土地を売ったり貸したりする。
いわば、県が公営デベロッパーのような役割を担っていた。
ところが、造った後まで県がすべて管理しているわけではない。
現在、千葉市は「幕張新都心共同溝」の保守・管理業務を発注している。
そこで疑問が出てきた。
県が幕張新都心のために造った共同溝を、現在は千葉市が維持管理する。
ということは、
👉 幕張新都心という一地区のために、市民全体が維持管理費を負担するの?🤣
もちろん、これだけで問題だとは言えない。
海浜幕張に企業や住民が集まり、不動産価値が上がり、千葉市へ入る税収が維持管理費以上に増えているなら、都市への投資として合理的である。
災害時の被害や復旧費を減らせるなら、それも市全体の利益になる。
問題は、その収支や効果が市民へ説明できる形になっているかどうかだ。
平時は、
「景観がいい」
「街の価値が上がる」
「災害に強い」
という便益の話になる。
でも、維持費や更新費が発生した瞬間、
「誰が得をして、誰が払うのか」
という話に変わる。
そこで、前回の記事の最後にこう書いた。
👉 平時は景観の話。請求書が来た瞬間、分配の話になる🤣
そして、この構造は海浜幕張だけの話ではない。
公共施設。
スタジアム。
マンションの共用設備。
会社の新システム。
家庭の高額な買い物。
俺たちの身の回りにも、同じ構造が存在する。
今回は、請求書が届いた瞬間に表面化する「受益と負担のズレ」について考えてみたい。
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■ 請求書が問題を生んだわけではない
ここでいう「請求書」は、文字どおりの請求書だけではない。
維持管理費。
修理費。
更新費。
追加徴収。
税金による赤字補填。
将来発生する負担全体のことである。
請求書が届くと、人は初めて考える。
これ、誰のための支出なの?
なんで俺も払うの?
一番得をしているのは誰?
しかし、請求書が届いたことで、突然この問題が生まれたわけではない🤣
設備を造ると決めた時点で、
誰が主に利益を受けるのか。
誰が維持管理するのか。
将来の費用を誰が負担するのか。
その大枠は、すでに計画の中へ組み込まれている。
ただ、導入時には見えにくかっただけだ。
つまり、
請求書は問題を生むのではない。
最初から存在していた負担のズレを表面化させる🤣
請求書は、隠れていた分配構造を照らすライトなのである。
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■ 導入時は利益が具体的、負担は抽象的
新しい設備を導入するとき、利益は具体的に語られる。
街がきれいになる。
便利になる。
安全になる。
資産価値が上がる。
業務が効率化される。
家族が快適に暮らせる。
完成後の姿を、写真やイメージ図で見せることもできる。
一方、将来の負担は抽象的になりやすい。
「適切に維持管理します」
「必要に応じて修繕します」
「将来的な更新も検討します」
これで終わる🤣
いつ壊れるのか分からない。
修理費も確定していない。
物価や人件費が将来どうなるかも分からない。
だから、導入時には利益だけが鮮明に見え、負担は遠くへぼやける。
しかも、計画を通したい側にとって、将来の高額な請求書は説明しにくい。
利益を強調すれば賛成を得やすい。
負担を細かく説明すれば、計画にブレーキがかかる。
誰かが意図的に隠したとまで考えなくてもいい。
現在の利益は語りやすく、将来の負担は語りにくい。
それだけで、説明に差が生まれる構造になっている。
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■ 「みんなの利益」が負担の差を隠す
公共事業では、よく「市民の利益」という言葉が使われる。
確かに、街の発展や防災は、多くの市民に関係する。
しかし、
👉 「みんなに利益がある」
ことと、
👉 「みんなが同じだけ利益を受ける」
ことは別である。
例えば、ある地区へ高規格なインフラを整備した場合、
その地区に不動産を持つ人。
そこへ進出する企業。
実際に住む人。
頻繁に利用する人。
市内の別地区に住み、ほとんど利用しない人。
それぞれが受ける利益は違う。
直接大きな利益を受ける人もいれば、間接的な利益しか受けない人もいる。
一方、維持管理費を市税で支払えば、負担は市全体へ広がる。
つまり、
👉 利益は一部へ濃く、負担は全体へ薄く広がる
という構造が生まれる。
もちろん、市税は施設の利用料ではない。
自分が使わない道路や公園へ税金が使われたからといって、それだけで不公平とは言えない。
自治体全体で負担を分け合うこと自体が、公共の仕組みだからだ。
だから問題は、
「全市民が同じだけ使っているか」
ではない。
👉 一部へ利益が集中する事業に、市全体で負担するだけの効果があるのか。
👉 その効果と負担を、市が説明できるのか。
ここが本丸である。
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■ 決めた人、得る人、払う人が違う
さらにややこしいのが、関係者のズレである。
計画した人。
造った人。
利益を受ける人。
維持管理する人。
将来の費用を払う人。
これらが、すべて同じとは限らない。
海浜幕張では、旧県企業庁が街を計画・開発した。
しかし、現在は千葉市が共同溝の保守・管理業務を発注している。
造る主体と、維持する主体が違う。
もっと時間がたてば、計画を決めた担当者も、完成を祝った人も、その組織にはいないかもしれない。
一方、設備と維持費は残る。
造る側から見れば、
立派な街が完成した。
企業が集まった。
土地の価値が上がった。
土地が売れた。
これで事業は成功に見える。
しかし、維持する側から見れば、その立派なインフラは毎年費用が発生する固定資産でもある。
👉 造った側の「成功」と、引き継いだ側の「収支」は別の話なのだ🤣
完成した瞬間には資産だったものが、引き継がれた瞬間から将来の支出を伴う設備にもなる。
請求書を受け取るのは、決めた人とは限らない。
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■ 造った後は「払わない」を選びにくい
導入前なら、
「高すぎるから造らない」
という選択ができる。
電線を地中化しない。
高機能な設備を採用しない。
もっと簡素な方法を選ぶ。
そもそも計画を中止する。
複数の選択肢を比較できる。
しかし、一度造ってしまえば話は変わる。
壊れた共同溝を放置する。
老朽化した公共施設をそのまま使う。
動かなくなったシステムを直さない。
安全性や生活、事業の継続に関わる設備では、簡単に「払わない」とは言えない。
修理を先送りすれば、その場の支出は減らせる。
しかし、劣化が進み、後からもっと大きな費用が必要になる可能性もある。
つまり、設備を造るという判断は、建設費を払うだけではない。
👉 将来の維持費を予約することでもある🤣
導入時には一度きりの投資に見える。
実際には、長期間続く支払いの入口かもしれない。
だから本来は、初期費用だけではなく、点検・修理・更新まで含めたライフサイクルコストで判断する必要がある。
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■ 「効果がある」だけでは投資理由にならない
ここも重要である。
地中化には景観面の効果がある。
電柱の倒壊リスクを減らす効果もある。
だから地中化には価値がある。
ここまでは間違っていない。
しかし、
👉 効果がある
ことと、
👉 高い費用を払って導入する価値がある
ことは同じではない。
ほとんどの公共事業や設備には、何らかの効果がある。
重要なのは、
👉 その効果が費用を上回るかどうかである。
さらに、
電柱方式を続ける。
一部の重要道路だけ地中化する。
より安い工法を使う。
倒木など、電柱以外の道路閉塞リスクも同時に減らす。
こうした代替案と比べなければならない。
比較すべきなのは、
👉 「地中化には効果があるか」
ではなく、
👉 「他の方法より高い費用を払うだけの追加効果があるか」
である。
これは海浜幕張に限らない。
新しいシステムで業務が少し速くなる。
豪華な共用設備でマンションの魅力が上がる。
立派な公共施設で来訪者が増える。
効果がゼロでないことは、導入の正しさを証明しない。
追加で払う金額に見合う追加効果が必要なのだ。
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■ 「経済効果」と「払える税収」も違う
公共事業では、
「地域に○億円の経済効果があります」
という説明が使われることがある。
しかし、経済効果と自治体へ入る税収は同じではない。
企業の売上が増えても、その全額が市の収入になるわけではない。
国税になる部分もある。
県税になる部分もある。
市外から通勤する人の住民税は、居住する自治体へ入る。
地域で大きなお金が動いたとしても、そのうち市税としていくら残るかは別計算である。
だから、
「街が発展した」
「経済効果があった」
だけでは、維持管理費を説明したことにはならない。
必要なのは、
市へ実際にどれだけの税収が入り、
そのうち追加インフラの維持管理や更新へどれだけ必要になるのか。
同じ物差しで比べることである。
もし税収増が維持費を大きく上回っているなら、市はその数字を示せばいい。
それなら、市民全体で負担する合理性を説明できる。
逆に、それが分からなければ、
「街の価値は上がりました。でも、将来の請求書は市民全体でお願いします」
という話に見えてしまう🤣
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■ 身の回りにも同じ構造がある
この構造は、公共事業だけの話ではない。
例えば、マンションの共用設備。
導入時には、
「高級感があります」
「資産価値が上がります」
「住民同士の交流に使えます」
と説明される。
しかし、壊れて修繕費が必要になると、
「俺は一度も使ってないのに、なんで払うの?」
という話になる。
会社の新システムも同じだ。
導入時には、
「全社の業務を効率化します」
と説明される。
ところが、実際には一部の部署しか使わない。
それでも、利用料、保守費、研修費、更新費は会社全体の予算から出ていく。
請求書が来た瞬間、
「一番得をしている部署はどこ?」
という話が始まる🤣
家庭の高額な買い物も同じである。
購入時には、
「家族みんなのため」
と言っていた。
ところが、ローン、保険、修理費が発生すると、
「一番欲しがった人と、一番払っている人が違わない?」
となる。
公共施設やスタジアムも同じ。
建設時には、
「地域活性化」
「街のシンボル」
「市民の夢」
として語られる。
赤字や大規模修繕が発生すると、
「使わない市民まで、なぜ負担するの?」
という話になる。
全部同じである。
導入時には「みんなの利益」。
請求時には「誰の負担」。
言葉の主語が変わるのだ🤣
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■ 必要なのは、請求書が来る前の説明
これは、
「公共事業をするな」
「高い設備を導入するな」
という話ではない。
利益が費用を上回るなら、導入すればいい。
一部の人が直接得をする事業でも、街全体に十分な波及効果があるなら、市全体で負担する合理性はある。
ただし、その判断材料を最初に見せる必要がある。
誰が計画するのか。
誰が主に利益を受けるのか。
初期費用はいくらか。
誰が建設費を出すのか。
完成後は誰が管理するのか。
毎年の維持管理費はいくらか。
大規模修繕や更新は、いつ、いくら必要になるのか。
費用が想定を超えた場合、誰が追加負担するのか。
自治体には、実際にどれだけ税収が増えるのか。
より安い代替案はないのか。
そして、
👉 決めた人がいなくなった後、誰が請求書を受け取るのか。
ここまで説明して、初めて利益と負担を同じ場所で比べられる。
導入時には未来を語り、請求時になって初めて負担を語る。
その順番だから揉めるのである。
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■ 最後に|請求書は答え合わせ
請求書が届いてから、分配問題が始まるのではない。
導入時に曖昧にされた、
「誰が得をして、誰が払うのか」
の答え合わせが始まるだけである。
平時は景観の話。
導入時は未来の話。
でも、
👉 請求書が来た瞬間、分配の話になる🤣
だから、何かを導入するときに確認すべきなのは、
「これには効果がありますか?」
だけではない。
誰が決めるのか。
誰が得をするのか。
誰が維持するのか。
将来、誰が払うのか。
その四つを、最初から同じテーブルへ載せる必要がある。
埋めていいのは電線であって、
将来の請求書まで一緒に埋めたらあかん🤣
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