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「小説 組織風土改革推進委員会」第13話:やらされ感

第13話:やらされ感

 会社のせいにするのは、事象として、なにか自分にとってよくないことが起きて、それが間接的なものだったとしても、思考としてネガティブにしか捉えられずに、否定的な感情となり、行動として「会社がー」とか「上司がー」とかいう言い訳になるのではないか?と、その夜は一人で考えていた。

 その時には、受け入れられないようなことが起きても、自分自身で「では、どうしたら良くなるのか」という自らへの問いかけから入れば、ポジティブな思考となり、肯定的なな感情となり、主体的な行動に変わるのではないか?最初に自分で自分に質問するところで、「なんでこうなるのだろう」「なんでいつもこんなんだ」というような悲観的イメージだと、すべてが受け入れられずに、ネガティブなイメージとなり、思考も感情も、行動も、つまりは結果もよくないのではないかと考えた。

 これをどういうふうに社員に気づかせたらいいのだろう。みんな自分事化するのであろうか。でも、どこかでポジティブ転換すれば、結果は良い方向に向かうのである。「どうしたら良くなるのか」を自分に問いかけることなのだろうなと、考えようとせずとも、そのことが頭の中に現れてきて、なかなか寝付けずに目が冴えてきてしまっていた。。

 次の日、加藤さんに少し声をかけた。昨晩考えたことを話してみた。
「実は、昨日のミーティングの最後に話が出た“やらされ感”についてですが、自分はやらされているという感覚がなくなっているように感じています。若い20代のころはあったのですが、いつしか、40歳になった頃か、物事をネガティブに捉えることをあまりしなくなったようなのです。もちろん、百パーセントではなく、その割合が変わったという感じですが。どうしたら良くなるのだろうに焦点を充てるというか、そう考えると、そんなふうに自分に問いかけると、あまり他責にしなくなったのです。そういう考えをすること自体をしなくなったのです」
加藤さんは
「うん、村田さんに、なにかきっかけがあったんじゃないかな?四十歳のころ?」
「そうですね、自分事化というイメージはなかったのですが、物事をプラスに考えて行動しなければという一年がありましたね。そう、あの時の一年なのかなあ・・・」
「なにか、あまり気が乗らないようだったら、話さなくていいよ」
加藤さんは、何やら察してくれた。
「今思えば、悪い経験ではないんですけどね。話が長くなるかもしれませんので、また今度」
とごまかした。

 そう、40歳を過ぎた頃、15年ほど前に、30人の部下がいた企画セクションの部長から、たった一人だけのプロジェクト組織に異動になったことがある。この時が、自分自身が転換した一年間だった。当時は3月31日に内示を受けての異動であった。その内示日は本部みんなでの懇親会があったが、俺は、まったく足が向かなかった。辞令で、あるプロジェクトリーダーを言い渡されていた。スマートプロジェクトという名前で聞こえはいいが、会社全体の無駄を省くという役目だ。誰かと一緒にその組織に異動になると思っていたら、その夜に、たった一人のプロジェクト組織ということが判明した。まんまと当時のある役員にはめられてしまったと感じた。

 スマートプロジェクトには、前任もいたが、その彼は、いろんな部門の無駄を省いていくコストカッター役であった。当時は、事務用品など購買部門の範囲でないようなものだったり、バイク便、宅配便などの周辺にメスを入れる役目で、みんなからは煙たがられていた。会社にとってはそういう役目の人間も必要であろう。彼自身、それを喜んでやっていたというわけではないのであろう。

 しかし、全社のスマートプロジェクトなので、もっとやるべきことがあるだろうということで、俺は、まずはIT化を推し進めた。営業所のインフラ周りなどが昔のままだったので、予算をどうにかしてつけてもらい、推し進めた。当時の情報システム本部からは「金ばっかり使いやがって、システムのことも知らないくせに」と恨まれていたのだが、結果、回線スピードを向上させて営業所のみんなに喜ばれたのをおぼえている。どれだけ改善したのかわかるようにストップウオッチで計測したりもした。本当に小さいことであったが、営業所のバックオフィスを任されている内勤職の方の負荷を少しでも取り除きたかった。そんな中で、自分しかできないことは何だろう?ということで問い続けて、仕事に向き合ってきた。特に、今まで声を上げられなかった人の声を代弁して改善を行っていた。

 また、ちょうど、毎年一回、カスタマーレポートというものが各事業本部に経営企画から通知される。市場、競合、自社を比較した調査だ。私のいた事業本部にも、事業企画担当の女性がいたが、各営業本部長や部課長に指示を出してもなかなか提出されてこず、集約できないと悩んでいた。ちょうど隣の席だったので、見かねて、彼女に伝えた。
「田中さん、毎年のことだよね。でも、回収したって、ちょっときちんと記載された内容ではないよね。営業も忙しいから適当にしかやらないんだよね。本部長は部長へ、部長は課長へ丸投げだからたちが悪い。このあたりの数値や情報は、週報や月報から拾って、田中さんならの視点で書いてみたら。100パーセントは無理だけど、7割は書けると思うよ、それに対して、このあたりがわかりませんとマーカーして、営業管理職に追記くださいとまわしたらどう?田中さんの価値ぐんとあがると思うよ。こういうレポートを八割できるようになったら、本部長ではなく、自分自身が、この本部をまわしているんだという気持ちになれない?」

 田中さんの気持ちをポジティブに転換させたかった。田中さんは
「はい、できるかしら」
と言って迷っていたが、三日後には
「村田さん、管理職に通知できました。ありがとうございます。七割くらいは私が記載して、あとの追記・加筆を管理職にお願いしました。なにか自信になりました」
少し思い出すたびに、やはり、この一年が、自分を変えたのだと再認識した。誰にもこのことは口外していなかった。

 先ほどの3月31日の懇親会では一人だけの部署だとわかってショックであったが、だいたい二日間くらいでリカバリーして、自分にしかできない仕事に俺は邁進した。すべてをポジティブ変換できるようになったのは、この頃だったのではないか。どこかで、自分のことをきちんと加藤さんにはどこかで話してみようと思っていた。この人となら、なにかいい仕事ができそうだ。きっと自分の最後の仕事となるだろう。最後はきれいに終えたいと思うのは俺だけではないだろう。

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