見出し画像

テレワークゆり物語 (30)商品企画という仕事

これが、私がやりたかった仕事だ!

シャープに就職して2年ほどは、会社での自分の立ち位置を見つけることができずにいた。プログラミングは理系女子にかなわない。細かいことが苦手なので、取り扱い説明書のチェックはザル状態。ハードとなるとお手上げ。何せ「はんだ付け」もしたことがない。(当時の教育は、男子は「技術」、女子は「家庭科」と分かれていた)

そんな状況なので、正直なところ、会社での時間を持て余していた。自分が会社の役に立てていない。でも、(男女雇用機会均等法のおかげで)バリバリ働いている同期男性社員と同じお給料をもらっている。自分としてはもどかしく、また、会社に申し訳ないという思いで日々勤務していた。当然、残業はないので、終業後ボウリング場に通っていたのもこの頃だ。
この時、学んだことがあった。

仕事において、『暇』ほどつらいことはない。

私のその後の仕事人生で、どんなに忙しくても「幸せ」と感じることができたのは、この経験からだろう。

そんな私が見つけたのが「企画」という仕事だ。商品づくりの一番最初の重要な仕事。誰に向けて、どんな商品を作って、いくらで売れば、喜ばれるか。そして、その結果、会社はどれだけの「利益」を得られるか。
なんてやりがいのある仕事だろう。

パーソナルコンピューターの商品企画をしたい

強くそう思うようになった。しかし、私が最初に配属されたのは、オフィスコンピュータのソフトウェア技術部。パソコンの商品企画部は、同じフロアとはいえ、仕事でからむことはまったくない。上司との面談で希望は言うものの、簡単にかなえられるものではない。

ある時、研究所からやってきた新しい事業部長が、総合職で採用した7人の女性たちの意見を聞くという場を作られた。平社員にとって、事業部長は雲の上の人。普通は話はできない。このチャンスを逃してはいけない。私は「商品企画」への想いを語りまくった。

「これからの時代は、女性社員が活躍するべきだね」

事業部長はそうつぶやかれて、その場は終わった。
そして、数か月後、私は念願の「パソコン商品企画部」へ異動した。

当時のパーソナルコンピューター市場は、NECのPC98シリーズの牙城。私の人生を変えたシャープの「MZシリーズ」は終焉を迎え、複数のメーカーが協力して、世界標準だったPC/ATの互換機『AX』で牙城を崩すぞ、という、パソコン戦国時代の始まりでもあった。

シャープ入社3年めの頃の話である。

※冒頭の写真は、当時の所属が書かれた書類の一部。「コンピュータ事業部第一商品企画部」に属した大切な記録。(字、汚すぎ。ww)


いいなと思ったら応援しよう!