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『魂のジンガ(Ginga da Alma)』 第四話

第四話『陽気な嵐』


「お〜い、浩介! お前宛の荷物が届いてるぞ〜」

中島の親父さんに呼ばれて事務所に行くと、大きめのスーツケースと国際郵便の伝票が置いてあった。見覚えのある丸いステッカーが貼ってある。
《GRUPO MARÉ DE AXÉ》。浩介が半年間、ブラジルで身を置いたカポエイラ道場のロゴだった。

「まさか…」

胸騒ぎとともに、スーツケースの陰からピョンと飛び出してきたのは、黒髪に陽光のような金色メッシュを編み込んだ、目の大きな女の子だった。

「やっほーう、コースケ!アブラッソ〜!」

「え、なんでお前がここに……」

「“なんで”じゃないの、メストレが言ってたじゃん。そろそろお前に『風』を吹かせてやれってさ♪」

彼女の名前はアマンダ・ジ・ソウザ。
だが現地では誰もそうは呼ばない。
その切れ味鋭いアルマーダから、彼女は「ミス・アルマーダ」とあだ名されていた。


数日後の公園。浩介の自主練の輪が、アマンダの登場によって一変していた。

「ハ〜イ、みんな!今日は私が回すわよ〜!」

陽気なポルトガル語混じりの日本語で、彼女は公園の中央に舞い降りた。そのアルマーダは風を切り、地面を擦る靴の音とともに、まるで空間をリズムごと巻き込んでいくようだった。

「ねぇコースケ、アンタさぁ……陰気だよ、陰気〜〜♪」

彼女はあっけらかんとした笑顔で、浩介の前に立つ。

「なんだと?」

「ジョゴしてても、あなた、“技”だけ。そこに“遊び”がないの。そんなの、つまらないじゃん。」

軽く手を合わせてジョゴに入ると、アマンダの動きは終始リズムに乗っていた。まるで音楽と踊っているようだった。逆に、浩介の動きは堅い。技術は確かだが、どこか息苦しい。攻防というより、“正解”を探すような動き。

「それじゃ勝てないよ?」

彼女はウィンクしながら、軽くアルマーダ・デ・コスタを繰り出し、浩介の頬をかすめた。

「勝つとか負けるとかじゃなく、俺は――」

「だから、そーゆーとこ♪」

アマンダが踊るように跳ね、回り、翻る。
彼女の軌道は読みづらく、次にどこへ出てくるかも予測できない。

「マリーシアよ、コースケ。」

浩介はその言葉に、ブラジルでメストレに言われた言葉を思い出していた。

――力で倒すんじゃない。流れを読んで、遊びながら導くんだ。

――お前には強さはある。でも、まだ“風”がない。

「マリーシアってのはな、敵を欺き、自分すら欺いて、どんな状況でも心の奥に“遊び”を持ち続ける。
それがカポエイラの核なんだ。」



翌日、浩介はいつもの子どもたちとのカポエイラ教室で、少し違うスタイルを試してみた。

「技を磨くだけじゃなく、相手と“遊ぶ”ことも大事だ。
競うよりも感じ合う。“風”みたいに、自由で、したたかに動くんだ。」

その輪の中で、海斗がふと尋ねた。

「浩介さん、それが“マリーシア”ってやつですか?」

「……そうだな。でも、言葉じゃなくて、体で覚えるものだ。たとえば――」

そのまま海斗と軽くジョゴに入る。わざと重心を崩してみせ、相手のフェイントに“だまされたフリ”をする。そのたびに、子どもたちの笑い声が弾けた。

「マリーシアって、楽しいですね」

と、海斗が屈託のない笑顔を見せた。

「だろ?」

浩介も、久しぶりに自然な笑みを浮かべた。



その日の夕方、アマンダが工場の隅でビリンバウを弾いていた。

「で、気づいた?」

「……あぁ。俺は、ずっと“戦う”ことしか考えてなかった。」

「カポエイラは、もっともっと自由なの。攻める時も、引く時も、全部、遊びなのよ。」

「お前、本当はすごく真面目だろ」

「バレた?……私もさ、メストレの孫ってだけで、ずっと勝手に期待されてきたんだ。でもね、それに潰されるくらいなら、笑って逃げたほうがカポエイリスタっぽいでしょ?」

アマンダは空を見上げて笑った。その笑顔に、浩介はほんの少しだけ“風”を感じた。

次の日、アマンダは何事もなかったかのように旅立っていった。

「また風のように現れるからさ、次はあんたが“遊んで”よ、陰気男!」

そう言って、彼女は空港の人混みに紛れて消えた。

その背中を見送りながら、浩介はビリンバウの弦を少しだけ緩めた。
少し気が抜けた音が、夕暮れの町に優しく響いていた。

つづく

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