週刊アンチ・ドーピング通信 #7|「禁止表は3年に1度改定」は不正解? ソチ五輪と2014年9月の特例
はじめに
こんにちは、TechKeepです。今週のアンチ・ドーピング情報をお届けします。
前号の第6号ではミラノ・コルティナオリンピックの検査結果(3,053検体・ADRVゼロ)と4月25日のPlay True Dayを紹介しました。
今回のテーマ、「禁止表は3年に1度改定される」──これ、不正解です。
正解は 「毎年1回・1月1日発効」。たった1行のシンプルなルールですが、薬剤師国家試験・JSPO-AT(日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー)検定試験ともに頻出の問題で、選択肢を変えて何度も問われます。
今日のテーマは「禁止表の改定サイクル」。3〜5分で読み終わる内容で、過去問の正解パターンと誤答選択肢の見抜き方を整理します。受験生の方も、競技現場で活動する方も、ここを押さえておけば「いつのルールに従えばいいか」がクリアになります。
トピック① 禁止表とは何か
「禁止表」(正式名称:禁止表国際基準、英語ではProhibited List)は、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)が策定する「使ってはいけない物質・方法の一覧表」です。
この表に記載された物質を「禁止物質」、方法を「禁止方法」と呼びます。禁止表はWADAが毎年策定し、全世界の競技者に適用されます。つまり、国や競技を問わず、スポーツに参加するすべての競技者が守るべきルールの根幹です。
WADAコード(世界アンチ・ドーピング規程)には8つの国際基準が付属していますが、その中で最も重要かつ試験で最も出題されるのがこの禁止表国際基準です。
薬剤師ポイント:薬剤師国家試験でもAT国家試験でも、「禁止表の改定サイクル」は繰り返し出題されています。以下のルールを正確に覚えておくことが重要です。
トピック② 「毎年1月1日改定」が標準 ── これが最重要ルール
JADA(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構)の公式サイト「Real Champion」では、禁止表の改定ルールが次のように定義されています:
禁止表は、少なくとも1年に1回(毎年1月1日) 改定されます。
(出典:JADA Real Champion 禁止表)
この一文にはアンチ・ドーピングの最重要ポイントが凝縮されています:
「少なくとも1年に1回」 ── 年1回が基本だが、必要に応じて年内追加改定もありうる
「毎年1月1日」 ── 改定の標準タイミング
たった1行のルールですが、試験ではこのルールを「誤りの選択肢」として変形させて何度も出題しています。
過去の出題例を見てみましょう。以下はすべてJSPO-AT検定試験の専門科目から、改定サイクルを誤った選択肢として出題されたものです。
「禁止表国際基準は6年に1度改定される」 → 誤り(平成30年度/2018年・問94)
「禁止表国際基準は4年に1度改定される」 → 誤り(令和3年度/2021年・問97、令和6年度/2024年・問90)
「禁止表国際基準は2年に1度改定される」 → 誤り(令和4年度/2022年・問104)
「禁止表国際基準は3年に1度改定される」 → 誤り(令和5年度/2023年・問60)
「3年に1度」「4年に1度」「6年に1度」「2年に1度」──すべて誤りです。正しくは「毎年(年1回)」。オリンピックの開催周期(4年)やWADAコードの改定周期と混同させようとする選択肢が多いので注意してください。
≪ コラム ≫ 「少なくとも」の真意 ── 2014年9月の特例改定
前項で JADAの公式表現として 「少なくとも1年に1回(毎年1月1日)改定されます」 を引用しました。この「少なくとも」には意味があります。
WADAコード 4.1条は「少なくとも年1回 の頻度で禁止表を公表しなければならない」と定めており、必要があれば年内に追加改定することも可能です。
過去にこの例外が発動した代表的な例が 2014年9月 です。きっかけは同年2月のソチオリンピック前後に英『The Economist』誌(2014年2月8日号)などが報じた 「ロシアでアスリートに低濃度のキセノンガスを吸入させていた」疑惑 でした。
キセノンやアルゴンといった希ガスは、低濃度で吸入すると 低酸素誘導因子(HIF)を活性化 し、赤血球産生を促進する作用 ── つまり EPO(エリスロポエチン・赤血球産生促進ホルモン)に似た効果 ── があることが指摘されました。
これを受けて WADA は 2014年5月の常任理事会で禁止追加を決定し、同年 9月1日施行 で S2.1(ペプチドホルモン・成長因子等)に 「低酸素誘導因子(HIF)安定薬および活性化因子(例:キセノン、アルゴン)」 が追加されました。
📚 参考:The Economist 2014年2月8日号「Performance enhancement: Breathe it in」 / Inside The Games 2014年2月20日「WADA set to investigate claims Russians used performance-enhancing gas at Sochi 2014」(insidethegames.biz)
📌 試験対策の小ネタ
「毎年1月1日改定」を覚える際、JADA公式表現の 「少なくとも1年に1回」 に込められた意味を 2014年9月の特例とセットで押さえておくと、面接や口頭問題でも厚みが出ます。「年1回が基本だが、緊急性があれば年内追加改定もある」── これが正確な理解です。
トピック③ なぜ毎年改定されるのか
禁止表が毎年改定される理由は大きく3つあります。
1つ目は、新たな禁止物質の発見です。科学技術の進歩により、これまで検出できなかった物質や、新たに開発されたドーピング目的の物質が見つかることがあります。
2つ目は、科学的知見の更新です。既存の物質について、競技能力への影響や健康リスクに関する新たな研究結果が出れば、分類や閾値(しきい値)が変更されることがあります。実際に、トラマドール(鎮痛薬)は長年禁止表に記載されていませんでしたが、自転車競技での濫用が問題となり、2024年からS7(麻薬)に追加されました。
3つ目は、社会状況の変化です。たとえばアルコールはかつてP1(特定競技において禁止される物質)に記載されていましたが、2018年に禁止表から完全に削除されました。
このように禁止表は「生きた文書」であり、常に最新の科学と社会の状況を反映して更新されます。だからこそ、競技者やサポートスタッフは常に最新の禁止表を確認する習慣を持つことが大切です。
薬剤師ポイント:過去問の中には「アルコールが特定競技で禁止されている」という選択肢もあります。2017年以前の出題では正解でしたが、2018年以降は誤りです。過去問を解く際は「出題年度」と「現在のルール」の両方を意識しましょう。
試験ではどのように出題されるか
JSPO-AT検定試験や薬剤師国家試験では、禁止表に関する問題は以下のパターンで出題される傾向があります。
パターン1:改定サイクルを直接問う
過去問では「禁止表国際基準は○年に1度改定される」という表現で出題されてきました(過去問は「改定」表記)──正しいか誤りかを問う形式です。選択肢には必ず「3年」「4年」「6年」などの誤りが含まれます。正解は「少なくとも1年に1回(毎年1月1日)」です。
パターン2:複数の知識を組み合わせて問う
「ドーピングについて誤っているのはどれか」という形式で、禁止表の改定サイクル以外の知識(TUE(治療使用特例/Therapeutic Use Exemption)・所持違反・シャペロンなど)と組み合わせて出題されます。禁止表の改定サイクルが「誤り」の選択肢として登場することが多いです。
いずれのパターンでも、JADA公式表現の 「少なくとも1年に1回(毎年1月1日)改定」 を正確に覚えていれば得点できる問題です。
まとめ
今週のポイントをまとめます。
禁止表(禁止表国際基準)はWADAが策定する「禁止物質・禁止方法の一覧表」
JADA公式表現:「禁止表は、少なくとも1年に1回(毎年1月1日)改定されます」
「3年に1度」「4年に1度」「6年に1度」はすべて誤り ── JSPO-AT検定試験・薬剤師国家試験の頻出問題
毎年改定される理由は、新物質の発見・科学的知見の更新・社会状況の変化に対応するため
例外的に 2014年9月 に年央改定された年がある(ソチ五輪とキセノンの話)
競技者・サポートスタッフは常に最新の禁止表を確認する習慣が必要
次回の第8号では、禁止表に記載されている禁止物質・禁止方法の「3分類」(常に禁止される・競技会(時)に禁止される・特定競技において禁止される)を解説します。「競技会(時)」とはいつからいつまでなのか、具体的な定義も紹介します。
著者プロフィール
TechKeep_pharma
JADA認定スポーツファーマシスト・薬剤師
IRONMANみなみ北海道2024完走
アスリートへのアンチ・ドーピング相談・教育活動を行います。
Kindle書籍「薬剤師・薬学生のためのアンチ・ドーピング入門」準備中
X:https://x.com/TechKeep_pharma
note:https://note.com/techkeep_pharma
ご利用にあたって
禁止表国際基準は最低年1回、WADAコードも随時改定されます。
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ドーピング違反に関わる最終判断は、アスリート自身の責任において行われます。
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