見出し画像

週刊アンチ・ドーピング通信 #6|ミラノ・コルティナ オリンピックで違反者は出たのか?

はじめに

こんにちは、TechKeepです。今週のアンチ・ドーピング情報をお届けします。

前号の第5号ではWADAコードの全体構造と8つの国際基準を解説しました。

今回は月次の最新情報まとめとして、2026年2月〜4月にかけての3つのトピックを取り上げます。創刊号でお伝えしたバイアスロン事件のその後、毎年4月25日に世界各地で行われるPlay True Day、そして冬季五輪で起きた意外な記録。いずれも「アンチ・ドーピングの今」を知るうえで重要なニュースです。


トピック① バイアスロン選手のレトロゾール陽性──創刊号事件のその後

創刊号(#1)で速報としてお伝えした事案です。2026年2月2日、ミラノ・コルティナ冬季オリンピック開幕直前に、イタリアのバイアスロン選手が暫定的資格停止処分を受けました。あれから約2ヶ月が経過し、この事案はCAS(スポーツ仲裁裁判所)の場に移っています。

複数の報道によると、検出された物質はレトロゾールです。

WADAによる分類(本記事投稿時点)
S4:ホルモン調節薬および代謝調節薬(常時禁止)
本記事投稿時点の禁止物質分類です。最新情報はWADA禁止表またはGlobalDROでご確認ください。

レトロゾールはアロマターゼ阻害薬の一種で、主に乳がんの治療に使われる医薬品です。アンチ・ドーピングの観点では、体内のエストロゲン産生を抑制することで内因性テストステロンの増加につながる可能性があり、S4に分類されています。

この選手は「汚染(contamination)による検出」と主張し、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に暫定的資格停止処分の不服申立てを行っています。

ここで思い出していただきたいのが、創刊号(#1)でお伝えした**「厳格責任(Strict Liability)」**の原則です。

意図や過失に関係なく、体内から禁止物質が検出されれば規則違反

選手本人がどれだけ「意図的ではなかった」と主張しても、検出された事実をもって違反は成立します。もちろん、汚染や過失の証明により制裁が軽減される可能性はありますが、違反そのものが取り消されるわけではありません。

この事例は「知らなかった」「意図していなかった」が通用しないアンチ・ドーピングの厳しさを改めて示しています。薬を使用する前にGlobalDROで確認する、スポーツファーマシストに相談する──こうした習慣が選手を守る最大の防御策です。

薬剤師ポイント:レトロゾールはS4「ホルモン調節薬および代謝調節薬」に分類される常時禁止物質です。アロマターゼ阻害薬としてはアナストロゾール、エキセメスタンなども同じS4に該当します。女性選手だけでなく、男性選手のテストステロン操作目的での使用も想定されているカテゴリです。


トピック② 4月25日はPlay True Day──世界のアンチ・ドーピング教育デー

毎年4月25日はPlay True Day(プレイ・トゥルー・デー)です。WADAが設けたアンチ・ドーピング教育の啓発デーで、世界各地でイベントやキャンペーンが実施されます。

「Play True(正直にプレーする)」という言葉は、WADAが掲げるクリーンスポーツの理念を象徴しています。ドーピング問題を「他人事」ではなく、すべてのスポーツ関係者が当事者として考える日として位置づけられています。

Play True Dayには、選手・指導者・医療関係者・アンチ・ドーピング機関が一体となって啓発活動を行います。日本ではJADAを中心に、SNSでのメッセージ発信や教育コンテンツの配布などが行われます。

スポーツファーマシストとして、この時期に改めて確認しておきたいことがあります。アンチ・ドーピング教育の目的は「違反者を取り締まること」ではなく、「知らなかったために違反してしまうことを防ぐこと」です。

トピック①のバイアスロン選手の事案が示すように、違反の多くは悪意からではなく「知識の不足」から起きています。薬を使用する前に確認する、少しでも迷ったらスポーツファーマシストに相談するという習慣を広めることが、私たちの役割です。

Play True Dayをきっかけに、周囲のアスリートや指導者に「薬の確認を習慣にしてほしい」と声をかけてみてください。

アスリートへのヒント:「Play True」の精神は、競技会当日だけでなく、日常のトレーニングや生活にも及びます。薬の選択、サプリメントの使用、医師への告知──すべての場面で「クリーンでいる」ことを意識しましょう。


トピック③ ミラノ・コルティナ冬季五輪──大会中のADRVゼロ

2026年2月に開催されたミラノ・コルティナ冬季オリンピックで、ITA(国際検査機関)が3,053検体を採取し、参加選手の63.4%にあたる1,848名を検査しました。

その結果、大会期間中のアンチ・ドーピング規則違反(ADRV)はゼロでした。

これは1998年の長野冬季大会以来、大会期間中に陽性反応が確認されなかった初めての冬季オリンピックとされています。

ただし、「陽性ゼロ=不正ゼロ」と断定することはできません。全検体は最大10年間保管され、将来の再分析が可能です。分析技術の進歩により、現在は検出できない物質が後から見つかるケースも過去にはありました。

それでも、大会中にADRVがゼロだったこと自体は、検査体制の充実と抑止力が機能している証拠として、ポジティブに受け止められるニュースです。選手たちがクリーンスポーツの意識を高めていることの表れとも言えるでしょう。

薬剤師ポイント:ITAは国際的なドーピング検査を実施する独立機関で、2018年に設立されました。五輪やパラリンピックの検査を担当しています。スポーツファーマシストとしてアスリートに説明する際、「誰が検査をしているのか」を知っておくと信頼性が高まります。


まとめ

今月のポイントをまとめます。

  • バイアスロン選手のレトロゾール(S4)陽性は創刊号事件の続報。CASに不服申立て中。「厳格責任」の原則は汚染主張でも違反取消にはならない

  • 4月25日はPlay True Day。アンチ・ドーピング教育の目的は「取り締まり」ではなく「知識不足による違反を防ぐこと」

  • ミラノ・コルティナ冬季五輪で大会中ADRV ゼロ。3,053検体を検査、全検体は最大10年間保管

来週も最新情報をお届けします。
質問・感想はコメント欄またはXのDMへお気軽にどうぞ。


著者プロフィール

TechKeep_pharma
JADA認定スポーツファーマシスト・薬剤師
IRONMANみなみ北海道2024完走
アスリートへのアンチ・ドーピング相談・教育活動を行います。
Kindle書籍「薬剤師・薬学生のためのアンチ・ドーピング入門」準備中
X:https://x.com/TechKeep_pharma
note:https://note.com/techkeep_pharma


ご利用にあたって

禁止表国際基準は最低年1回、WADAコードも随時改訂されます。
当アカウントは正確な情報発信を心がけていますが、最新情報は必ずGlobalDRO・JADAの公式情報でご確認ください。
ドーピング違反に関わる最終判断は、アスリート自身の責任において行われます。

いいなと思ったら応援しよう!

TechKeep_pharma よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!