ドーナツ盤複数ジャケット②~販売元
今回ご紹介するのは販売元の日本のレコード会社が違うケース。
トニー・ベイジル「ミッキー」
82年1位。
表ジャケットの記載、裏面のライナーノーツから推測するにビクター音楽産業盤が先にリリース。その後東芝EMI盤かと思われます。
アーティスト名はビクター盤は「トニー・ベイジル」、東芝盤が「トニー・バジル」、どちらも正解?

世界で最も有名なチアリーディングの曲として知られる「ミッキー」の原曲は79年英国グループ「レイシー」がリリースした「キティ」でした。
作者はチン&チャップマンのソングライターチーム。チャップマンはブロンディ、スージー・クワトロ、ナックのプロデューサーとしても有名ですね。
おまけ1:ゴリエちゃんがこの曲を日本中に広めました。
前振りが2分と長いので、ここはワープしてからご覧ください~。
おまけ2:アル・ヤンコビックのパロディソング「リッキー」。83年63位。
ビデオクリップはTVドラマ「アイ・ラブ・ルーシー」をパロディ化。
スイート「フォックス・オン・ザラン」
76年5位。
ビクター音楽産業盤の方がちょっと早く発売?
海外でのレーベル変更(RCA→キャピタル)により、そのレーベルとの契約を持つ日本のレコード会社(ビクター音楽産業・東芝EMI)がそれぞれシングル盤を発売しました。
当時の日本洋楽はアイドル系のベイ・シティ・ローラーズやクイーンが大人気。同じ英国バンドのクイーンをライバル視?していたスイートも頑張っていました。次のシングル「アクション」は日本でも大ヒット。
ビクター盤のジャケットはアルバム「荒廃の街角」の縮小版。ヒプノシスデザインのこちらのほうが所有満足度高し。

スイート初期の大ヒット曲「リトル・ウィリー」「ブロック・バスター」「ロックン・ロールに恋狂い」はチン&チャップマンのソングライターチームによるものでした。
「フォックス・オン・ザ・ラン」の自作成功でこのソングライターチームとは決別してしまいました。
ジョン・ポール・ヤング「風に舞う恋」
78年7位。
レーベルは同じスコッティ・ブラザーズですが、日本の販売会社がワーナーパイオニアからキャニオンへ移行。B面収録曲も異なっています。
ワーナー盤は78年、キャニオン盤は80年発売。
再発理由はなんであったのか見当がつかず。どなたかご存じでしょうか?

ベイ・シティ・ローラーズのヒット曲「イエスタデイズ・ヒーロー」はオーストラリア人のジョン・ポール・ヤングの方が先にヒットさせました。
76年42位。
アンドレア・トゥルー・コネクション「モア・モア・モア」
76年4位。
最初に発売したレコード会社は日本コロムビアでしたが、78年に日本フォノグラムが再発しました。後発のフォノグラム盤のB面「パーティ・ライン」は76年80位のヒット曲がカップリングされていました。再発あるあるです。
78年はサタデイ・ナイト・フィーバーで盛り上がった年、ディスコソングが咲き乱れた頃の再発でしたね。

ではまた!
