なぜ僕はなりたくないのに「ライター/編集者」になったのか
「フリーランス講座はじめます」という記事にたくさんの反響をいただき、ちょっと驚いています。
僕たち「てけしゅん」はガチフリーランスの照沼健太(てけ)と、兼業の伏見瞬(しゅん)の2人ですが、しゅん君の連載「兼業作家の時間術」への反響を見ても、フリーランスや副業に対する注目度・需要の高さを感じます。
今回はてけの「フリーランス講座」第0.5回、同時に展開している「ライター講座」の第0回として、そもそもどうして僕がフリーランスになったのかをご紹介します。
これを読まなくても成り立つ講座にしていきますが、この前提を知っていると、今後の発信がより深く吸収できるのではないかと思います。
自己紹介:照沼健太
僕はこれまでライター/編集者/フォトグラファーとして活動してきて、レディオヘッドら数々のアーティストのCD封入解説文や、HIKAKIN、米津玄師、押井守、藤本タツキといったクリエイター、数々のビジネスパーソンなどの取材担当してきました。2023年末からはYouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」の運営を開始。そして2025年1月からはこのnote「てけしゅんのTwitterでは書けないこと」をスタートさせるなど、新たな方向へのチャレンジも進めています。
「なりたい」とは思っていなかった
「フリーライターとして生計を立てたい」「編集者としてメディアを作りたい」「メディア関係じゃなくてもフリーランスになりたい」など、いろんな思いを持っている方がこの記事をご覧になっているかと思います。
おそらく半分以上の方にとって、この記事タイトル”なぜ僕はなりたくないのに「ライター/編集者」になったのか”は、かなりネガティブなタイトルに感じられるのではないでしょうか。
ですが、そもそも僕は以前の記事に書いた通り、幼稚園の頃から雑誌が大好きでした。小学生高学年の頃に登場したインターネットにもすぐに夢中になりました。
なので、小学生の頃から海賊学級新聞というかZINEみたいなものを作ったり、Web連載みたいなものを勝手にやったりしていたんです。
blogやSNSの時代に入ってからは、当然のようにそれらも活用していましたし、一通りのメディア発信は経験していると言っていいでしょう。
この「勝手に一人でできる」のはインターネットカルチャーの醍醐味ですし、この経験は今にも確実に活きています。情報発信をするためには出版社やテレビ局、制作会社の許可というか、入社試験なんて必要ないんです。
一通りを自分で勝手にやっていたからこそ「仕事にしなくてもいい」「だって自分で今もできてるし」みたいな気持ちはあったと思います。

さらに、僕は高校3年生の頃、美大を受験する友人から「受けてみたら?」と言われ、「そうだね」と成り行きで武蔵野美術大学という美大を受験。結果としてそのデザイン科に入学することになりました(こう書くとなんか天才っぽいですが、別にそうではないです)。
なので、当時は「グラフィックデザイナー」が僕の志望職種だったんです。
(今思ば、その志望も、美大を受験したことや、ライター/編集者として仕事をしているのと同じで、特別「なりたい」と思っていたわけではないんですけど)
仕事って「誰か」から求められて成り立つもの

では、僕がどうして「ライター/編集者」になったのか。
それは明確に「依頼があったから」です。
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