見出し画像

藤井風「Casket Girl」、ダークサイドから始まる“再起動ロックンロール”

ラジオから流れてくるみたいな、くぐもった音。

遠くで鳴るピアノとドラム、メトロノームのように「カッ、カッ」と刻まれる4分音符のクリック。それを合図に世界が一気に開けて、ギターが歌い出す。

藤井風の音楽的ボキャブラリーの中に存在しないわけではないけれど、前面に出ることは少ないのが「ロック」。

……ですが、待望の3rdアルバム『Prema』の幕開けを告げる楽曲「Casket Girl」は、ロックソングと言って差し支えのないアッパーな一曲でした。

そして、そこに見え隠れするのはマイケル・ジャクソンやプリンス、そしてアッパーな楽曲に対するダークなリリックであり、とあるミステリーです。


※この記事では、僕たち「てけしゅん音楽情報」が取り組んできた『Prema』全曲解説シリーズをnote版として再編集&加筆してお届けします。今後も他の曲についての記事も展開しますので、ぜひフォローお願いします。

照沼健太
ポップアート2.0作家、YouTuber、音楽家。テレビ東京やNetflixのメディア運営、レディオヘッドら数々のアーティストのCD封入解説文、HIKAKIN、米津玄師、押井守、藤本タツキなどのクリエイターや多くのビジネスパーソンの取材を担当。2023年末からはYouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」を運営(2025年9月末時点でチャンネル登録者数約6万人)。

Casket Girl=藤井風“再起動”のスイッチ

『Prema』は、藤井風にとって約3年ぶりとなるフルアルバムです。全編英語詞というチャレンジも含めて、キャリアの転換点になる作品と言っていいと思います。

その出発点に置かれたのが、オープニングトラック「Casket Girl」。藤井風本人も、この曲がアルバム『Prema』を作るきっかけとなった、もっとも重要な1曲だと話しています。

もともとこの曲は、バスケットボール・ワールドカップのテレビ放送のための楽曲を作っているときに生まれました。仮タイトルは「Basket Boys」。そこからの言葉遊びで、「Casket Girl」というフレーズが生まれたと明かしています。(結果的には「Workin’ Hard」がバスケ用の楽曲となります)

当時の藤井風は、2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』やシングル「grace」のあと、いわゆる燃え尽き状態に陥っていました。

「日本語で歌うモチベーションが見出せない」「音楽活動そのものを続けるべきか」といった迷いを、公にも語っています。

そんななかで訪れたのが、「Workin’ Hard」制作のためのLA行き。

藤井風本人は最初は乗り気ではなく「曲作りのためだけにアメリカに行くなんて」と後ろ向きな気持ちだったといいます。ところが現地に行ってみたら、なぜかメロディやアイデアがどんどん湧いてきた。

落ち込みの底で固まっていたエネルギーが、もう一度回り出す瞬間。この曲は、藤井風にとっての“再起動ボタン”のような役割を果たしているのだと思います。

LA・韓国・UKを旅したロックンロール

「Casket Girl」は、制作プロセスそのものが“旅”のような楽曲でもあります。

まず2023年春に、藤井風が日本でピアノデモを完成させる。そこから2024年5〜6月にかけて、LAでプロデューサーのロブ・バイセルとセッションを行い、曲の骨格を固めていきます。

ロブ・バイセルは、SZA『SOS』やケンドリック・ラマーの作品にも関わる、ここ数年でもっとも勢いのあるプロデューサーのひとり。

一方で、最終段階のブラッシュアップには、NewJeansのヒット曲を手がけた韓国のプロデューサー・250(イオゴン)が参加します。アジアのポップ最前線を作ってきた人物です。

さらにアレンジ面では、UKのミュージシャンともオンラインでやりとりを重ねていったとのこと。

日本で生まれたピアノデモが、LAで“モダン”なサウンドの骨格を得て、韓国とUKのミュージシャンとともに仕上げられていく——。まさに“音楽が旅をしてできた曲”と言いたくなる制作過程ですよね。

藤井風はこの2人のプロデューサーの役割について、「ロブがモダンな要素を入れてきて、イオゴンが思いのほかストレートな要素を持ち込んだ。その間で自分がバランスを取らなければならなかった」と語っています。

最先端のUSポップと、K-POP経由のポップ・センス。そのあいだで藤井風が舵を取りながら、自分なりのロックンロールへと結晶させていった「Casket Girl」の音には、そんな三者三様の視点が同居しているように感じます。

藤井風流ロックンロールの構造

サウンド面だけを取り出しても、「Casket Girl」はかなり情報量の多い曲です。

まず最初のくぐもったイントロ。ギターやピアノやドラムの音が“ラジオ越し”のように遠くから聞こえ、その中で4分音符のクリックだけがくっきりと鳴り、バンドサウンドがドンと前面に出てくる。

そこで飛び込んでくるのが、メインフレーズを歌うギター。同時に、ベースのうねりも強い存在感を放っています。8ビートをなぞるだけではないラインの動きが、ロックとソウルの中間のようなグルーヴを生んでいる気がします。

そう、全体としては、いわゆる“ギターギャンギャン”系のロックではありません。しかし、生ドラム感の強いビートや、ギターが主役を張る構造には、たしかにロックンロールの匂いがある。オリヴィア・ロドリゴにも通じるものがあるかも。

というか、80年代にマイケル・ジャクソンやプリンスのようなブラックミュージシャンが挑戦したロックサウンドの系譜を踏まえた曲にも聞こえます。マイケルの「Beat It」のようにロック的なソリッドさがありつつも、ボーカルのキーは抑えめで、コードにはマイナー7thが多用される。その少し洒落た陰り方が、いかにも藤井風らしいところです。

リズムの面では、モータウン〜スティーヴィー・ワンダーの影も見え隠れします。頭打ちのリズムの原型と言われるスティーヴィーの「Uptight」を思い出させるビート感が魅力的。

そして、この曲を決定的にユニークにしているのが、後半で現れる“別世界”です。

1番・2番のあとに現れるCメロ的なパートでは、頭打ちのリズムにグルーヴィなベース、美しいコーラスが乗る、60〜70年代ソウルのような世界が広がります。モータウンのシュープリームスや、60年代マーヴィン・ゲイの甘やかな楽曲を思わせる雰囲気。そこに、フランスのバンド・Tahiti 80「Heartbeat」のような2000年代インディ・ポップ感、さらにはJ-POPらしいコード進行の“切なさ”も混ざってくる。

その結果、「ブラックミュージック基調だけれど、どこかJ-POPっぽい」という、藤井風ならではの着地になっているんですよね。

ちなみにこのCメロ的なパート、元々は1番のあとにもあったそうです。長い1番+2番で構成されたデモをロブ・バイセルが聴いたとき、「曲が少し長いから、もう少しシャープにしてもいいのでは」とアドバイスし、今のように2番後半だけに残す形になったとのこと。

実際、終盤で突然まったく違う景色が開けるからこそ、この曲の“旅感”が際立っている気がします。最後にシンセのホワンホワンとした音だけが残って終わる感じも含めて、1曲の中でどれだけ多くの場所を旅させてくれるんだろう、と思わされます。

“棺の少女”は誰か?——歌詞が語るダークサイド

一方で、歌詞の世界はサウンドとは少し別の温度を持っています。

むしろ“出られない場所”に閉じ込められている感覚、自由に旅をできない窮屈さが描かれているように見えるんです。

タイトルの「Casket Girl」を直訳すると、「棺(ひつぎ)の少女」。
Casketは葬儀のときに遺体を納める棺を意味する言葉です。

もともとこの曲は、先ほど触れたように「Basket Boys」という仮タイトルから生まれています。バスケットボールの“Basket”と韻を踏む言葉として、“Casket Girl”という少しホラーめいたフレーズが出てきた。

曲の冒頭では、こんなイメージが歌われます。

「おい、目を覚ませ。彼女が生き返るぞ。気をつけろ」

どこかマイケル・ジャクソン「Thriller」にも通じる、80年代ホラー映画のような世界観ですよね。ゾンビのような“彼女”が、自分を死の方向へ連れていこうとする。

ところが、サビや2番以降の歌詞を追っていくと、この“Casket Girl”は単なる幽霊やゾンビではなく、もっと内面的なものを指しているのではないか、と思わされます。

サビでは、Casket Girlが自分の手を取りに来る。

「お前はもう死んでいるはずなのに」と彼は抵抗しながらも、「遅かれ早かれ、この力にやられてしまう。これは俺の終わりだ」と歌う。

ここまで来ると、「Casket Girl」は自分のダークサイド、トラウマ、見たくない側面そのものに見えてきます。それに捕まってしまうと、もう逃げられない。だけど完全に無視することもできない、と。

象徴的なのが、サビ後に入るポストコーラスです。藤井風が「Casket Girl」と繰り返しながら、その裏でコーラスが “I’m looking for this girl” と歌う。

逃げたいはずなのに、「その少女を探している」自分もいる。そこに、自己嫌悪と自己探求が同時に進行しているような矛盾が浮かび上がってきます。

2番では「人生はゲームだ。チームで戦え。俺たちはやり遂げる」と歌い、バスケットボール的なイメージがうっすら残りつつ、Bメロでこんなラインが出てきます。

Just when I see the sunrise
And lie around at midnight
You'll come back at any time
I'll be crying, fighting for my life

Casket Girl

このあたりから、“Casket Girl”がどこか外部からやってきた存在ではなく、自分の中に常に戻ってくる影なんだ、ということがはっきりしてきます。

「お前はいつでも戻ってくる。俺は泣きながら、命を懸けて戦うことになる」。これはもう“自分対世界”というより、“自分対自分”の戦いですよね。

そして終盤、あの甘やかなソウル調のパートに差し掛かると、歌詞もガラッと変わります。

「もう自由になってもいいだろう。俺たち二人とも、この棺から抜け出さないか、Girl」

ここで「俺たち二人」と言っているのが重要で、棺の中にいるのはCasket Girlだけではなく、自分自身でもあることがわかります。ダークサイドと“明るい側”の自分、どちらも一緒に棺から出ていこうと誘う。

序盤のマイナーで険しいロックサウンドから、ラストのメジャーで開けたソウルポップへの転調。その音楽的な変化と、「二人で抜け出そう」というリリックの展開が、見事にシンクロしているように感じます。

ただしストーリーは、あくまで抽象度高め。具体的な設定を細かく語りすぎないことで、聴き手それぞれが自分の“Casket Girl”を重ねられる余白が残されているんですよね。重いテーマでありながら、ところどころユーモアが混ざっているのも藤井風らしいところです。

「彼女が生き返るぞ、気をつけろ」という、どこか『ゴーストバスターズ』的なコミカルさを感じさせるライン。自分にとっては切実な苦しみでありながら、それを他人に差し出すときに、あえて少し笑える形にして渡す。そのさじ加減も、この曲の魅力だと思います。

オープニングトラックが告げる、『Prema』という“私小説”

『Prema』というアルバムは、藤井風本人も「自分自身そのもの」と語るほど、自伝的な要素を色濃く持った作品です。

LAでの燃え尽きからの復活。封印されていた「英語で歌う」という夢や目標の再起動。家族との関係性や、岡山の実家の空気感——。ジャケット写真が実家で撮影され、頭に被っているのが本当に家のカーテンだった、というエピソードも象徴的ですよね。

そう考えると、「Casket Girl」は、藤井風がいつしか“棺の中”にしまい込んでしまった自分自身の一部——たとえば「英語で歌うアルバムを作りたい」という初期の夢を、もう一度救い出す物語としても読めます。

LAという異国のスタジオで、世界中のプロデューサーやミュージシャンと音を鳴らしながら、「もう一回やってみようか」「この闇から一緒に出て行こうか」と、自分に問いかける。

だからこそ、この曲がアルバムの最初に置かれていることには、大きな意味があるように思います。『Prema』という“至上の愛”を掲げた作品の物語は、まず何よりも、自分のダークサイドと手を取り合うところから始まっている。

藤井風は1997年生まれでありながら、参照している音楽的ルーツは60〜90年代に偏っているようにも見えます。年の離れた兄姉を持つ末っ子であることや、ミュージシャン志望だった父親のレコード棚からの影響なども、その背景にあるのかもしれません。

同じ2025年には、星野源『GEN』や、海外でもタイラー・ザ・クリエイターやメトロ・ブーミンのように、極めて“私的”な作品が多く生まれている印象があります。AIやアルゴリズムがあふれる時代だからこそ、「この人がどんな背景を持って、どんな人生からこの作品を作ったのか」という“個”の物語に、より価値が置かれるようになっているのだと思います。

『Prema』もきっと、藤井風がそこまで意識的に時代とシンクロさせたわけではないのでしょう。しかし結果として、「個人的な物語を世界と分かち合う」という現在進行形の流れの中に、ぴたりと位置しているように感じます。

その先頭を切って立っているのが、オープニングトラックの「Casket Girl」。この曲を丁寧に聴き込むことは、『Prema』全体を理解するための最初の鍵でもあるはずです。

最後までお読みいただきありがとうございまいた!今後も他の曲についての記事も展開しますので、ぜひフォローお願いします!

(照沼健太)


いいなと思ったら応援しよう!

てけしゅん いただいたチップはより良いコンテンツ制作に使わせていただきます!