『J-POP 3.0 ディスクガイド』を作りました。米津玄師以降の10年を読み解くために
いつから「J-POP」は、胸を張れる言葉になったのでしょう。
10年前の自分を思い返すと、当時の僕は音楽に関わる仕事をしながら、この言葉をどこか遠巻きに眺めていました。洋楽インディーやクラブミュージックを聴いてきた人間にとって、J-POPは自分の居場所ではありませんでした。年間チャートを見ても嵐とAKB48が並び、自分が聴いている音楽と“ヒット曲”の距離は広がるばかり。書き手としても「J-POPについて書く」ことは、ほとんど視野に入っていなかったと思います。
でも、その距離は、いつしか消えていました。
米津玄師がボカロの世界からJ-POPに移民し、その最先端を作り続ける。星野源が現代のブラックミュージックを嚼した日本のポップスをお茶の間に届け、Official髭男dismとKing Gnuがほぼ同時にブレイク。YOASOBIがCD未発売のまま国民的存在へ。
さらに、藤井風はアニメとは無関係のところでグローバルへ。BABYMETALはJ-POPの半ば外側から10年以上にわたって海外で評価され続け、Number_iがAtlantic Recordsとレーベル契約を交わす。さらに昨年2025年、米グラミー賞の運営団体が「J-POPの飛躍」を予測しました。
「思えば遠いところに来た」とはよく言いますが、上記の例だけでも、10年前の自分に言っても信じないかもしれません。
この10年で何が起きたのか?
それを一冊の本にまとめました。それが『J-POP 3.0ディスクガイド』です。
『J-POP 3.0ディスクガイド』とは

『J-POP 3.0 ディスクガイド 2015-2025』は、てけしゅん音楽情報(照沼健太+伏見瞬)による書籍です。
構成はシンプルです。2015年から2025年まで、1年ずつ、対談とディスクガイドを交互に重ねていきます。各年の冒頭で僕と伏見が対談形式でその年の音楽シーンを振り返り、そのあとに時代を象徴する作品のレビューが並びます。
また、本編の前には2010年から2014年までの「プレJ-POP 3.0」解説セクションを置いて、なぜ2015年が転換点だったのかを示しています。(ここだけでも結構なボリュームです)
全276ページ。作品索引付き。J-POPだけでなく、同時代の海外作品も年ごとに取り上げています。
「J-POP 3.0」とは何か

「J-POP 3.0」という言葉を使い始めたのは、たぶん2023年頃だったと思います。僕らがやっているYouTube『てけしゅん音楽情報』の動画で、いまのJ-POPの状況をどう呼べばいいのかを話しているうちに、自然と出てきた言葉でした。
本のまえがきで、伏見はこう書いています。「J-POP 3.0」は音楽スタイルの名前ではない、日本に生きる僕たちの、文化や歴史への意識が変わったことを示す言葉だ、と。
J-POPという言葉が生まれたのは1988年、J-WAVEの開局と同じ年でした。歌謡曲でも演歌でもない、新しい日本のポップスを指す言葉として。そこから宇多田ヒカル、椎名林檎、aikoがデビューした1998年にCDセールスのピークを迎え(これを「J-POP 1.0」と呼んでいます)、2000年代の停滞を経て、2015年にストリーミング時代とともに新しいフェーズが始まりました。
「3.0」の何が新しいのか。この本では年ごとに細かく追っていますが、一言でいえば、「J-POP的であること」がハンデではなくなった、ということだと思います。かつてJ-POPのアーティストが海外の音楽に憧れ、追いかけ、時にコンプレックスを抱いていた関係が変わりました。欧米の音楽を見くびることなく、仰ぎ見ることもなく、適切な距離をとれるようになりました。アジアやラテンの音楽ともつながりを持てるようになりました。
2025年の章で扱っている「内なるJ」という概念は、その変化の帰結です。YOASOBIのAyaseが「J-POPを誇りに思う」と宣言し、米津玄師が洗練の果てに「表拍」へ立ち返ります。自分の中の「J」を隠すのではなく、どう活かすか。その問いに向き合うところまで、10年で来ました。
なぜ「ディスクガイド+対談」なのか

音楽の歴史を語る方法はいくつもあります。年表を作ることもできますし、論考として書くこともできます。でも僕たちが選んだのは「対談とディスクガイドの組み合わせ」でした。
対談にしたのは、僕たちの体感を残したかったからです。2019年にOfficial髭男dismとKing Gnuが同時にブレイクしたとき、リアルタイムで何を感じたか。YOASOBIの「夜に駆ける」がCDを出さないままチャートを席巻したとき、それがどれほど異様なことだったか。そういう温度は、整理された文章よりも、二人の会話のなかにこそ残りやすいものだと思います。

そしてディスクガイドにしたのは、大きな歴史のなかにある「細部」を見せたかったからです。時代を動かしたのはムーブメントではなく、一枚のアルバムであり、一曲のシングルです。米津玄師『Bremen』がなぜ2015年J-POP 3.0元年の起点なのか。「Lemon」はなぜ決定的だったのか。「アイドル」はなぜ世界に届いたのか。それを一作品ずつ、言葉にしていきます。
各作品のレビューには「関連作品」も添えています。例えば、2024年の米津玄師『LOST CORNER』ページにはthee michelle gun elephantの1998年作『GEAR BLUES』や久石譲の『君たちはどう生きるか』が並び、Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」のページには電気グルーヴやUnderworldやSOUL'd OUTがいます。一枚のアルバムがどんな系譜のなかにあるのかが見えてきます。これがこの本の面白さの核だと思っています。
知っている曲が、違う景色を見せてくれる
この本を読むことで何が得られるのか。
「新世代J-POPがどこからやって来た、どんな音楽カルチャーなのか」がわかるのはもちろんですが、もしかしたら一番大きいのは「知っている曲の聴こえ方が変わる」ことかもしれません。
「Lemon」も「Pretender」も「夜に駆ける」も「アイドル」も、多くの人が知っている曲です。でもそれぞれの曲が、なぜあのタイミングで、あの形で生まれたのか。その前に何があり、その後に何が起きたのか。点で知っていた曲たちが線でつながっていきます。
「Bling-Bang-Bang-Born」のメロディにロシア民謡と「マイムマイム」の残響を聴き取るレビュー。藤井風『Prema』を「最初の洋楽と出会ったときの胸のドキドキ」に結びつける文章。Official髭男dism『Rejoice』を「過剰な品質は、それ自体が圧倒的な個性に結びつく」と評した言葉などなど。そういう一つ一つの視点が、聴き慣れた曲に別の奥行きを見つけるヒントになるはずです。
無料見本として、2010-2014を公開します

今回、無料見本として、J-POP 3.0以前「2010年から2014年」を扱ったパートを配布します。
ここを読むと「なぜ2015年が始まりなのか」がわかるはず。
嵐とAKB48がチャートの頂点にいた時代。J-POPへの閉塞感が強まるなかで、ニコニコ動画とボカロカルチャーが新しい才能を育て、BABYMETALが海外メタルフェスで現地のファンを熱狂させ、BUMP OF CHICKENと初音ミクが出会い、米津玄師が『YANKEE』で「J-POPへの移民」を宣言しました。
いまのJ-POPの活況は、突然現れたものではありません。その前には、閉塞と混乱と、地下で静かに流れていた豊かな水脈がありました。
ぜひこちらの公式サイトからダウンロードしてお楽しみください!
こんな方に読んでほしい
この10年のJ-POPを楽しんできた方。
米津玄師、星野源、宇多田ヒカル、Official髭男dism、King Gnu、YOASOBI、藤井風、Ado、Vaundy、Mrs. GREEN APPLE、BABYMETAL、Number_iといったアーティストを、点ではなく線で理解したい方。
ボカロ、アニメ、K-POP、ヒップホップ、シティポップ、サブスク、TikTok、海外進出。これらがどう関わり合ってきたのかに興味がある方。
2010年代から2020年代の音楽を、あとから振り返るための地図がほしい方。
そして、かつてJ-POPから少し距離を置いていたけれど、いつの間にかまた面白いと思い始めている方。その「いつの間にか」の正体が、きっとこの本に書いてあるはずです。
J-POPのタイムカプセルとして

あとがきには、僕がこう書きました。
J-POP 3.0は、特定の誰かが作ったものではない。ミュージシャンだけでなく、エンジニア、レコード会社のスタッフ、ライブハウスの関係者、メディア、そして音楽を楽しみながら毎日を生きてきた一人一人の関わりの中から生まれたものだ、と。そしてこのディスクガイドは、2026年から約15年を振り返った歴史観の記録であり、未来に手に取る人へのタイムカプセルでもある、と。
10年後に読み返せば、きっと違う景色も見えてくるはずです。もっと正確な分析や、僕たちが見落としていたものも出てくるはずです。
でも、だからこそ、いま書きました。2015年から2025年までのJ-POPを、僕たちがどう聴き、何に驚き、何を信じ直したか。そのリアルタイムの記録を残しておきたかったのです。
ただ一つ変わらないのは、僕らがあのとき精一杯生きた、ということ。
「いまの音楽がもっと楽しくなる」。てけしゅん音楽情報のモットーそのままの本を作りました。
まずは無料見本の2010-2014パートから、読んでみてください。
(照沼健太)
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