人生の転機② 偏差値30から70へ――でも最後に待っていたのは絶望だった
偏差値30からのスタート

中学3年生の春。初めて受けた模試の偏差値は「30.25」。
その数字を見たとき、正直、目を疑いました。恐らく、サッカーばかりしてきたからだろう。サッカーはある程度できる。でも勉強となると全くダメでした。
当時の自分の周りには、勉強も運動も両方できる人はいなかった。
「もし自分が勉強も運動もできるようになったら、めっちゃかっこいいんじゃないか」
そんな気持ちと、「このままでは高校に進学できない」という不安が重なり、近所の塾に入塾しました。
学校と塾の往復の日々

そこからは、学校と塾の往復だけの毎日。
平日は最低6時間、休日は10時間以上勉強。勉強時間を毎週記録し、塾では誰よりも早く行き、誰よりも遅く帰る。気づけば塾内でも勉強時間は常に1位でした。
努力は確実に実を結び、偏差値は30から70まで上昇。
「このままなら志望校に合格できる」そう確信していました。
受験直前の骨折

しかし、受験1週間前に思いもしない出来事が起こります。
体育の授業中のサッカーで右腕を骨折。しかも手首に近い部分で、ペンを持つことができませんでした。
医者からは「左手で受験しなさい」と告げられ、志望校を偏差値20も下げざるを得なくなりました。
そこから受験当日まで、必死に左手で文字を書く練習を続けました。
合格と絶望

結果的に志望校には合格しました。
けれど、心の中は絶望感でいっぱいでした。
「これまでの努力は何だったのか」
塾の壁に合格校一覧が貼り出され、皆が喜び合う中、僕は泣きながら一人で帰ったのを今でも鮮明に覚えています。
さらに後から聞いた話では、この骨折事件をきっかけに、僕の中学では「受験直前の体育でサッカーをする」ことがなくなったそうです。僕が“前例”になってしまったのです。
報われなかった努力が残したもの

努力しても報われないことがある。その現実を突きつけられた出来事でした。
けれど、全力で取り組んだからこそ、「自分はやり切れる人間なんだ」という確かな自信も残りました。
そしてもう一つ、この経験から学んだことがあります。
それは「才能がなくても、努力すれば逆転できる」ということ。
実際に、偏差値30から70まで上げられたのは、才能ではなく積み重ねた時間と工夫の力でした。
あの日の悔しさは、今でも心に強く残っています。
けれど、その悔しさと同時に「努力は必ず自分を裏切らない」という確信も、僕の中に刻まれています。
だからこそ、今も前に進めているのだと思います。
読者への問いかけ

努力は必ずしも結果に結びつくわけではありません。
でも、努力したという事実は、自分の中に必ず残り続けます。
――あなたにも、全力を尽くしたのに報われなかった経験はありますか?
次回予告

高校受験で味わった悔しさは、その後の僕の人生に大きな影響を与えました。
「今度こそ報われたい」という想いを胸に挑んだのが、次なる挑戦――大学受験です。
次回は、高校受験のリベンジとして挑んだ大学受験編をお届けします。
💡 次回はこちら
👉 人生の転機③俺、早稲田に行く。
