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人生の転機③俺、早稲田に行く── 笑われても挑んだ高校受験のリベンジ

俺、早稲田を目指す



高校で「早稲田を目指す」と口にしたとき、周りからは笑われました。
それでも僕は本気でした。休み時間や昼休み、皆がご飯を食べている間も机に向かい続け、その姿勢が噂となり、次第に学校中が僕を応援するようになりました。相談に来る同級生も増え、丁寧に答える自分に「伴走支援が好き」という性質の芽があったように思います。


武田塾の“逆転合格ルート”



僕が選んだのは武田塾の“逆転合格ルート”。数々の逆転合格実績があり、高校受験で偏差値30から70に伸ばした経験もあったため、「今回もやれる」と信じていました。朝4時に起床し、夜は10時から12時に就寝。信号待ちや通学、お風呂の時間までも勉強に充て、1年以上を受験勉強に捧げました。


学校でも常に「早稲田合格」が中心



僕の高校は早稲田合格者が出るような進学校ではなく、授業を聞くよりも自分の勉強に集中する方が効率的だと考えていました。実際、授業中はよく内職をしていて、寝てしまうこともありました。怖い先生の国語の授業で内職が見つかり、生徒指導室に呼び出されて怒られたこともあります(笑)。それほどまでに、僕の生活の中心は常に「早稲田合格」でした。


世界史という落とし穴



努力は確かに実を結び、国語(現代文)は青学で9割以上、早稲田でも7割以上取れる力がつきました。英語も青学なら7割以上は解けるようになり、「やれば伸びる」という実感はありました。しかし、世界史だけはどうしてもできるようになりませんでした。本当はカタカナ暗記が苦手で漢字の方が得意だと分かっていたのに、効率を優先して世界史を選んだのです。最後まで穴を抱えたまま本番を迎えました。


結果は10校中1校



結果は10校受験して合格はわずか1校。合格発表はパソコンで番号を入力して確認しましたが、「不合格」の文字が続くたびに胸が締め付けられました。親には多額の費用を負担してもらい、塾では「今年の目標=僕の早稲田合格」と掲げられていた。学校も含め、多くの期待を背負ったからこそ、その重さに押しつぶされるような感覚がありました。


実力を出し切った敗北



高校受験は骨折で力を出し切れずに終わりましたが、大学受験は実力をぶつけての敗北でした。だからこそ悔しさは大きかったものの、納得感もありました。「また違う形でリベンジすればいい」と思えたのです。資格取得でリベンジ、就活でリベンジ——挑戦の火は消えていませんでした。


大学受験からの学び



この経験から学んだのは、効率や最短ルートが必ずしも自分にとっての正解ではないということ。自分の特性や感覚を大事にして初めて、努力は力に変わる。大学受験の失敗は、僕にとって「失敗しても挑戦は終わらない」という大切な気づきを残してくれました。


次回予告



次回は「友達の大学受験支援」のお話です。
自分の経験を活かし、友達の勉強をサポートする中で気づいた「伴走することの楽しさ」。ここから僕の“人生に寄り添う喜び”が芽生えていきました。

💡 次回はこちら
👉 人生の転機④|友達の大学受験を伴走支援して第1志望校合格に導いた話

📖 シリーズ全体はこちら


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