【短編小説(完結)】辻切区のどこか奇妙なXmas 26 本当の幸い 3700字
[HL:みなさまのこれからに幸せが訪れますように]
「そうさせてもらうよ」
よっこいしょとセットチェアに横たわる。このいわゆる『美容院の椅子』は過度にリクライニングが効くけれど、お客さんがいる時間帯では自分で寝ころんだりはできないから、案外自己使用が難しい。マッサージ機能欲しいよ。そう思いながら見上げた天井は、バックヤードと違って少しグリーンみがかかっていた。でもきっとこれで、面倒事は全部終わりだ。体は随分重いけど、あとはパーティだけだ。
……そういえばパーティってバックヤードでやらないと駄目なのかな。ケータリングってそれなりの量だろうしぎゅーぎゅーになりそう。あそこでパーティするのは窮屈そうだ。あれ? 追加したフードって結局どうしたんだ? 皆で食べる分考えてもオーバーキルじゃない? そんなことを考えているうちに時間が経過したようだ。
「公理さん、パーティの準備できましたよ。ほら起きてください」
声に顔を向ければサンタの帽子とクラッカーを手に持った要ちゃんが残念そうな顔で俺を見ていた。
「あれ? 夢?」
「違います。現実です。さっさと起きてください」
「え、なんで」
「あんな空っぽな夢をみたら心配にもなるでしょ。第一……私が言い出しっぺだし」
どこか極まりの悪そうな要ちゃんからクラッカーを受け取りHANDSで買った帽子を被る。買ったことすらすっかり忘れてた。それで起き上がれば受け付けのスペースにケータリングされた食料が運び込まれ、シャンパンとかジュースとかが並んでいる。真ん中には蝋燭のたったケーキ。
「おお」
「公理さん、早く来てください、帰れません」
吾郷君の言葉に慌てて駆け寄る。
まじでクリスマス・パーティ感だ。この仕事を始めてからは、初めてかもしれない。なんだかちょっと、ワクワクした。それでクラッカーを掴んだと同時に、なんか酷く嫌な予感がした。あれ? 何か忘れてる? このまま紐を引いてしまうとやばいような予感が、バックヤードの方からする。
「公理さん、私早めに帰んなきゃなんだけど」
要ちゃんのいう事はもっともで、第一、見渡したみんなの顔は疲れ切っていた。俺も帰って寝たい。あれ、でも環はバックヤードでやれっていっていた。なんでここじゃ駄目なんだ? 本当に駄目?
でもじゃあ、どうしたらいいってんだよ。疲れた皆にここに準備してもらってるのにバックヤードに退散させるなんてできるわけない。つまり他の手段が思い浮ばない。ちょくちょく感じる駄目なんじゃないかなという気分を押し殺し、ビクビクしながらクラッカーを構える。
「みんなお疲れ様。それじゃ」
メリー、クリスマスといおうとした瞬間コン、コンという音が鳴り、みんな一斉に店の入り口を振り返った。何。やっぱ駄目なやつ?
「吾郷君、お客さんってみんな帰ったよね」
「そのはずです」
びくびくしながら入口を見つめていても誰も入ってこず、しばらくしてコンコンとまた音がした。面倒事が増えている。そのことになんだか無性に腹が立ってきた。開いてるんだから入ってくればいいじゃないか。
昨日今日とすっごい忙しくて、すっごい疲れて、漸くパーティで、でもここでやっていいのかよくわかんなくて。そんなイライラで入口に向かってバンと扉を開ければ、普段驚いたところなんて見たことない友人が目を丸くして立っている。
「……あれ? 環」
「ああ、びっくりした」
「なんで入ってこないのさ」
「……俺は髪を切るつもりがない。招かれなければ入れない」
なんだそれ。吸血鬼みたいだな。招かれないと? それで環は店内をのぞき込んで不機嫌そうに眉をひそめる。
「なんで今パーティやってる。折角ずらしてきたのに」
「え、だって25日でしょ? まあとにかく入ってよ」
「クリスマスは25日の日没までだ。陽が落ちれば日付が変わる。俺は年末の挨拶に来ただけだ」
環はそう言い捨てて、すたすたと入口のパーティスペースを抜けてバックヤードに向かう。なんなんだ? でも環がいいと言うならいいんだろう。つまり悩みは全部解決して、気分は晴れ晴れとして、クラッカーを手に取って、これで終わりで、クリスマスパーティで、終わったら帰って寝るんだ!
「メリー・クリスマス!」
そう宣言してパンとクラッカーの音が多重に響きわたり、どうやら鼓膜がぶちぬかれでもしたらしく、その瞬間から記憶がない。そうして見上げているのは昨日も眺めた白い天井だった。つまりバックヤードで、今日がクリスマス?
「なんだ? 結局全部夢だったのか?」
昨日というか今朝と全く同じ光景。もしこれが全部夢ならすべては虚無だ。酷く虚無的で、夢落ちを食らったみたいな気分だ。
「なんなんだよもう……」
「智ちゃんおきたよー」
なんかまた変な声がする。またジングルベル、歌う?
「ああ、智樹。起きたのか」
聞きなれた声に体を起こせば、バックヤードのソファの向いに環が座っている。あれ。なんでここにいるんだ。っていうかどっからどこまでが夢なんだ。あたまが随分ぼんやりする。
「環もパーティに来た……んだっけ?」
バックヤードに向かった記憶は現実なんだろうかと思っていれば、環は嫌そうな顔をしてわかりやすくため息を吐く。
「俺はずっとここにいた。忘年会に興味はない」
「忘年会じゃなくて……」
「吾郷が店を閉める時間だといってお前をここに置いてったんだ。帰ろうかとも思ったんだが、まぁ、なんだ」
なんだか憐みの目で見られている気がする。
「え? えーと。ありがとう。じゃぁプレゼント交換も終わったのかな」
「吾郷は『駄目になってたから代わりに配っときました』と言ってたぞ」
「そっか」
その言葉で、結局どっと疲れた。つまり気絶している間に全てが終わってしまったんだ。クリスマス。いつのまにやら大体が俺のあずかり知らないところで。もともと激務なのはわかってたし、毎年記憶にないし、だからそんなに過度な期待はしていないつもりだった。でも。
「楽しみにしてたのになぁ」
吾郷君には感謝しかない。けど張り詰めた糸がぷちんと切れたみたいだ。
「智ちゃん大丈夫~?」
「プレゼントあるよ~」
プレゼント? なんだか幻聴が優しい。
「ああ、そうだった。お前の分を預かっている」
「プレゼント? ほんとに?」
環は俺の前に靴下の袋をドンと置き、その袋は靴下っぽい形を保っていた。持ち上げてみると随分重たく勢いでふらつく。
「多いな」
「お前、愛されてんな。店員が2個ずつ持っていって、お前は2個ずつもらう計算らしいぞ」
あれ? 俺が多分20個ちょい入れて、店員みんなが2~3個ずついれて。要ちゃんも持っていってくれたなら、このくらい残ってる? 開いた袋の中には色とりどりの箱が入っていて、だんだん心がぽかぽかと明るくなってきた。
みんながパーティをしている姿が思い浮ぶ。俺はその中にいなくて一緒に祝えはしなかったかもだけれど、確かにこの1か月、プレゼントをこの中に入れるたびになんだかワクワクして、楽しかったのは確かだ。
「来年もやろうかな」
「……俺の知らないところでやってくれ」
「そんなこと言うなよ。半分やるからさ」
「クリスマスプレゼントなんて受け取れるか」
「じゃあお歳暮だよ。第一クリスマスは日没までなんだろ、ほら」
上の方から一つずつ順番に取り出して、俺の前と環の前に交互に置くたびに歳暮、年賀と呟くものだから、なんだか拗れすぎておかしくなってきた。それで最後に撮りだしたのは雪まみれのスノードーム。逆さにしても、やっぱり辻切が雪まみれだ。でも結局、これのせいで何か起きたっけ。
「これ、結局なんだったの?」
「何? 雪の量がおかしいスノードームだよ。奈美子が前に欲しそうにしてたから取り寄せたら不良品だったんだ。お前なら店の飾りにはなるかもと思ってやったんだが」
「不良品? え、結界を張るとかいってたじゃん」
「張ったよ」
「助けてくれるって」
「助けたじゃないか、今日も」
当然のように呟く環に、そういえば酔っぱらった俺の介抱をしてくれたんだよなとは思い至る。おかしいな、何かかみ合わない気がする。……まあいいか。だいたい今の俺は頭が全然働いていないんだ。だから考えても仕方がない。だから伸びをした。本当に、クリスマス終わっちゃったんだな。
「じゃぁ、帰ろう」
「ああ、帰ろう。環、ありがと」
そうして店の扉から一歩外に出た煉瓦坂は一段とシンと冷え、見上げれば月が綺麗に登っていた。それがなんだかとても特別に見えた。昨日今日はすっごく大変だった。でもこうして今日は終わって、また明日がやってくる。そんな毎日は充実していて、きっと、とても幸福なことなんだろう。
そう思っていればふいに何かが月を横切る。それはサンタさんかもしれないし、ドローンかもしれないし、それは、まあどうでもいいや。
「じゃよいお年をお迎えください」
「うん。じゃあまた明日。クウェスに寄るよ、休みにしてもらったから」
扉の外でそんな声がして、鍵がカチャリとしまる音がして、がさごそという音がそこかしこから聞こえ始める。
「さて、みなさん。智ちゃんが帰りましたよ~」
「はーい」
「わーい」
小さなさざめきが再び店内に広がる。
「今日はたまちゃんがいるから、智ちゃん送っていかなくていいよね」
「いいんじゃない?」
「智ちゃんったら、ぼくらを閉じ込めてパーティしようとするなんてひどいぞ!」
「たまちゃんがあけてくれたからいいじゃん。もう通れるよー」
何かがするするとバックヤードの扉を通り抜ける。
「でもー」
「じゃあ、ぼくらもパーティをはじめましょう」
「クリスマスじゃないんでしょ?」
「お年賀っていってたー。お米とか、お酒とか、たまちゃんがくれたし」
「まあいいや、かんぱーい」
「かんぱーい」
そうしてバックヤードはピカリと輝いた。ひっそりと。
Fin.
かけあしで書いたので、後で少々直すと思います。
お読みいただいてありがとうございます。
アドベント的に毎日テーマで書くのは初めてで、面白かったです。伏線は全部回収できただろうか?
そんなわけで、皆様にも幸がありますように。
イエスの誕生日は本当は9月くらいらしく、現在のクリスマスはユールにあわせて24日の日没から25日の日没までと聞きました。ケルトの1日の始まりは日没なので、これに合わさったのかとおもいます。けれどここは日本なので適当です。厳密なたまちゃんが特殊なのです。
#いつきちゃんのアドベントカレンダー
#本当の幸い
なんと、最後まで完結したぞ! 参加させていただきまして、ありがとうございました。とても楽しかったです。
Merry Xmas!
今クリスマス絵を描いてるけど間に合わないので、完成したら差し替えます、週末くらいに。この人たちは明日公開予定の、このほのぼのした話の裏で書いてた極振りの狂気的な短編ですが、クリスマスなのでいい感じに書いたやつで、同一性は正直ない。

★神津WIKI
この話は、というかどの話も、というか僕の話のだいたいは神津市という架空の場所で生まれています。今回のたまちゃんと智ちゃんはその中の辻切という区で生活していて、一緒に出てる話も別々の単話もシリーズもあって、それぞれが街の中で出会って話ができるスタイルなので、むしろ主人公は街かもしれない。
