【短編小説(現代ドラマ)】 あの日見た窓の外側 3000字
[HL:あの懐かしい青い春は、取り戻せないからこそ美しい]
#片想い文芸部
参加します―。いつもタグは最後に張り付けるんだけど、テーマが『思い出を曲にのせて』だから先に張り付けておきます。曲を聴きながら読むことを想定しています。
DIALUCK 「セーシュン」
そういや解散してたけど最近復活したんだっけ。
「公理様、いらっしゃいませ。越前様がお待ちですよ」
Bar Noapteの重たいドアを押し開ければ、大きくもない声が耳に届く。やや薄暗い店内を見渡せば、カウンターの端っこで梅雨ちゃんが軽く手を振った。ノアプテはカウンターしかないからすぐわかる。誰かに間違うこともない。
「早かったね」
「俺は大抵暇だからな」
自嘲でもなんでもなくただの事実として梅雨ちゃんはそう呟いて、お茶を巻いたヘルシーな煙草を灰皿に押し付けた。口寂しい時に丁度いいらしい。梅雨ちゃんはもともとニコチンが入った煙草なんか近寄せもしない健康志向なのに、ピアスだらけな見た目のせいでいつも損をしている。本人は全然気にしてなさそうだから、別にいいんだけど。
そうしてかなり薄めに作られたと色からもわかるハイボールが目の前に運ばれてきた。
「で、何かあったのか?」
「いや、何もないよ。ただちょっと飲みたくなっただけ」
「お前はいつも飲んでるだろ」
「まぁそうなんだけどさ」
そうして軽くグラスを打ち付ける。
飲む理由。
俺はいつも夜になれば飲んで酔っ払っている。けれど今日特に飲みたいと思ったのは秋口で急に冷え込んできたから。仕事終わりに見上げた空が何だか茜な羊雲で、けれど街灯が点く時間でもまだなかったから街並みが中途半端にハロウィンの後みたいに暗く陰に沈んで見えて、その中にぽつんと取り残された気分になってしまったから。そうしてなんだか、冷たい風が吹いてほんの少しだけ寂しくなったからかもしれない。そう思って気が付いたら、梅雨ちゃんにLINEを送ってた。
梅雨ちゃんはたいてい暇してるし、高校からの腐れ縁だし、まあ、たいてい何言っても聞いてくれる。それにこの16時半っていう中途半端な時間に他に飲みに付き合ってくれそうな当てもなかった。
「最近どう?」
「いつも通りだよ。図書館で借りた本を家で読んでる」
梅雨ちゃんはたくさん資格を持っていて、名義貸しの収入で世捨て人みたいな生活をしている。人づきあいが悪いわけじゃないし面倒見はいい方だけれど、一人でいることが何の苦にもならないらしい。
「そっか。俺は本とか読まないからなぁ。なんか眠くなっちゃって」
「そうか」
それでなんとなく会話が止まって、梅雨ちゃんはバーに並ぶたくさんの瓶が光を反射するのをぼんやりと眺めはじめて、そのどれかを指さして、しばらくすればチェイサーと一緒に真ん丸でロックな氷が入った琥珀色のウィスキーが運ばれてくる。
そのなんでもないような空気が、なんだか懐かしい。なんとなく高校の時を思い出す。梅雨ちゃんはたいてい、窓際の席で静かに本を読んでいた。その時は確か資格の本とかばっかり読んでいて何が面白いのかと思っていたけれど、けど終了のチャイムが鳴って振り向いたその向こうに何故だかこんな琥珀色の空が広がっていた気がする。
あの頃の俺たちは時間なんていつまでもあると思ってた。ずっとそれが続くと思ってた。
今も時間はあると言えばあるし、作ろうといえば作ることはできる。けれどたくさんの人間が同じ時間の流れを共有するなんて、社会に放り出されてバラバラになってしまって初めてそれが特別だったんだってわかるんだ。
けど、俺と梅雨ちゃんの間ではまだその時間が続いている。ハイボールのグラスに触れれば、僅かに汗をかいていた。
「智樹?」
「ん?」
「眠いなら家で寝た方がいいぞ」
その酷く現実に足がついた言葉になんだか笑えてくる。
「別に眠くなんてないよ、ちょっと思い出してただけ」
梅雨ちゃんのグラスの丸い氷がカタリと音を立てて少しだけ融ける。梅雨ちゃんとの心地よい関係も、そのうち消えてなくなっちゃうのかな。全部が少しずつ、見えないうちに変化していく。
「そういや中瀬さんが結婚するんだってさ。そろそろ結婚式の招待出すっていってたけど、梅雨ちゃんは行く?」
「中瀬……? 誰だったかな」
「同じクラスでバレー部のキャプテンやってた?」
梅雨ちゃんは少しだけ眉を顰めて思い出そうとしているけれど、おそらく思い出さないだろう。そういえば梅雨ちゃんは高校のころからすでにボッチ傾向だった。人当たりはよくて面倒見もいいのに自分から誰かに話しかけたりはしない。見た目がちょっと怖いから用事がなければだれも話しかけない。それで周りに人はほとんどいないけれど、全く心底平気なんだから、梅雨ちゃんの魂は昔からとても強いんだ。
「俺さ、中瀬さんちょっと好きだったんだよね」
「へぇ」
そのさして興味のなさそうな声が、昔から丁度いい。梅雨ちゃんの興味のなさは否定じゃなくて肯定だと知っている。そういえば俺が美容師になるっていって、いいんじゃないの、ってどうでもよさそうに肯定してくれたのは梅雨ちゃんくらいだったし。
「どこが好きってわけじゃなかったんだけどさ」
「じゃあアレやる?」
「アレ?」
「結婚式に乱入して俺と結婚してくれっていう」
「まさか。俺はクラスメイトの誼でヘアアレンジ頼まれただけだよ」
俺は映画やドラマとかでアレンジ頼まれる程度には売れていて、それでタウン情報誌で店の広告の写真とかでも出てるから、それを見て連絡をくれたらしい。
「ふうん」
「別に何もないよ、久しぶりに打ち合わせで会ったら、なんか旦那さんとラブラブでさ」
そうだな、本当に幸せそうだった。だからまぁ、これからも上手くいくように祈ってる。俺が好きだった中瀬さんはきっと、もうどこにもいないんだ。それは否定的な意味ではなくて、肯定的な意味で。彼女は彼女の道を歩いている。俺が俺の道を歩いているみたいに。それがなんとなく、わかった。
「お前は行くの?」
「まぁ、行くよね、行かないっていう選択肢は潰されちゃった感じ」
髪をセットして、じゃあさよならなんてわけにはいかないだろ。
「……もし居心地が悪いなら一緒に行ってやろうか?」
「大丈夫だよ。今はそんなことは全然ないんだ。ビジネスだからね」
俺は高校のときは多分、もうすこしシャイだった。だからあの時の俺ならきっと、平然と中瀬さんと話すことなんてできなかっただろうし、結婚式の出席なんてきっと断っていた。
「ただ」
そこから先は上手く言葉にならなかった。なんか全部変わっちゃったんだなっていう気がして、だから少し寂しくなったのかもしれない。だから今、梅雨ちゃんと飲んでる。
「俺と飲んでくれる梅雨ちゃんは大事ってこと」
「なんだそれ」
けれどきっと、そういう事だろう。俺たちは高校っていう不思議な空間を共有していた。その時はそうは思っていなかったけれど、あの小さな世界だからこそ恋をして、様々なものがキラキラと輝いて、そうして目の前のハイボールのグラスの中で氷がまた、カタリと音を立てた。
こんな風に小さなグラスの中だったからこそ、キラキラと光っていられたんだ。
梅雨ちゃんは懐からハーブな煙草を取り出して点けると、やっぱりお茶の香りが漂った。優しい香りだ。だからあまりウィスキーにあっていなさそうでどこか面白い。
「多分今、中瀬さんに会っても好きにはならなかったと思うよ」
「ふうん? つまりお前は、昔を懐かしみに来た?」
「そうかもね」
あのころの俺の気持ちはもう、リアルじゃなくなっちゃってこと。もう過ぎ去ってしまったってこと。それに俺が仮に中瀬さんと付き合ったとしても、冷静に考えれば幸せになれたとはあんまり思えないな。あの狭い世界に閉じ込められていたからこそ、発生しえた関係性。
「梅雨ちゃんはなんも変わんないからね、安心する」
「相変わらず鬱陶しいな、お前」
「まあ昔を思い出すってのは酔っぱらってる時みたいに綺麗に見えるもんだよ、じゃあ梅雨ちゃんも結婚式参加って言っとくから」
「ちょ待てよ。思い出せない奴の式なんていけるか」
「一緒に行ってくれるって言ったじゃん」
きっとこの梅雨ちゃんとの関係も、あの頃の残り香みたなものでそのうち消えてしまうんだろうか。その儚さがかけがえがない。
Fin


ともちゃんの美容室は辻切中央から南東に伸びた煉瓦坂を登ったところにあるミスティオーラで、ノアプテはそこからまっすぐ西にいったあたりにあります。

こんな話を書いてるのに僕は成人より前の記憶は全然ないから、映画とかの集合知を参考にして書いてるんだけど。高校生活とかどうだったんだろうね、中高は卒業したはずなのだが本当に欠片も記憶がない。
というかこれ、思い出の内容の話を書くお題だったのかな。相変わらず直球にしかお題を読まない僕。
梅雨ちゃんと智ちゃんは高校の同級生です。二人ともヘテロなので別にBLじゃないです。バーのオーナーは苑田さんっていって、個別の話とともちゃんとの話もあったりします。
つゆちゃんの本名は梅宇でばいうとよむけど、智ちゃんとか親しい人はつゆちゃんと呼ぶ。
★似た話
これもなんか彼女を懐かしむ話。
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