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【短編小説(SF)】終わりと始まり、そして美しい世界 4000字

[HL:何かを始めることは、終わらせる誰かにとっての呪いにも似ている]

 小さな隙間から、星空を眺めた。
 人が吐き出し吹き上げる様々な煙が姿を消してから、空は酷く晴れるようになった。いつかカイユと山奥で眺めた星空と、少しだけ似ている。
 けどこんな星空を直接見上げられるのも、これが最後だ。予想の通り、今日は風もなく、雲もない。この高台の周りでたくさんの風が交雑した結果、ここ2週間ほどはほぼ無風が続いた。けれど明日の正午前には偏西風が強まり、この最果ての地にも風が届く。それで終わりだ。
「カイユ、俺は正気じゃないっていう自覚はある。だからカイユが嫌ならやめられる、今なら」
 カイユはふと、ほほ笑んだ。いつもの柔らかで優しい笑み。
「正気が何かを判断できるほど、既に人は存在しないよ。それに決められるのは君だけだ。何だって従うさ」

 少し浅黒い肌に白く長い美しい髪、そして透き通った浅葱色の優しそうな狂った瞳が小さな隙間越しに俺を見下ろした。これを了承するという時点で、カイユは既に狂っている。そしてこの地に残ることに決めたらしい他の99人も。
 見上げたところに見える枝葉を中心として、3キロ四方の土地が俺が守ることができる土地。ここにいるたった100人が俺が守ることができる人間。
 けれど、その小規模な現状維持が最大限で、それ以外の選択肢にはすでに死しかなかった。それでもこの選択が最悪であることを知っている。
「やっぱりまるで、宗教じみてる」
「そうだな。アルマゲドンがこんなに静かに訪れるなんてね」
 カイユからこぼれた言葉もやはり、終末じみていた。
 この高台にもうすぐ風に乗って毒がやって来るだろう。人類に死をもたらす世界はこんなにも美しいままだというのに。ジョシはこの毒の半減期は果てしなく長いという。ノアの箱舟は一年も経たずに地にたどり着いたけれど、俺らはただ、時間の波に揺られ続けて朽ちていくしかない。その結末が、最終的に容認せざるを得なかった結論だった。
 そう、毒。

 西暦2182年の春、つまりおよそ8週間ほど前、地球に隕石が落ちた。その隕石はとても微細な未知の毒を内包していた。
 終末のラッパが次々に吹き鳴らされるように、その自転の作用で地球は風に乗せて毒を世界に巡らせ、それが通り過ぎた地の生物全てが死に絶えた。気候学者だった俺は地球規模の風の流れを計測し、毒が流れ込む最後の地と予測されるこの高台の位置情報を、様々な科学者に送信した。世界の命運を任された科学者たちはこの最後の砦で不眠不休の研究をした。その結果、この微細すぎる毒を防ぐことは不可能で、これまでこの地が都合のいい風によって毒を免れたように、都合のいい風を吹かせてただ延命させることしか実行できなかった。
「キトリ、それこそ、君が嫌なら今からだってやめられる」
 カイユの声はとても優しい。けれどやめたって、明日の昼に死ぬだけだ。やめなくたって、いつかは。だからって俺は。

 そう思っていると、筐体から俺の腕が引き出され、パチリパチリと爪を切る音がした。
「そんなことまでさせて、悪いね」
 俺はすでに2週間前からこの狭い、まるで棺桶のような筐体に詰め込まれ、観測媒体であるこの木を通して世界を調査し、これからの調整に全てを費やしていた。
「別にどうってことない。他に何かしてほしいことは?」
 最後に、という言葉はきっとわざと隠された。俺らは結局、最後を放棄することにしたんだから。だからなるべく明るい声を出す。
「これでも後悔はしてない。けど、そうだな、あえて言えばもう一度外を一緒に歩きたかった」
「歩けるよ、そこから出れば」
 指先を支えるカイユの手のひらは、触れていなければわからないほど小さく震えていた。そのことに小さくため息が出る。俺の選択は結局、誰の利益にもなっていないんじゃないか。
「カイユは結局、どうしたいわけ?」
 そう問いかけたけれど、もう、考えたって仕方がない。
「そういえば前に一緒にアルプスに登りたいっていってたよね」
 アルプス。
 その声に不意に記憶がよみがえる。

 俺とカイユは休暇の度に山に登った。別に山が好きだったわけじゃない。ただ、休暇を合わせる理由には、それが丁度良かったっていうだけだ。どれほど安全な山でも危険はある。だから複数人でいくのがいい。そんな当たり前で漸く、カイユとの外出が正当化できた。
 登山といってもアルプスのような大掛かりな登山を予定したわけじゃない。せいぜい国内の安全な山だ。移動に行き返り一泊、登山に二泊。そういえば今見上げるように、山に登れば一緒に星を眺めた。ただ、それだけ。
 俺とカイユは幼馴染だ。同じコミューンで育ち、成長して仕事に就き、そして国が定めた適切な妻をそれぞれ娶った。俺には子はできなかったけれど、カイユには一人できたはずだ。けれど子どもは生まれればコミューンで養育されるから、カイユは会った事がないという。子どもができなかった俺と妻の遺伝子も配合されて、知らない間に子どもが生まれているのだろう。世の中というものはそういうものだ。
「みんな、元気かな」
 なんとなく口をついて出たそんな言葉に何の意味もない。ここにいる100人以外、きっとみんな、毒で死んでしまった。けれど生も死も直視することのなかった俺らの生活にとって、誰かの死は電気信号のみで知らされる。それすらないどこかの誰かの死なんて、想像することも難しい。

「キトリ、私たちは何も決められなかった。だからやっぱり、やめたっていいんだ」
 決めるもなにも、この方法をとれるのは俺だけだ。だから別に、カイユたちに責任なんてない。
「話をしよう、カイユ」
「話? なんの」
「なんでもいい。この世界を続ける意味があるんだろうか」
「意味……。そうだな。もし私たちが運命を抜けたら、もう一度花が見たい」
「花」
 そういえばこの高台の標高は高い。森林限界の遥か上で、本来なら草木など生えない場所だ。小さな隙間からカイユが空を見上げるのが見えた。この大きな木は植物学者のカイユが遺伝子を改良し、短期間でここまで成長させた。
「この木はね、本当は花が咲くんだよ。とてもきれいな桃色の花だ。けれど花を咲かせる余裕はない。この子の力は全て君が風を吹かせることに使うから。そういうふうに組み立てた」
「じゃあもし、カイユたちが全てを超えて未来を創れたら、この木と一緒に花を見たらいい」
「私は君と一緒に見たいんだ。そうじゃないと意味がない」

 思いのほか強い声が響く。一緒に見た花。
「……そういえばコミューンの近くに小さな花畑があった」
 俺はその時に出会った優しそうな男の子を覚えている。ジョウロで花に水をやっていた。
「君は乱暴に花を千切ったから、最初は嫌いだった」
「あの時は花をあげたら喜ぶと思ったんだよ」
 だから共同作業で得たお金で種を買った。何の種だったかはもう覚えてないけれど、その種はすぐに枯れてしまった。どうやらコミューンのあたりは曇りが多く、日照時間が足りなかったらしい。それからしばらくして成人して、俺たちは国の勧めで別々にコミューンを出た。
「そういえばこの木はあの時の木なのか?」
 送った木はこれほど大きくなかったはずだ。
「もともとはね。君がくれた木を素体にしたんだ」
 幸い俺は頭がよかったようだから、コミューンを出て気象を学び、学者になった。そうして研究都市で、偶然カイユに会った。久しぶりに会ったカイユは花が咲く木を眺めていた。
『こんにちは』
 そう声をかければ信じられないくらい目が大きく見開かれたことを覚えている。
『はじめまして。見かけない顔ですが、この研究棟の所属ですか?』
『いえ、今回は研究発表で来ました。この木が珍しくて。私のいる研究所には生えていない種類だから』
 生活のステージが上がれば、前のステージの生活とは切り離される。だから本来、会うことはないはずだった。とてもまれな偶然はきっと、運命と同義だ。カイユは俺に向き直る。
『初めまして。私はカイユといいます。西地区で植物の研究をしています』
『俺はキトリです。ここで気象の研究をしています』
『気象?』
『ええ。ジオエンジリアニングが専門です。研究が進めばどこでも花が咲かせられるようになる。もしこの木がお気に入りならそちらの施設に一本移送しましょう』
『いいんですか?』
『ええ。通達はされているかもしれませんが、来月そちらの環境が少々変化します。同じ種類の木を植えておけば、環境の違いが観測できますから』
 音程が乗らないそんな話をしている間、目はずっと逸らされなかった。
 設置条件の確認と観測機器の設置のためといって輸送手続きに強引に加わり、そうして友人になって時折休暇に高地の植物の研究とか環境変化の観測とか周りに言って、一緒に山に登った。ただ、山に登って植物や地形や気候を観測した。それだけだった。

 見上げる葉がさらりと揺れた。もうすぐ風が吹き始める。
「カイユ、そろそろ始めよう」
 いつのまにか、気分は落ち着いていた。できることなど他にない、なら、できることをしよう。
「キトリ、私は君が好きだった」
「知ってる」
 震える手のひらにぽたりと雫が落ち、そして筐体に戻される。
「でも私を置いていく君なんて大嫌いだ」
「俺を憎め、カイユ。それでも俺は君に生きていてほしかった」
 カタカタと、機械が作動する音がする。体と筐体の間が柔らかい液体に満たされる。
「本物の君がいない世界で生きていても仕方がない」
「大丈夫だ。俺はずっとここにいる。それにどうせすぐに俺の事なんて忘れる」
 記憶なんて、そんなに長くもつはずがない。
 これはまるで呪いと同じだ。何千年か、何万年か。毒が崩壊して再び呼吸ができるようになるまで、カイユたちは再生医療によって生き続ける。カイユが俺の遺伝子とかけあわせたこの木を中心とした有機的な空調システムがこの地の風を制御して、微細な粒子の毒がここに届くのを防ぐ。こうするしかなかった。この木との同期と制御は俺しかできない。一瞬でも同期が切れればこの小さな世界に毒が侵入する。そしてその継続的な負荷に脳がいずれ耐えられなくなる。だからこの世界では俺だけが死ぬ。変わりに生まれる俺のクローンが俺が作ったシステムと同期し、この小さな世界を守り続ける。カイユたちがどこかにたどり着くことを願って。
「いつかまた、一緒に外を歩きたい。新緑の緑、一面の雪、たくさんの咲き乱れる山の花。それから……」
 そうしてだんだん意識が遠のいていく。薄れていく星空。一万年後にはきっと配置を変えているだろう。
「さようなら、キトリ。われらが王」
 そんな声が小さく聞こえた。

当日思い出して急いで書いた。テヘ。↓の話の前日譚です。
初稿なので、多分この後時間をおいて改稿します(いつもの流れ)。僕の初校は雰囲気で書いているので完成度が低くてとてもわかりずらい。

この話の数千年後の一つの未来。

★お題

「花」「つめ切り」「大嫌い!でも好き❤️」

★ユフの箱舟シリーズ

-ユフの方舟シリーズ紹介
西暦2182年。ユフという名の小さな隕石が落下し、地球に毒が振りまかれた。そこから世界の様相は大きく変わった。だからユフが落下してきた年はユフ歴0年と呼ばれている。
その大きすぎる変革に人々は様々な方法で対処しようとしていた。
これはその中のある国のお話。

★短編小説のマガジン

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