見出し画像

狂骨紅籠 明治幻想奇譚 第八話 真昼の髑髏(全30000字)

いつもタイトルの入る下半分だけどたまには上半分のバナー。
1話目と目次

第八話 真昼の髑髏

 夏の陽光は白い石畳に強く照り返し、上下左右から皮膚を熱して滝のような汗を流させる、のは俺だけで、鷹一郎もアディソン嬢も飄々としているのは気に食わないが、ともあれ俺はレグゲート商会から少し歩いてその灼熱地獄にたどり着く。
 居留地の中央にある噴水とやらはちろちろと水を噴き上げているが、周囲に人はいなかった。理由は明らかで、めちゃくちゃ暑いのだ。
 数基の腰掛ベンチが置かれていたがいずれも遮るものはなく、その木の台は熱く熱され金属のフレームは湯でも沸かせそうな高温だ。
「さあ、ここに寝てください。明るい方が安心でしょう?」
 鷹一郎のは取ってつけた理由であって善意じゃない。
「すでに灼熱地獄にしか思えねえんだが」
makaaとっとと heti寝ろよ
 こいつは善意の欠片もない。
 体は重く、正直な所立ってるのさえ辛いのだ。祟られて死にかけの俺には選択肢などない。
 さすがに居留区の腰掛は偉人サイズだからフレームに触れずに十分に横たわることは出来た。だが直射日光というやつが仰向けの目に突き刺さり、自然とまぶたは閉ざされる。お天道様は全ての魔を焼き尽くす、と思えばあの髑髏もやってこないんじゃないかと思ったが、うつらうつらした瞬間に腐臭が漂う。ただでさえ疲れ果てていた。全てを燃やし尽くすような日光が俺を縛り付けるように降り注ぐものだから、気分はもはややけっぱちだ。
 もうどうにでも成りやがれ。ふわりと気が遠くなる。

「おっしゃるとおり、確かに和装ではありませんでしたねぇ」
Paska! なんでこいつはこんな重てぇんだよ」
「大きく育ったのですから仕方がないですよ」
「しっかしよ。真っ昼間の明るいとこでもあんなくっきり見えるもんなんだなぁ」
「それは私も驚きました。よほど哲佐君が気に入ったのでしょう」
「羨ましいねぇ」
 尻が石畳の上をゴリゴリと引きずられる痛みにふと目を開けて右を見るとアディソン嬢の苦々しげな目と目があった。
「起きたか。とっととてめぇの足で歩きやがれ畜生」
「まぁあと一息です。運びましょう」
 左側を見ると鷹一郎の涼しげな目が見下ろしている。どうやら両脇を持って引きずられているようだ。間もなく顔に影がかかり、真上を向くと木の葉がさざめいていた。気を失っていたのは一瞬のようだが、起き上がろうと思っても体がちっとも動かん。鷹一郎に抱き起こされて水筒の水を含む。

「それにしてもあっという間に意識を失いましたね」
 どう聞いてもその声には多少の誂いが混じっている。うんざりする。
「疲労だ疲労。それで、何かわかったのか」
 それにしても昼日中に現れるなんざ、どんだけ執着してんだよ。普通は真っ昼間に幽霊を見ようなんざ思わねぇよな。だから発想すらしていなかったが、こと姿を確認するなら夜の闇より陽の光のほうがよいことは火を見るより明らかだ。
「ええ。お陰様で。結論として、髑髏が着ていたのは日の本の服ではありませんでした」
「ありゃぁおそらくBěisòng北宋あたりの服だ」
「宋? なんでそんな服着てるんだ」
「俺が知るわきゃねぇだろ馬鹿」
 鷹一郎とアディソン嬢には、燦々と輝く夏の太陽の下で俺に絡みつく髑髏の姿がくっきり見えたらしい。
 それで現れた髑髏の姿は、明らかに和装とは異なっていたそうだ。
 筒袖の前合わせの上には緻密な刺繍が入っている。腕の真ん中くらいの長さまでの羽織、それからスカァト。姿絵とは随分違う。
 だが伊左衛門を責められない。伊左衛門は質屋といっても骨董ではないし、専門は日用家具だ。だから素材の善し悪しはわかっても、古い異国の衣装などは知らなかったのだろう。
「てぇことはあの髑髏は異人なのか? 伊左衛門の取引先の中国人か何かの縁ってえことか」
「いえ、それも少し考えがたい。アディソンさん、この宋服というものは容易に手に入るものですか?」
「んや、見ねぇな。つぅかよっぽど辺鄙な田舎じゃなきゃぁ全部満州服だよ。l'Annamベトナムですら服を満洲服にした。Qingがそう強制したかんな」
 ということは、そんな服をどっから手に入れたんだ。
「そう、ですか。そうするとやはり伊左衛門の取引先の縁者というのも考えがたい」
「つまりどういうことだよ」
「馬ァ鹿、お化け自体が骨董品ってことだよ、そそるねぇ」
 骨董品。髑髏自体が古いもの、ということだ。
 宋? 宋っていつだったかな。確か元の一つ前だ。そうすると元寇よりさらに前。そうすっと鎌倉幕府? なんでそんな古いのが伊左衛門に取り付いたんだ?
「御伽婢子の該当する冊子だけを屋代さんにお借りしましたが、ひょっとしたらそれの更に元ネタがあるのかもしれません。それにしても伊左衛門が会ったのは何だったのか」
 鷹一郎がふいに見上げる空には緑の木の葉が揺れていた。
「何だって?」
「髑髏本体に出会ったのなら、伊左衛門はさすがに気がつくでしょう。伊左衛門は質屋です。そうすると髑髏に関連する物に関わったのでしょう」
「骨壷とか?」
「さすがに骨壷を質屋で買わないでしょうよ。さて、一体何なんでしょうねぇ」

 それでそのまま、屋代の店に赴いた。
「あるよ。剪灯新話せんとうしんわだな、ちょっと待ってな」
 屋代の答えは実にあっさりしたもので、拍子抜けだ。ふらりと訪れた俺と鷹一郎を店先において、真っ暗闇の続く店の奥へと消えていく。
 ここは逆城南にある屋代賢示の店だ。好古屋という屋号でよくわからない店を開いている。屋代賢示は好古家で、わけのわからぬものを集めることを習性としている。ここに店を構えて古今東西の珍品奇品を買いあさり、金がなくなったら高額でそれらを欲する者に売却して生活している。
 だからこの新しく開発されたはずの区画の新しい店内には、全ての窓や明り取りが塞がれるほどわけのわからぬ物が積み上がり、奥に行くほど黄泉路にでも直結するかのごとき闇に包まれている。
 そういえば逆城あたりには黄泉に続く七本の路があるってぇ噂もあったな。
 鷹一郎が『本当にありましたねぇ』などと呟いているうちに十分ほどで屋代は奥から戻ってきた。これほど物にひしめいているのに屋代にはどこになにがあるのかわかるらしい。そして表紙のない一冊の綴じ本を俺と鷹一郎の前に差し出した。
「写本だがな」
「これはどういう本なのですか?」
「明の初めに編まれた怪奇集だ。唐から続く伝奇小説の流れを汲んでいる」
「明代ですか」
「上田秋成も『吉備津きびつの釜』というタイトルで翻案しているよ。話としてはよくあるところだな」
 上田秋成というと雨月物語だ。浮気者の男が妻騙して金を奪い遊女と駆け落ちする。妻は死んで遊女を祟り殺し、男をも殺そうとした所陰陽師から貰った札を貼るが自ら剥がして……死ぬのだ。なんとはなしに眺めた鷹一郎はまるで他人事のように飄々としている。
 そもそも俺と鷹一郎は牡丹燈籠について調べたいと言って御伽婢子の該当巻を借りたのだ。だからその時に剪灯新話についても教えてくれてもよかろうものとも思われるのだが、屋代の頭には古今東西の膨大な知識が詰め込まれている。だから関連するものとして想起されるものの量もまた膨大すぎて、それが求めるものかどうかは一々確認しなければわからない。畢竟、名指しで求めるしかない。
「へぇ。異国の説話に興味はありませんでしたが、開国しているのですし多少は学んだほうがよいでしょうかね」
「土御門、お前の興味は近所の妖怪だろ?」
「そうなんですけどね、哲佐君はこれから古今東西様々なものの供物となるでしょうから」
「巫山戯んな」
 その表情に全く悪気がないのが癪に触るのだ。

次話

#妖怪 #陰陽師 #明治時代 #生贄 #あやかし #ホラー小説 #牡丹灯籠



いいなと思ったら応援しよう!