狂骨紅籠 明治幻想奇譚 第一話 序 闇の底(全13話30000字)完結
電撃大賞の3次まで残ったやつをお試しで連載をしてみます。更新ペースは3日に1度くらいです。全3万字ですが、分割しながら放流するので、話数は完結字に埋めます。
あらすじ
明治16年夏。
山菱哲佐は酒の席で伊左衛門という男が女髑髏に祟られていると聞く。
陰陽師を生業にしている土御門鷹一郎と一緒に赴けば、確かにその髑髏は現れた。髑髏から浮かび上がるのは三遊亭圓朝の新作落語『牡丹燈籠』。けれどもその姿は和洋折衷。
鷹一郎は生贄体質である哲佐に髑髏を移し、解呪のための方法を探る。
何故髑髏は骨なのか、そして何故、伊左衛門に取り憑いたのか。そして、髑髏は何を求めているのか。なにより、哲佐の命の火が消える前に、果たして髑髏を祓うことができるのか。
第一話 序 闇の底
……いまぁ……どちらにぃ……おられますのぉ?
……旦那さまぁ。
解釈するとそのような意味合い。
間伸びしてくぐもった、か細い声が聞こえた。
その声は断続的で、時折呂律が回っていない。いや、呂律が回っていないというよりは、発声器官はすでに腐り落ちているのだろう。それでも聞こえる微かな声音。
墨をこぼしたような闇の中、うすらと滲む朧月の明かりを受けて、その折れ曲がった背がずぞぞと蠢くのだけが僅かに見えた。強い膿と肉の腐った匂いが夏の湿度にじりじり混じりて浸透し、じわりじわりと俺の皮膚にも絡みつく。
曲がりそうになる鼻から息をするのを諦めて、うっすらと口を開けるとうぷりと嘔吐感が迫り上がってくる。結局同じなのだ。その腐りを鼻から入れるのも口から入れるのも。
けれども俺は知っている。俺はそう聞いている。物音さえ立てなければ問題は何もない。近くにやってきても俺に気がつくはずもない。美味そうな匂いが漂っている、だけ。
……らんなさまぁ……ヒ、ヒ、ヒゥ……
笑い声なのか悲鳴なのか、あるいはただ、どこかから空気が漏れているだけなのか、その音は末尾を崩しながらも少しずつ俺のすぐそばにやってくる。直視しないよう、目の端だけでその姿を追う。上品そうな緑の羽織はずるずると引きずられて半ば脱げ落ち大振袖のよう。それが黒ずみ腐汁に塗れてまだらとなっている。
目を皿のようにして見つめても、もとよりそこは闇の底。それが伸ばす骨と化した指先近くには、薄ぼんやりとした赤い光が揺れている。そのかすかな明かりが当たる分しか視界は開けぬ。
そしてそれはずいぶんとゆっくり時間をかけてそのあたりをうろうろした後、急にガタリと何かを仕舞うような音が響いてあとは静寂。
そしてチリンと鈴の音がなり、カラリと障子が開けられた。
見上げるとその奥には小さな庭とどこまでも明るい満月の光、そして見知った男の影が見え、不本意ながらもほっと安堵の息をつく。
綺麗な風が吹き込んだ。
「哲佐君、わかりましたか」
「わかんねぇ。まるで腐った沼の底だ。何がなんだかさっぱりだ」
「沼の底、ね。言い得て妙。では月はどちらに見えました?」
思い起こして指差す。そしてそれは、今室内を照らしている満月とは異なる方向だった。
「月の位置を前提に、ソレがいた方角はわかりませんか」
少し考え指し示した先は、部屋の天井近くだった。普通に考えれば上に向かうはずもない。正直なところ、あの闇の中では上も下もわからなかった。濁った水の中に埋まっているいるような。
「その框の辺りから動き出して同じ辺りに戻った気がする」
「伊左衛門さんも同じでしょうか?」
「ち、違いねえ!」
部屋の隅の暗がりでは、伊左衛門が札を握りしめてガクガクプルプルと縮こまっている。
「ふぅむ、やはり少し位相がずれていますね。」
「位相?」
「そう。それは本当はここにはいないんです。はてさて一体どこにいるのか」
鷹一郎はそう言ったきり、何も口にはしなかった。
2話目以降のリンク
同じシリーズの話
鎮華春分 桜に囚われた千代の話
長屋に鳴る鬼
イラストと観光情報



現代の地図で恐縮です。
鷹一郎さんの土御門神社は辻切区南西の西街道にあり、哲佐君が住む長屋は辻切と逆城の間の常城神社付近にあります。
屋代賢示の営んだ好古屋は明治時代に再開発が行われた逆城南にあり、現在芦屋質店と名を変えて影のあるイケメンが質屋を営業しています。
神津港はかつての開港場で、多くの黒船が来航しました。その正面の旧外国人居留区及び端照島諸島は訪れる外国人の貿易及び生活拠点として借款され、治外法権となっていました。レグゲート商会は現在も名を変えてReggate.coとして存続しています。現在神津港はその喫水の浅さから貿易拠点としては南の石燕市に座を譲りましたが、明治時代に多く建てられた煉瓦倉庫街を改築し、港湾エリアとして現在も賑わっています。
#妖怪 #陰陽師 #明治時代 #生贄 #あやかし #ホラー小説 #中編小説
