見出し画像

本雑綱目 79 奥村正二 火縄銃から黒船まで 江戸時代技術史

今回は奥村正二『火縄銃から黒船まで 江戸時代技術史』です。
緑の岩波新書。978-4004160632。
NDC分類では502。技術. 工学>技術史. 工学史

これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。

★図書分類順索引

1.読前印象

 はずかしながら江戸時代については、その初めに鎖国してから末に開国するまで技術的な発展があったとはあまり考えていなかった、というかむしろ幕府によって抑制されていたと認識していたものだから、その間の発展が思いつかない。和算や本草学なんかの発展は認識しているものの、それが火縄銃や黒船と同ジャンルの技術かといわれるとピンとこないな。この前読んだ本で五箇山で秘密裏に火薬を作っていたくらいかな。
 これまでは内容紹介と感想をごちゃごちゃに書いていたけれど、わかりにくいので分けて書く事にしました。どうしても突っ込みがいれたいときは()で書こうかと。
 とりあえず開いてみよう~。

2.目次と前書きチェック

 はじめに的なものはない。
 目次は『江戸時代を見る眼』、『火縄銃・大筒・焔硝』、『御朱印船・千石船・黒船』、『金銀銅の鉱山』、『歯車とからくり』です。小見出しをみると、江戸初の次は幕末に飛んでいる感じ。目次だけだと内容はよくわからないな。
 この中で総論的な感じのする『江戸時代を見る眼』と、あまり詳しくない『金銀銅の鉱山』を読んでみることにする。この三段活用みたいなタイトル付け、どっかでみたけど何の本だっけ。

3.中身

『江戸時代を見る眼』について。
 現在新しく発生したように見える問題も江戸時代に遡ることができる。例えば西欧では江戸時代にはすでに馬車を改良し、人馬別に路面も整備されていた。一方で江戸は幕府が庶民の乗馬を禁じ、馬も小型で改良もなされず馬による交通が発達しなかった。そのため明治政府は馬車ではなく鉄道一辺倒の交通政策を行い、今でも人と車道の区別が曖昧のままだ。このように現代の問題は江戸時代に端を発する。しかし歴史をたどろうとしても、特に技術部分についての歴史は資料的空白が多い。明治日本の西欧技術導入までは江戸時代の技術が継続していたはずで、その差異の大きさを明らかにし特に変化が大きい鉄砲、船、鉱山の分野で江戸時代の技術を評価する。
 江戸時代の技術は①秘密主義及び身分の固定と組や座による営業独占、②新技術の生み出し及び拡散禁止に加え、鎖国による他国との技術交流の断絶によって発展が阻害された。特に船の技術は当時の江戸初より千年さかのぼった奈良時代の船の建築しか許されず、事故が多発した。一方で西欧では江戸初のころから特許の観念があり、産業革命を迎えて爆発的に技術を発展させ、日本との技術差が広がった。
 えっと。前提としてそもそもこの本は1970年の本で、士農工商が不動の身分制度と書いてあるあたりから読んでて違和感が結構あるんだけど、今の常識とはちょっと違う時代に書かれたことを念頭に置くべきだと思う。船は当時の物流インフラの一つなわけで、その技術を捨て過去にさかのぼらせたということはよほどキリスト教等の影響(外海で交流する)を恐れたのだろう。ふと思ったんだけど、鎖国によって海外に対する防衛技術の刷新もすべて放棄したとして、海外における技術発展に基づく新たな侵攻は検討しなかったんだろうか。実際江戸末に来たいわゆる黒船を追い払うことは困難だったのだろうし。でもそういうと第二次世界大戦でも同じ経緯を辿ってるよな。
 日本における技術の停滞はおそらく技術毎に目的が違うはずだ。海運関係はキリスト教排除目的が大きいと思うけど、新技術の生み出し禁止(享保の触がおそらく有名だが、元禄のころから江戸末期までちょくちょく発令されている。)は物価抑制が目的だったと記憶している。一方で、医学については江戸初期から長崎に紅毛流医学を学びに来る流れがあったはず。
 現在は十把一絡げに誰でも習得しうる発展的な知識を技術と呼んでいるが、技術感が江戸時代と現代でわりと違うんじゃないかと感じた。つまり何を技術と感じているかとか、もろもろの価値観も含めて。僕は研究してるわけじゃないから感覚的なものなんだけど。

『金銀銅の鉱山』について。
 江戸時代に採掘に火薬が使用された記録はなく、慶応四年にイギリス人が佐渡に伝えたのが初めてという。多くの鉱山では灯りは安価な魚油で賄われ、労咳、珪肺や酸素不足で多くが倒れ、多くの死人を前提に強行的に採掘がなされた。江戸時代の排水は釣瓶汲み(アルキメデスポンプ)だ。江戸末になって大倉永常の『農具便利論』に天秤式のブランドスポイト方式のポンプの記載がある。江戸中期から明治初めまで、江戸の無宿人が捕えられて佐渡金山の水汲み夫になった。
 江戸初期に佐渡で製錬の為に行われた水銀流し(アマルガム法)に使った水銀は全て輸入品で、その技術自体も切支丹によってもたらされた(そのため、すぐに打ち切りになった)。伊豆の坑道のつくりも切支丹の技術との言い伝えがある。これらは関ヶ原前後に金銀貨の鋳造をしたときに技術交流があったとして不思議はない。明治維新後は運搬を機械化し、大量の失業者を生み出した。一方で精錬技術は日本に適さなかったものもある。
 天領の佐渡と幕府から請負った住友家(泉屋)によって採掘された別子では技術交流が少なく、使用機材に差がある。また別子銅山から鉱毒が生じ、排水は吉野川に流れるため工事中止が生じた。泉屋は南蛮人から学んだ南蛮絞りを用いた。日本の鉱山への火薬使用は明治15年のダイナマイト導入である。その他、明治に入り西洋技師を雇い、特に民営の別子は鉱山改革が進んだ。
 日本の水銀の産出及び使用は奈良時代にはじまり最盛期は平安から鎌倉である。仏像の金箔等に用いられた。これらの水銀は丹生や大和鉱山産出のもので当時は輸出もしていたが、14世紀中ごろには採掘できなくなったようだ。江戸時代には水銀は輸入するようになり、主に薬用・顔料に用いられた。
 ざっと読んだろころ、鉱山については基本的に江戸初期から明治期まであまり変化がなさそうだ。全体的に当時用いられた各地の鉱山の採掘方法が並んでいるので、興味がないと読むのつらいかもしれない。

 全体的に、技術史といいつつ『火縄銃』から『黒船』に突然ジャンプするので、二時点での文化の紹介をいう感じの本。なので冒頭にあった現代の問題が過去に繋がってる感、は乏しい。江戸時代はその初期に既に生まれていた技術については交流によって伝播したことはあっても、それが大きく変化することはなさそうだ。時計をよめばよかったと少し後悔してるけど、ざっくり見ると時計はだいたい知ってる知識だったからまあいいかっていう感じ。やはり技術の発展には何らかの起爆剤が必要なのかもしれない。
 小説に使えるかというと、江戸時代の海、鉱山を書くなら使えるかもしれない。江戸時代は技術が発展していないことを前提とすると、書くべき技術がこの本で確定される。一方で少なくとも鉱山のページでは技術と大枠のみなので、実際に運用された状況や社会情勢、つまり人を描くにはまた別途調査が必要と思う。明治初期の鉱山の話が書き途中になってるから続き書きたいんだけど、エンドが決まらないの。

4.結び

 技術は革新とそれによる社会変化が面白いのだけど、この本は二地点の技術が書かれているだけで、それによってもたらされた社会の変革はあまり記載されていないので好みとは少し外れる。
 例えば鉱山といえば戦国時代こそ金山銀山から産出される金貨銀貨でほっぺたをたたきあった時代で、上杉が力をつけたのは佐渡金山、武田は黒川や駿河の金山、秀吉は金山金山を有し、そこで産出される金銀で武具や兵糧を賄っていたわけで、生き残りをかけて山を掘らせていた、はずだ。武田が負けたのは金山が枯れたからという説もある。江戸時代になれば各藩の生存自体は問題が軽減したものの資金繰りは厳しく幕府が管理し、参勤交代や江戸在住で絞られた。資金源の重要性は変わらなかったはずだが目的は変化したはずなので、その辺の変化が気になる、けど書いてない。筆者の興味関心は技術史であって社会史ではないわけだから、この辺は仕方がない。
 次回は小池寿子『屍体狩り』です。
 ではまた明日! 多分!

★似たテーマの本
発酵も技術といえば技術で、こちらはどちらかというと社会学的な話で面白かった。

★一覧のマガジン

#読書 #読書レビュー #レビュー #うちの積読を紹介する #書評 #読書感想文 #note感想文


いいなと思ったら応援しよう!