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「君に払いたいんだ」と言って、600万円払った人の話|元外銀女の独り言②


外銀時代、私は外国人富裕層向けの営業をしていた。


お客様は、日本法人トップ、トレーダー、PEファンド、ヘッジファンドのMDたち。

彼らは、よく来る日本のトップ企業の役員たちとは違った。

その時代、その瞬間、一番景気のいい国へ異動していく人たちだった。

ロンドン、香港、シンガポール、東京。マーケットが動けば、彼らもまた次の国へ移る。


あるイギリス人のお客様がいた。

いわゆる“ハゲタカファンド”と呼ばれるような、企業買収系PEの代表の一人だったと思う。


ただ、彼は驚くほど控えめな人だった。


忙しく、いつも時間がない。

数ヶ月に一度、本国送金やドル転のために来店する。

「ごめん、今日も少ししか時間がないんだ」

そう言ってネクタイを少し緩める姿は、映画に出てくる金融エリートという感じがしない。

静かで疲れている、でも穏やかで目だけは妙に強かった。


面白かったのは、彼のように巨大案件を動かす人ほど、個人向け金融商品にはあまり興味を示さないことだった。


もちろん、お金に無関心なわけではない。

彼は「Interactive Brokersでドル建て資産をかなりの額運用しているからそれで十分」と言っていた。


ただ、為替コストを数bp下げるために、比較検討や交渉へ頭や時間を使うことを、明確に避けている感じだった。


彼らの仕事は、企業を買うことだ。

だが私は、少しでも条件が良くなるよう、凡人なりに提案していた。


ある日、珍しく彼から予約が入った。


「少し時間ある?」


席につくなり、彼は言った。

「日本を離れることになったんだ」


次はどちらですか?と聞くと、

「スイスだよ。毎回、世界で一番家賃が高い国へ異動になるんだ」

そう言って、彼は小さく笑った。


数週間後、最後のボーナス受け取り後に、彼は再び来店した。

かなり大きな金額だった。

当然、為替コストもそれなりの金額になる。


私は思わず、

「少しボスに掛け合ってみますね。スプレッド、もう少し調整できるかもしれないので」

と言った。


すると彼は少し不思議そうな顔をして、

「いや、いいよ」

と笑った。


そして、

「君はこの2年間、本当によくしてくれたから。君に払いたいんだ。君の成績になるんだろう?」

と続けた。

彼はそのまま、手数料の交渉を一切しなかった。

支払った手数料は、600万円近かった。

私は担当部署へ連絡を入れ、彼の海外口座への送金指示を丁重に扱うようお願いした。

その日、滞りなく7億円分の資金が送金されていった。

数日後、

何気なく見ていたBloombergに、彼の異動の記事が出ていた。

新しい赴任先、新しいポジション、また次のマーケットへ向かう彼の名前。

目の前の数百万円を削ることより、自分の時間と集中力を、もっと大きな意思決定へ使う。

無駄な事に時間と脳のリソースを割かない。

そして時々、

驚くほど気前よく払う。

あの日から、私の中で「お金持ち」の定義は少し変わった。


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