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犠牲-サクリファイス-【4】

(※以前やっていたブログからの転載記事となりますm(_ _)m)

 >>1989年6月6日(火)

 モラトリアムではなくアナーキーなぼくに、Y先生はアルバイトをしろと言った。

<この日、帰宅した洋二郎は駅の売店で買った就職情報誌を手に、パニックに陥っていた。大学のFクラブの集まりに出るだけで、対人関係でへとへとになるのに、レストランだの商店だのスーパーのアルバイトなんかできそうにない、というのだった。フロイトの精神分析の流れを汲むY先生は、洋二郎に対する週一回五十分の面接(精神療法)のなかで、洋二郎の心理や日常生活の問題点を歯に衣着せずに指摘していた。その流れのなかで、「アルバイトをしろ」という具体的な指導が出てきたのだった。

 私は「アルバイトができないならボランティアをしたらどうだ。アルバイトは賃金をもらうから束縛感や義務感が出て緊張するのかもしれない。ボランティアならそういう束縛感もなく主体的に出かけるのだから、対人緊張が軽くなるんじゃないか」と、助言した。洋二郎は素直に、「そうかもしれない」といった。

 私は一か月ほどあちこち福祉施設を探した末に、バス一本で行けるところにある重症心身障害児のT療育園のケースワーカーに、神経症治療中の息子がボランティアで働けるような仕事がないかどうかを電話で尋ねた。とにかく来てみてくださいといわれたので、洋二郎と二人で出かけた。園長先生が会ってくださり、「どうぞいらっしゃい。障害児の世話をする仕事を手伝ってもらいましょう」と、その場で受け入れてくださった。夏休みの時期だったので、実際に洋二郎が週四回午後四時間のボランティアに出かけはじめたのは、九月になってからだった。ボランティアであっても、やはり施設で働く職員に対する対人緊張は激しく、毎日出かける前に吐き、夕方にへとへとになって帰ってきたが、それでも放棄することなく、年末まで通いつづけた>

(『犠牲(サクリファイス)~わが息子、脳死の11日~』柳田邦男先生著/文春文庫より)


 本全体を通して、昔初めて読んだ時も、今読み返してみても「あ~、わかるわかる、その気持ち」みたいになります。

 今<引きこもり>と呼ばれる人の中で、洋二郎くんのような悩みを抱えていて「働きたいという意志はあるけれども実際問題現実には働けていない」という方は、とても多いのではないでしょうか。

 以前、とある思想家の方と作家さんが「引きこもりはいいことだ」とおっしゃっていたことがありました。たぶん、一見するとというか、ちょっと聴きにはこれ、耳に心地がいいかもしれません。この思想家Aさんのお話によると、「家にいて本を読んだりして思想を深めるのはいいことだし、そんなこと言ったらぼくだって立派な引きこもりだ」といったようなことだったと思いますし、作家B氏も「作家なんか全員引きこもりみたいなもんですよ。それでメシを食ってるんです。だから、引きこもりが悪いというわけじゃなく、経済活動をせず金を生みだしてないことを世間は責めるのであって、引きこもり自体が悪いわけじゃない」……みたいなことだったと思います。

 作家B氏の言葉を聞いていてわたしが思ったのは「確かにそうだな」ということだったかもしれません。もし仮にインターネットを通してお金を稼ぐといった仕事をしていて、その上で一日中家に引きこもり、ほとんど買い物以外では外へ出ない――とかだと、確かに世間はそれは責めないなと思います(^^;)

 わたしも仕事をやめるのは大体、「職場の対人関係がつらい」という理由によってでした。それは「気の合わない嫌な人がいる」といった理由ではなく(転職を繰り返すうちに、のちにはそういうこともありましたが)、心身症というか、洋二郎くんと同じように強迫観念がつらいというその一事によって自分で勝手に潰れていくというか、そうした形である瞬間思うんですよね。「あ、これもう三か月持たないな」とか「あ、もうこれ一か月持たないな」といったように。とりあえず一度「辞める」ということを上司などに伝えると、「これであと一か月がんばればよい」みたいになるので、それでなんとかギリギリ踏ん張れるという、何かそうしたことの繰り返しでした。

 今にして思ってみても、一番残念だったのは、最初に就職した会社だったかもしれません。地元でちょっと名の通った会社だったので、そこに正社員として勤めた時には誰からも「いいところに就職したねえ」みたいに言われ、対人関係的にも良い人ばかりで、仕事のほうは大変でしたけれども、それ以外では不満のほうはほとんどというか、あまりない職場だったと思います。

 でも、そこで持ったのが半年だったんですよね(^^;)その後、正社員だと荷が重いというのがあり、喫茶店でアルバイトとか、パートで事務員をしてみるとか、色々やってみましたけれども、「強迫観念が強い」ために自分で潰れていくという感じでまるで長続きしないという。

 そんなわけで、他の誰が悪いわけでもなく自分が悪いというのか、そういう部分で常に苦しむということになり……なので、この洋二郎くんの「ボランティアが続かなかった」という気持ちは、ものすごくよくわかります。

 わたしもその後、最終的に介護関係の仕事に就いたのですけれども、唯一この仕事が出来たのは、「少なくとも自分をそこまで犠牲にしても、相手を助けることが出来ている」という実感があったからだと思います。でも、それでも洋二郎くんと同じように「職員同士の対人関係」では緊張感が強かったですし、患者さんと1対1とかだと相手は病気の方なので、そうした意味で「よくしたい」といのうのでしょうか。そうした善意的な気持ちによって、緊張感とかそういうのもある程度はよくなるものの……職員同士の人間関係っていうのは病院・介護関係はちょっと難しいというのがあったかもしれません。

「おまえ、そんなこと言ってたらどこでも働けんやん!」ということですけど、だからこそ(死ぬことを考えるくらい)悩んでいる……っていうんですかね。わたしもその後、ボランティアとか、ボランティアの講習会とかにも行ったことがありますけれども、一番長く続いたのが三か月続いたとか、そうした形でした。

 そのですね、そのボランティア自体が嫌だとかじゃないんですよ(^^;)とにかく自分の中に強迫観念があって、それが体にも症状として出る……だから、心と体の両方で駄目になって続かないっていうことなんですよね。つまり、そのボランティアの「仕事」自体は続けたいとか、介護関係も「仕事」自体は続けたいけれども、心と体にかかる負荷がどんどん強くなっていって最後には「これが限界だな」っていう潰れる一歩手前くらいで辞めることを決意するわけです。

 それで、洋二郎くんとわたしの違いなんですけど……洋二郎くんが>>「眼の怪我で知った苦痛が怖かったから自殺しなかっただけだ」と自身の本に書いていたように、わたしと洋二郎くんの違いっていうのは、単に「死ぬことを実行してみた時に」、わたしの場合はやっぱり「薬」を大量に飲むというやり方だったので、死ぬ手法としては「軽度」だったっていうことなんですよね。だから生き残ったし、生き残ったあとは、「人間、そう簡単に死ねるものではないんだ」ということがわかり、そこから死ぬことは選択肢として一度排除され、その後キリスト教との出会いにより、そこからさらに死ぬということだけは絶対に出来ないようになった……という、そうしたことかもしれません。

 それではまた~!!


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