「言葉」の交流がなくても、最も人間らしく繋がっていける幸せ
介護の仕事を始めて3日目になった。
耳が遠く、「言葉」をしっかり聞きとれない方とのコミュニケーションは、ただ大きい声を出して耳元で話すのではなく、「身振り手振り」の方が分かりやすいかと思い、
私はジェスチャーしてみることにした。
今日は、「腰が痛いー、痛いー!」「こんなに痛いのならもう死んだほうがましだわー!」と繰り返しながら、泣いて大声で訴えて叫ばれるおばあちゃんがいたので、
軽い運動をして、血流を少しよくされた方が良いかと思い
「少し歩いて運動しましょうか」
と伝えるとき、
「少し」(両手を少し隙間を空けて向かい合わせて)
「歩きましょう」(立って両手をかなりオーバーに振って、ウォーキングを表現する)
という感じに、オーバーリアクションで笑顔で伝えてみた。
そしたら、私が何を言っているのかの「当てっこゲーム」のようになり、おばあちゃんは、さっと理解して、泣き止んで、ニコニコの笑顔になった。
そして、ゆっくりゆっくりと、歩き始めた。
「あれ?腰を全然気にせず、普通に歩けてる!」
と思うと、ちょっとかわいらしかった。
大声で叫ぶことで余計に腰に強く響き、痛みが酷くなっていたようで、
「泣きやむ」
ことが薬だったらしく、
「病は気から」をとても素直に体現されていた。
その後、ほとんど自力で動くことのできないおじいちゃんのお部屋に行ったら、「何かを取ってほしい」らしいのだけれど、言葉がよく聞きとれなくて困っていたら、
ふと、テレビの前の「イヤホン」が目にとまった。
私がイヤホンを手に取った瞬間、すかさずおじいちゃんは、私に向かって両手で拝むしぐさをして、
「ありがとう」
と、思いっきりの感謝を伝えてくれた。なので私も同じように
「ありがとう」の気持ちをいっぱい込めて、おじいちゃんにジェスチャーで伝えた。
するとおじいちゃんは、今度はこれ以上ないくらいの
「ビッグスマイル!」を
私にくれた。
その満面の笑顔は、家に帰った今もまだ目に焼き付いている。
ほんのちょっとのお手伝いをしただけなのに、ご老人の方々は、
みなさん今の自分の体が動く限りの
精いっぱいの
「感謝の気持ち」を
体現しようとしてくれる。
それを見て私は時々、泣きそうになるのを抑える。
自分が自由に動けることのありがたさに切なくなってしまう。
それにこんなに「自分がやったこと」に大きく感謝されたことは今までになかった。
おじいちゃんおばあちゃんたちをもっと笑顔にできることがあれば‥
それを探すのが、一番の仕事であり、おじいちゃんおばあちゃんたちに寂しい思いをさせないようにするのが今のわたしの使命。
ほぼ一日、食事と入浴以外は一人で部屋で過ごす寂しさが痛い程伝わってくる。
わたしは、心優しいおじいちゃんおばあちゃんたちから、予想もしなかったくらいすでに愛の波動をたくさんもらっている。
だから、どんなに色々な不満を言われても、しっかり同情しながら、最後は笑顔で励ます。
わたしは、おじいちゃんおばあちゃんたちからもらった
心からの「笑顔」と
思いっきりの「感謝」(のジェスチャー)で
人と人同士が、
優しく、暖かく、心深く
最も人間らしく繋がれることを
今になって学んだ
