連載 第15回 行ったつもりでWORLD息子よ、「クメールの至宝」は石でできた歴史そのものなんだ。
息子よ。
世界には「一度は見ておくべき場所」がある。
その中でも、俺が「人類の遺産」という言葉が最も似合うと思う場所が、カンボジアのアンコール遺跡群だ。
その中心にそびえるのが、クメール王朝最大の傑作、アンコール・ワットである。
12世紀前半、王朝の最盛期に建設されたこの巨大寺院は、世界最大級の宗教建築として今なお人々を魅了している。
アンコール・ワットは、もともとはヒンドゥー教の寺院として築かれた。
王の権威を示すだけではない。
宇宙の中心とされる須弥山(しゅみせん)を地上に表現した壮大な建築だった。
後に仏教寺院として受け継がれ、約900年もの間、信仰の場であり続けている。
これほど長い年月を生き抜いた建築は、世界でもそう多くはない。
この寺院の凄さは、規模だけではない。
一歩足を踏み入れると、回廊の壁一面に精巧なレリーフが続く。
神話。
戦い。
王たちの行進。
そして天女アプサラ。
石とは思えないほど繊細な彫刻は、一人ひとりの表情や衣装まで丁寧に刻まれている。
職人たちは機械など持たなかった。
のみと槌だけで、この壮大な芸術を完成させたのである。
しかし、クメールの至宝はアンコール・ワットだけではない。
アンコール・トムには「バイヨン」がある。

巨大な石の塔には、四方を見つめる穏やかな微笑みの顔が刻まれている。
「クメールの微笑み」と呼ばれるその表情は、見る角度によって優しくも、厳かにも見える。
何百年もの間、人々を静かに見守り続けてきたのだ。
さらに「タ・プローム」。

ここでは巨大なガジュマルの根が寺院を抱き込むように広がっている。
自然が遺跡を破壊しているようにも見える。
だが、同時に守っているようにも見える。
石と木。
文明と自然。
その不思議な共存は、世界中の写真家や映画監督を魅了してきた。
15世紀ごろ、クメール王朝は衰退し、人々は都を離れた。
やがて密林が遺跡を覆い、その存在は長い間、世界から忘れられていく。
19世紀になると、西洋の探検家たちによってその壮大さが広く紹介され、再び世界の注目を集めた。
現在では、アンコール遺跡群は世界遺産として保護され、多くの人々がその価値を未来へ伝えている。
息子よ。
人類は戦争も繰り返してきた。
文明も滅びてきた。
それでも、こうした建築は時代を超えて語りかけてくる。
「人はこんなにも壮大なものを造ることができた。」
その事実だけで、未来への希望になる。
石はしゃべらない。
だが、アンコール・ワットの回廊を歩けば、900年前の職人たちの息遣いが聞こえてくるような気がする。
それこそが、クメールの至宝なのである。
