サロン楽屋話090:大坂なおみ「カモン」が醸した、息苦しさの正体
大坂なおみ、カモン。
マナーもモラルも、守れない日があります。
抑えきれなかった揺らぎも、自己責任という名の覚悟。
完璧じゃないから、人は進める。
▶私たちは誰かを裁けるほど「ちゃんと」しているのか
大坂なおみの「カモン」が物議を醸しました。
とはいえみんな、エチケットに関して、人に言えるほど上等な人間なのでしょうか。
明石家さんまさんが人を怒らないのは、「そもそも自分は誰かを怒れるほどエラい人間か?」と自問するからだと言います。
そう自分を鑑みると、エチケットや、マナーや、モラルなど、人に言えたものではありません(私の場合)。
▶人が「べき」を強いるとき
ひねくれ者の立場から言わせてもらえば、エチケット、マナー、モラルに執着しすぎてしまうのは、そもそも自信が揺らいでいるときではないでしょうか。
エチケットを守ること、あるいは他人にも守る「べき」だと強いる姿勢が、きっちりするという行為を通して、自分の自信のなさを補う隠れ蓑になっている。
そうしてようやく、自分を保てる。
「自分はそれらを守れる人間だ」と思える自負によって得られる安心感が、心を落ち着かせてくれる効果もあるのでしょう。
とはいえそれは、「不安」の裏返しです。
過剰な挨拶やへりぐたりは、削られた自己肯定感の反映です(関連記事「過剰な挨拶、謝罪、へりくだり、笑顔のワケは?」)。
▶幸福なとき、人は寛容になる
逆に、そうした隠れ蓑に頼らなくても済む余裕があるとき――つまり自分が幸福なとき――には、エチケットやマナー、モラルに、それほどこだわらなくなるものてす。
周りの人が眉をひそめるなか、エリザベス女王は、フィンガーボウルを一緒に飲み干したのでしたね。
エチケットやマナーは、人を裁いたり縛ったりするためではなく、守るためにある。
そもそも、みんながみんな「デキるエチケッター」だったとしたら、どうでしょうか。
テニスで言えば、全員が全員、ロジャー・フェデラーのように振る舞えたなら。
それは確かに、エレガンスです。
でも一方で、ニック・キリオスや大坂なおみのような、感情や個性が前に出る選手もいてこそ、見る側は心を動かされるのではないでしょうか。
もし本当に、全員が同じエレガンスだけをまとっていたら、ツアーはどこか息苦しく、単調に感じられないでしょうか。
それはあたかも、こちらで述べた感情を持たないロボットたちが、ただゲームをしているような世界かもしれません。
▶大坂なおみの「魅力」とは?
ただし、ルールがあるという事実だけは、避けて通れません。
とはいえ、違反したからといって人として否定されるわけではありません。
テニスという競技においては、ルールを破れば、結果として自分が不利になる――テニスは自己責任です。
大坂なおみは、いいときは圧倒的に強く、上手くいかないときは、はっきりと上手くいかない。
「デキるプレーヤー」として、それがいいか悪いかは別として、その振れ幅こそ、彼女の「魅力」ではないでしょうか。
勝ったときには、いささか行き過ぎだと主観的には感じる場面があるものの、拒むココ・ガウフをオンコートインタビューに誘い出したり、チームメイトの望月慎太郎を呼び出したりして、喜びを全身で表現する姿には、嘘がありません。
そして負けたときには泣き、ときには会見をボイコットする(いやはや)。
そうした揺れを含めて、大坂なおみは、唯一無二の存在なのだと思います。
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