テニス上達メモ551.テニスから「多様性」が溶けていく──標準化の時代に、胸は高鳴るか?
速い芝、遅いクレー、ストロークもボレーも、異質が同じコートでぶつかる「化学反応」。それが今、世界標準という名の低速化で、失われつつある。画一化された時代に、胸は高鳴るか? 平準さより、多様な人間にこそドラマはないか?──そんな思いから、テニスの多様性と上達の本質を、改めて問い直す。
▶誰が「世界標準」を決めたのか?
だから問うた。
少し前の話題となりますが、パリでは遅いスローハードが物議を醸したと言います。
もちろん、「遅いのが悪い」などと、言いたいわけではありません。
お笑い芸人で芥川賞作家の又吉直樹さんは、象の鼻は「長いのがいいか悪いか」の二元論ではなくて、「あらゆる個性を認める強さ」と言ったのでしたね(関連記事「おまけ・『ぞうさん』が教えてくれる、個性のうた」)。
そう、個性。
言い換えればテニスの多様性を奪いかねない押しなべての低速化に拍車をかける風潮に、寂しさを感じる立場です。
▶2つの武器が共存する奇跡
テニスには、ストロークもボレーもあるから面白いと言いました。
当たり前のように聞こえるかもしれないけれど、例示したとおり、両方あるのは「案外珍しい」のです(関連記事「バドミントンや卓球になくて、テニスにあるものなーに?」)。
だからテニスは、老若男女が同じコート上で競い合える楽しみ方があるのでしたね。
これが生涯スポーツに、ひいては認知症予防にもつながる話は、これまでにもしてきました(関連記事「考えることで人は呆ける(認知症予防にテニスがいいワケ)」)。
▶「何でもあり」がドラマを生んだ
また、テニスはギアに関する定めが、(ドレスコードすら)厳格なのに、コートサーフェスには土も芝もコンクリートもカーペットも、何でもありだから面白いとも指摘を重ねました。
グランドスラムの4大会がすべてプレキシクッションだったら、歴史を彩ったドラマはなかったに違いありません。
それに準ずるプレースタイルも多様だったのです。
▶テニスを躍動させたのは「異質のぶつかり合い」
昔を知る多くの人が、トップスピンのビヨン・ボルグ、フラットのジミー・コナーズ、サーブ&ボレーのジョン・マッケンローの時代を、今より楽しかったと顧みるかもしれません。
それは、単なる懐古の情にひたるがゆえでしょうか?
いえ、そのダイナミズムは、異質なコート✕異質なプレースタイルの掛け合わせが引き起こした、「化学反応」だったのではないでしょうか。
昔のグラスは今よりも滑り、緩い土台で支えられたネットポストをコードボールが揺らす楽しみ方を、俳優で「2008ウィンブルドンテニス スペシャルナビゲーター」を務めた石黒賢さんは示されたのでしたね。
▶個性が溶けていくこれからの時代
くだんの記事に集まったヤフコメのなかには、「金太郎飴みたい」という意見などがありました。
いくつか引用してご紹介させていただきます。
ezr********
10/29(水) 13:30
みんな同じスピードのコートにしたせいで金太郎飴みたいのばかり出てきて個性がなくなった。ウインブルドンはサーブアンドボレーでないと勝てないくらい早くするとか、全仏はストロークでは決まらないくらい遅くするとか昔に戻さないと同じ選手ばかり勝ってしまう。
sun********
10/29(水) 13:40
あらゆるコートを低速化したせいで、フェデラーのような選手はいなくなり、みんなジョコ・スタイルというか、とにかく後ろでフラットで打ち合うパワー比べばかりになった
低速化によってラリーが長引き、ストローク数の増加でケガのリスクも高まっている
まだまだ若いアルカラスやシナーがすでに何度も怪我で離脱しているという現状はどう考えてもおかしい
そのうえ更にマスターズを増やすと言っているんだから、どうしようもないね
s***************
10/29(水) 13:31
近年は本当にコート低速化が進んでいますね。ストローク戦の長いラリーが求められているからなのか、運営側の意図はわかりませんが…。
個人的には高速ハードが1番好きで2000年代の全米やシンシナティ、あとドバイとかが見ていて楽しかったです。
▶標準化がテニスの「人間味」を奪う?
マルチナ・ヒンギスが指摘するとおり、テニスがどんどん画一化しています。
ロジャー・フェデラーが当初、チャレンジシステムの導入を危惧したように、人間味も薄れています(関連記事「フェデラーとホークアイの『人間味』を慈しむ仁義なき戦い?」)。
線審がホークアイに委ねられたのは、公平性が担保される観点からまだしも、サーフェスが画一化すれば、テニスのダイバーシティは失われるに違いない。
▶パターン化された世界に、胸は高鳴るか?
『クローズアップ現代』では、人型ロボットの「フィジカルAI」が特集されていました。
お茶をこぼした失敗(経験)から、もうこぼさなくなるスキルを自動で学ぶという。
その動きはさながら「生き物」。
桑子真帆アナウンサーはNHKの人だから、「あの小型ロボットも実現するか?」と問うたけれど、要するに「ドラえもん」然とした存在は、2030年ごろには登場するという。
人間味の多様性が失われたうえに、コートサーフェスまで画一化するならば、あらかじめプログラミングされたロボット同士によるパターン化されたゲームを見るのと大差なし。
それもまた、何だか寂しい……。
▶完璧より、間違える人間のほうが面白い
中国では実際に、「人型ロボットスポーツ大会」が開催されているといいます。
https://www.youtube.com/watch?v=PKsT7kXCDeI
プログラミングされたとおりに動くロボットによる祭典。
それが悪いとは言わない。
確かにロボットが躍動する世界は、斬新に映ります。
コミカルで新鮮。
だけど「大ピンチずかん」が面白いのは、人間が完璧ではなく間違いも犯す、からではないでしょうか(関連記事「『失敗』を遊び心で受け止める『大ピンチずかん』」)。
▶便利さの影で、いつの間にか主客が逆転する
ロボットに「心(メンタル)」は、あるか?
AIをコントロールしているつもりの人間が、そのうち、AIにコントロールされるかもしれませんねぇ。
言動の指針をチャットGPTに依存するとは、確かに便利だけど、そういうこと(支配)だと思います。
▶多様性こそ、テニスのルーツ
改めまして、テニスはプレースタイルもコートサーフェスも人種も、ダイバーシティのスポーツ。
比較的偏りなく、世界中で親しまれています。
そもそもイースタンやコンチネンタルなどグリップ名の発祥も、各国の「土地柄」に、由来していたのでしたね(関連記事「イースタングリップとウエスタングリップのどっちがいい? 」)。
標準化すると、平準化しかねません。
押しなべてグリップも「総ウエスタン」の傾向?
ただでさえサーブ&ボレーは絶滅危惧種!?
そのうちテニスから「ボレーというショット」すら、排斥されかねないと言ったら言い過ぎでしょうか?
▶標準はいらない。だが「基準」はある
「世界標準」を定めるのは、是か否か?
『テニス上達メモ』なのに、今回の話が上達と何の関係があるのでしょうか?
あえて結びつけるとテニスに「標準」はなくても、絶対的に揺るがない「基準」はあるのです。
確かにそれを用いてプレーしたら、テニスは簡単になりすぎるかもしれない。
ストロークの優位性が、一層際立ちますからね。
だからこそ、今度はそこから進み、ボレーにも磨きをかけるステージへと、プレーヤーは入ることができるのです。
また対戦相手も、ボレーで対抗しようとする切磋琢磨の時代が始まります。
▶さらに上のステージへ行くには?
あなたのレベルを上げたかったら、周りのレベルを上げるのです。
そうすれば取り巻く環境から、無意識的に、言語的・非言語的コミュニケーションを含め、あらゆる好(強)影響があなたに及びます(関連記事「しゃべらなくても『通じ合う』──やり取りの本質」)。
それが、名門アカデミーが、秘密練習などなくても、やってることは普通なのに、名門たるゆえんだったのでしたね(関連記事「名門アカデミーに『特別な練習』などない」)。
そうすれば「適応」が生じる進化論的に、あなた自身も、あなたの周りの人たちも、どんどん成長して「しまう」のです。
即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
(テニスゼロ)
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テニスゼロ代表
吉田無型(よしだ・むけい)
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero