テニス上達メモ151. テニスの上達は「不立文字」
▶言葉にならないテニス上達法
先日、最近親しくなった方と、自然散策に出かけました。
その方は「ヴィパッサナー」や「不食」などについて語り、私と興味の対象が近しい価値観をお持ちなのだけれど、会話の中に出てきたフレーズのひとつが「不立文字」。
つまり文字として成り立たない禅の教えですね。
私自身、「言葉にならないテニス上達法」を言葉で説明している矛盾を孕んでいるのですけれども、打ち方やフォーム、体の動かし方などについて文字や言葉で説明すると、どうしても左脳的に、思考的になり、トレードオフの相関である右脳的かつ感覚的なテニスから、遠ざかる気がしています(関連記事「テニスは『右脳』でプレーすると上手くいく!」)。
▶「できる理由」を分かりたい?
とはいえ私たちはどうしても、「できる理由」を分かりたいのでしょう。
そしてそのためには、文字や言葉が必要だと思い込んでいる。
文字や言葉を「拠り所」として、「こうすれば上手くいく」という安心感を得たいのだと思います。
逆に言えば、文字や言葉にせず、分からないでいると、不安。
もっと言えば「怖い」のです。
何も拠り所がない気持ちになります。
手ぶら、無防備でテニスコートに立っているような感覚に見舞われそうになるけれど、それが「強さ」なのだと思います。
▶人の名前が出てこなくても大丈夫!
実際に日常生活でも、昔に知り合った人の「顔」は覚えているのに、「名前(文字や言葉)」が出てこなくて、不安になった経験はないでしょうか?
記憶が失われたような気持ちになると、恐怖心すら覚えます。
でも、構わないのです。
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero
