サロン楽屋話005.テニスの上達も「足るを知ると富む」
▶何者かになろうとする「自己否定」
自分のスイングを、「信じ切ると振り切れる」と述べました。
ややもすれば信じ切れず、「ここがダメだ」「あそこがなってない」「できるようにならなければ」などと、自分ではない「何者」かになろうとしがちだけれど、それは向上心といえば聞こえはいいが、自己否定。
「今の自分のままではダメ」というイメージどおりの人間になるのです。
▶すでに「足りている」
大抵のボールには追いつけるし、ラケットにボールを当てることもできる。
すでに「足りている」のです。
(「条件つき」ではあるけれど)「自分はできる」という肯定感により、できるイメージどおりのプレーヤーになります。
「こんなんじゃダメだ」という自分に対する否定的な視線は、足るを知っていません(関連記事「『足るを知る』と教えられるのは、知らないから」。
「もっと、さらに」という欲まみれです。
▶フォーム指導は「ルッキズム」
常識的なテニス指導にならえばフォームを、模範的と言われる見た目に整えたい「ルッキズム」に、とらわれてしまいがちです。
いえ、個性的であったとしても、自分のフォームを恥じないこと。
むしろ酷評されても野茂英雄みたいに「トレードマーク」とでも、自負していればいいのです(関連記事「個性的なフォームは『トレードマーク』(野茂英雄の例)」)。
▶加藤諦三先生の喋り方
喋り方だってそう。
春風亭一之輔師匠がパスティーシュする加藤諦三先生は、個性的な喋り方を自己肯定されていらっしゃるから、人生相談の回答が魅力的で説得力がある(関連記事「小加藤諦三先生、『そうくるかー』」)。
「もっと流暢に話せたらなぁ」「さらに滑舌よくしないとダメだ」などと自己否定感に苛まれていたら、そもそも「テレフォン人生相談ができる自分」とも、思わないでしょう。
人はセルフイメージどおりの人になるのです(関連ポスト「人は、イメージしたとおりの人にしかなれないというのが、人としての限界」)。
▶これからの時代は『国語入試問題必勝法』
そういえば余談ですが、パスティーシュといえば私の中では清水義範さんで、昔はゲラゲラ笑いながら読み漁りました。
今もよく覚えているのは『国語入試問題必勝法』。
確か岸部一徳さんでドラマ化されたテレビ番組も見た覚えがあります。
家庭教師の月坂先生いわく「長短除外の法則」。
選択肢が4つあったら、一瞬で2択に絞れます(笑)。
もちろん正攻法ではないかもしれないけれど、実用性もありそうな雰囲気の世界に引き込まれます。
これからの生成AI時代は、ペーパー試験を正しく回答できるよりも、こういった「ユニークな回答法を思いつける」人が、活躍できるに違いありません。
回答は、AIに聞いたら教えてくれるのですからね。
▶テニスの価値は「人それぞれ」
閑話休題。
こちらでジェニファー・ベイトさんは、「テニスにはそれだけの価値がある」と言ったけれど、一体何の価値があるのだというのでしょうか?
それは「人それぞれ」だと思います。
私の場合は今回お伝えしている「足るを知る」ということわりを、テニスが教えてくれました。
▶こうして『テニス・ベースメソッド』は発見された
私も昔は「こんなんじゃダメだ」「もっと上手くプレーできるようにならないと」などと、散々自己否定していました。
てすからダメなイメージどおりの「イップス」にもなった(関連記事「経験できてよかった『イップス』」)。
ところが自分は「何者」かにならなくていいし、自分のテニスは「それでいい」という満ち足りているイメージに書き換わると、急速にボールコントロール力が開発されたし、『テニス・ベースメソッド』も発見しました(関連記事「バックアウトの原因は何なのか!?」)。
▶健康、お金、人間関係など普遍的に、富む!
その教えはたとえば、健康、お金、人間関係など普遍的に、足るを知ると富む。
人間関係については「富む」といっても私の場合、友人が増えたわけではありません。
もともと「一人好き」だから、コート上では孤独でいられるテニスを始めたようなもの。
心のつながりがない「頭数」を増やして見せたところで、それもルッキズム(見た目問題)の極みでしょう。
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero
