サロン楽屋話089:情報を求めるほど、才能は囲い込まれる
情報が多い都会より、情報の少ない地方から才能が生まれた理由。
テニスは「考えない人」が強い。
自然と無意識の話です。
▶同じ地球なのに、こんなにも違う
今季最長寒波の真っ只中ですね。
豪雪地帯に降る雪を窓から眺めていると、人工はちっぽけなんだと思います。
相対性の世界です。
自然と人工。
とても人力ではかなわない。
かたや、南半球で行なわれている全豪オープンのメルボルン会場は、「高温注意のアラートが発生し、携帯ダウン」するほどの暑さだといいます。
「選手はこの暑さの中、5セット戦っている。テニスだけではなく自然との勝負でもある」と松岡修造キャスターも伝えます。
▶考えている人ほど、苦しくなる
自然と人工。
それはあたかも、無意識と意識。
意識の力では、到底、無意識の力に抗えません。
それが テニスを無意識でプレーしている人と、意識でプレーしている人との差となって現れます。
人力が自然の力にかなわないように、意識は無意識の力にかなわない。
テニスを意識的にプレーしている人は、無意識でプレーしている人には到底かなわない(関連記事「『やめる』だけでも、ボールがよく見えるようになるので、上達する」)。
▶「情報量」という不思議
そういえば私がテニスの上達を研究し始めた約四半世紀前のころ、不思議に思うことがありました。
奇しくも、北海道や沖縄出身の選手が、日本の頂点を競って活躍していたのです。
東京や大阪といった都会のほうが、情報量が多いのになぜ?
たとえばスキーみたいに、地方のほうが子どものころから親しみやすかったというならまだしも、テニスは大都会の真ん中でも同じようにプレーできます。
なのに、なぜ?
▶地方勢が台頭したわけ
これも先述の話を踏まえると、整合性が取れるのです。
今は世界中に情報が行き渡るから画一化されているかもしれませんけれども、打ち方やフォーム情報が少ない地方勢が台頭。
ゆえに、無意識的にプレーできたのだと想像できます。
ボールだけに集中できた。
だから、トップに君臨した。
一方、打ち方 やフォーム情報が熱心に研究される大都会。
それらに意識が分散すると、ボールに集中できなくなり、そういった才能は日の目を見ません。
▶錦織圭と伊達公子の共通点
下の記事では、キャリア初期の錦織圭という才能を預かったと紹介される、島根県松江市グリーンテニススクールの細木秀樹コーチが回想します。
「運のひとつは、田舎で生まれ育ったこと。ほかの土地の事情は詳しくわからないので断定はできませんが、たぶん大都市だったら圭のような才能は、囲い込まれた可能性があると思うんですよ。」
また、伊達公子も
「うーん、どうしてだったんだろう……。情報がない時代だったのが良かったのかな」
と顧みます。
あるいは「こういう地域からプロを目指す子どもたちが増えてほしい」と、新潟県上越市で子ども向けのイベントで汗を流した島袋将。
情報の少ない田舎のポテンシャルは、高いと思います。
もちろん、だからといって都会にいると成長できないわけではないのです。
年齢を重ねた大人が、今さら無理なわけでもないのです。
大事なのは、情報の取捨選択。
特に「捨」です。
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero
