海外での散髪考 日本を待つべきか、思い切って行くべきか
今朝起きて気がついた。
パンデミア以来、私の髪はえらいことになっている。
東京の美容師さんから、来年帰ってくるまで下手に触らないようにしてくださいと言われたのは、昨年夏のこと。あの時、変なきのこは確かにおしゃれなきのこに生まれ変わったはずであった。
それがどうであろうか、鏡に映る今の私は。
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海外に住んでいる人は、どこで髪を切るのだろう。
そんなことを考え始めてから、もう10年ちょっとが過ぎた。
今も私の疑問は解決されていない。
私は髪が伸びるのがとてもはやい。パンデミアまではシンプルなロングヘアでよかった。こう書くと聞こえはいいが、散髪は日本でしか行っていなかったので、単に伸びたままであったというだけである。
ところで、この「散髪」という言葉は小学生のころから使っているが、世間では女性が髪を切るときに「散髪」とは言わないのだと、中学生ぐらいのときに友人から指摘されたのを覚えている。しかし、一度ついた癖はなかなかなおらない。だから、よい大人になった今でも、美容院とかヘアサロンに行くと言えずに、気が付けば「今日は散髪に行ってくる」と言ってしまっている。そのたびに「散髪って」と首をかしげられるが、まあ、人生、細かいことはあまり気にしない方がいいとも思っている。
話を戻す。いつも、散髪は日本で行くため、パンデミア中は伸ばしっぱなしだったと書いた。しかし、この約3年間、マスク着用が義務であった。マスク着用が日常になると、髪の扱いが大変になった。髪がマスクに絡まる。決して器用ではないため、まとめ髪とかいう洒落たことができない。よほどがんばっても、一つに後ろで結ぶぐらいである。しかし、ある時ついに我慢できなくなり、自分で切ってしまった。どこから始めるのか見当もつかないが、適当にじょきじょきと工作ばさみでやったら、15分後に鏡の前に現れたのは、変なきのこであった。
一瞬自分の目を疑うも、まあこれはこれでありかと思ったが、日本に帰ったときに皆あまり私の髪型には触れなかったので、どうやらこれはなしなのだいうことがわかった。去年のスペインでは割と好評だったのだが、あれはなんだったんだろうな。

東京では、美容院でお洒落なきのこにしてもらった。それが、12月になる頃にはかなり伸びてしまい、がまんできなくなった。美容師さんとの約束は守れそうになかった。
また自分で切ると失敗しそうなので、夫に切ってくれと何度かお願いした。しかし、彼は日ごろから徹底的なリスク管理を行っている。「今日は美容師さん(自分)が忙しいそうですよ」とか「来月まであの美容院(自分のこと)は開かないそうです」と、毎回よくわからない理由をつけてやんわりと断ってきた。
仕方がないので、自分で左右の髪を切った。横と後ろのバランスが、よくいえば、かぐや姫のような状態になってから、「後ろだけ頼もう!」とお願いした。私はこういうときに全く必要のない思い切りのよさを出してしまうため、その時も明らかにサイドを切りすぎていた。耳が全部出てしまった。夫はあまりの短さにどうしていいかわからなかったが、とりあえず後ろを左右と同じ長さに揃えることにしたようだった。なかなかいい具合になった。
ちょっと想定外だったのは、横と後ろを揃えたら、短くなりすぎて後ろを刈り上げなくてはいけなくなったことであった。まあこれも、あまり気にしないことにしよう。日本に帰る頃にはちょうどよい長さになっているだろうから、美容師さんにも気付かれまい。それが年末のことである。
この方式(自分で適当にサイドを切ってから、残りの処理を無理やり夫に頼むスタイル)での散髪を12月と3月頃の2度行った。できあがった新しいヘアスタイルは、角度や見ようによってはちびまる子ちゃんのようにも見えなくもないが、どちらかというと、最近動画で見かけたハライチの岩井さんだった。というわけで、年末から今年の3月頃までは、岩井さんでやらせてもらっていた。
今はそれが伸びて、左右の長さが違うボブというのかおかっぱというのか、不思議な形になっている。自分で言うのもなんだが、変である。だから、最近では外出時や日本とウェブ会議があるときなどは、ちょんまげのようにしている。横や後ろから見るとおかしいと思うが、前から見ると、新幹線のようなスピード感があって、何となく大丈夫な気がするからだ。いずれにしても、今度日本に帰ったとき、僕にこれをどうしろというのだという美容師さんの困った顔が今から目に浮かぶようである。

海外にいると、髪について次の二つの問題が出てくる。
・水が硬水である。髪を毎日洗うのか否か。
・現地で美容院に行くか。
硬水問題については、現在、アグアミセラで顔のオアシスを取り戻しているところである。先日からは、青いボトルに挑戦している。無事、乾燥との闘いに勝てた暁には、洗髪問題についても改めて向き合ってみようと思っている。
次に、美容院である。海外は海外でも、ニューヨークとかロンドンとか、スペインでもマドリードやバルセロナだと、話は違ってくるかもしれない。よって、ここは海外にある小さな町の場合としたい。
海外田舎での美容院選びに悩んでいるのは、私だけではない。夫もこちらにある散髪屋さんに何度か挑んだものの、その度に完敗して帰ってきた。以前も書いた気がするが、ある時は、「『ノッティングヒルの恋人』あたりのヒュー・グラントで」とお願いしたはずが、『セサミストリート』のビッグバードで帰ってきた。あれは、びっくりした。またある時は、『グリース』のジョン・トラボルタを彷彿とさせるセッティングで帰ってきた。どうやら、ハードジェルでオールバックにされたようだった。最近ではなかなか見られないスタイルだったので、写真におさめてある。そういうわけで、散髪に行った日は、一日夫の機嫌が悪い。
そんな様子を間近で見ているため、私も持てないでいる。こちらで美容院の暖簾をくぐる勇気を。
出来上がった髪型に対し、お願いしたイメージとは全然違うと思いますが、と夫が言うと、散髪屋さんは目の前のビッグバードに「俺がいいと思った髪型にするんだから、それで似合わないわけがない!ははは!」と、質問の答えにならないようなことを言ったそうだ。じゃあ最初から「こんな感じにしてください」と言う意味がないではないか、と夫などは思ったらしいが、ともかくヒュー・グラント対ビッグバード戦は、ビッグバードの勝利に終わった。以来、夫の髪は私が切ることになってしまった。何度やってもうまくならないが、工作ばさみから無印良品のはさみにグレードアップした。
このように書くと、まるでこの町の散髪屋さんの感覚がおかしいのかと思うかもしれないが、町を歩けばお洒落な髪型の人はたくさんいるし、皆かっこいいのだ。私たちの感覚がおかしいのか、そもそもの夫のオーダーがおかしいのかもしれない。

今朝改めて鏡を見ると、私の髪はかなり伸びたようで、岩井さんから今度はちびまる子ちゃん寄りになっていた。岩井さんが伸びると、前髪のないまるちゃんになるのだなという発見であった。今の悩みは、1)もう少し短くして、再び岩井さんでいくのか、2)前髪のないまるちゃんのまま伸ばすのか、3)こちらで美容院に行ってみるか、4)日本を待つか、の4つからどれを選ぶかである。どうでもいいことには臆病な私は、まだ結論が出せないでいる。いずれにしても、日本に帰ったら、おしゃれなきのこに戻してもらおうと思っている。
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昨日は、下の階のぺパのご主人ルイスに会った。
ルイスは、共用玄関の庭の手入れをしていた。
「きれいですね。いつもありがとうございます」
「いやいや、趣味でやってることだからね。ちょうど散髪中でね。ほら、こいつを君の頭みたいにしてやろうと思って!ははははは!」
君の頭みたいに、と言いながら、ルイスが首の後ろをシャッと触った。「まっすぐに短くカットする」という意味であった。庭の手入れ時のスタイルに、私の髪型を語彙として応用できることに驚いた。
ルイスは、アーモンドの木も育て始めた。来年には、たくさん実がなっているはずだから、俺らで山分けだからな!いひひ!と笑う。他のブロックに住んでいる住人にはあげないぞと子どものようなことを言っていた。その前に、アーモンドの実がなるのか、観察を続けたいと思う。
今日もみんな元気である。
そう思ったら、多少髪型が変だろうが、左右の長さが違っていようが、どうでもよく思えてくる。人間、中身で勝負である。と、中身がすかすかの人間(私)が言うのだから、今日のnoteも全く説得力はない。
