どうやら存在しはじめたらしいこと
あけましておめでとうございます。
2022年も皆さまステイ元気にどうぞよろしくお願いいたします。
年末年始、嬉しいことがあった。
例えばそれは、下の階に住むぺパだった。
昨日のお昼時、ピンポンとチャイムが鳴ったのでドアを開けたら、ぺパが両手いっぱいにレモンを持って立っていた。共用玄関にあるレモンの木からとれたものを皆に配っているそうだ。
例えばそれは、隣のパコだった。
年末にクリスマスのお菓子をほらよと持ってきてくれた。
そして、屋上にある洗濯物干しロープをめぐる攻防を繰り広げたセニョーラからは、年末の挨拶とともにアジアのフェイスローションが売っている店があるぞと携帯にメッセージが届いた。
実は、年末あたりから彼らアパートの住人たちが私を呼ぶのだ。
「唐草」と。
「あの日本人」、「あの子」、「お前」でもなく「あいつ」でもなく「お前の奥さん」とか「セニョーラ」とか「名前なんやっけ、あの日本の」じゃなくて、「唐草」と。
ひとつも間違えることなしに。
このアパートに住み始めて3年。
エルサレムではそう問題なかったが、スペインに来てからは地元の人に名前をなかなかちゃんと呼んでもらえないことが多かった。それどころか、お前の名前はややこしいからと、勝手に「アナ」とか「マリア」とスペインの名前で呼んでくる人もいた。または、忘れたので「セニョーラ」等でお茶を濁す人もいた。たまに会う人たちについてはまあ仕方ないと諦めていたが、毎日のように顔を合わせるアパートの住人でもこうなのかなとちょっと寂しい気持ちでいたのも事実だ。もちろん、一度会っただけなのに名前を憶えてくれる人もいるし、日本語の学生にいたっては、どんなに漢字が嫌いな人でも私の名前に使われている漢字だけは覚えてくれているというありがたいこともあることも付け加えておく。
確かに彼らからすると日本人の名前は異質であり、特に私のそれなどは彼らにとっては男性名のような音で終わるので、なんだそれは女の名前か?、そんなの覚えられないとなる気持ちもわかる。でも、もしかすると、それは覚えられないのではなくて、覚える必要がなかったのかもしれない。そんなにたびたび地元の人たちと深い話をすることもなかったから。そして、外国人がそれほどいない田舎では、歩いているだけで二度見、三度見されるぐらい珍しいため、「あの日本人」で済んでいたのかもしれない。
それがどういうわけか年末あたりから様子が変わってきた。何がどうしたのかわからないが、アパートの住人たちは私を「唐草」と呼びだしたのだ。携帯のメッセージにもきちんと「唐草」と書いてある。
夫と会った人は「唐草はどうしてる? あの子にこれ渡しといて」などと言ってくれるらしい。
これは、彼らにとって私が「あの日本人」から、名前を持った一人の人間として存在するようになったということだろうか。
苦節3年、その道のりは長かったが、もしかすると「唐草というよくわからないものがいる」ことが彼らの中で少し普通になりつつあるということなのかもしれない。
いずれにせよ、携帯に届く「唐草」入りのメッセージを見た私が笑顔で新年を迎えられたことはいうまでもない。

明日あたり、レモンケーキを焼こうと思う。
