労働学生生活2 博士課程 アンダルシア田舎のリズムで踊る
最近のアンダルシア田舎はいつもに増してパワーを増している気がする。
労働学生生活について書いていなかった。
一応進んでいると本人は思っている。
思い込みもときには大事。
先日、数日間にわたって行われるセミナーに行った。
専攻している人類学とは関係ない分野だったが、参加してもいいか問い合わせた。
アンダルシア田舎は人をずうずうしくする。

リトル忍者チキンも同行する。
セミナーの講師はアメリカの先生で、事前に読んでくる論文リストが配られ課題が出ていた。毎回ディベートをするとある。
初日、廊下でボカディージョを食べていると、男性が話しかけてきた。
もしかして、君日本人?今日は日本人も来ていてその子は〇〇町から電車で通ってきてるよって言われたんだけど、それって君?フラメンコ?
その男性は私の住む町の近くから来ているらしく、同じ電車で来たという。主催者から第三者への個人情報全開示に軽く驚きつつ、隣町のよしみで並んで座った。
先生はスペイン語話者ではないこともあり、セミナーは英語で行われた。
課題が与えられ、それについて皆で話すことになった。
ある論文の組み立てについて様々な角度から批評をするというものだったが、一人の学生さんはなぜか論文の内容について突っ込み始める。内容については触れずにという先生の前置きがあったがと思っていると、新たな学生さんが内容についてさらなる議論を始めた。内容自体は私の全く知らない分野なので、何の話をしているのか見当もつかない。ときどきスペイン語が入る人もいる。議論が始まったら最後、こういうときの皆さんは止まらないのを私は知っている。そして、目の前には明らかに混乱をみせる先生がいる。
ぎゃー!ちょっとときを止めます!今は何の時間、ええと、今はまずこの論文の組み立てについて話すことにいたしませんか?中身はその後で。じゃあ、私から参ります!
気が付いたら私はディベートを止めていた。
アンダルシア田舎は人を大胆にする。

リトル忍者チキンも楽しまれましたか。
誰も私が話すと思っていなかったのか、教室は静かになる。
ええ、そうなんです。私割とどさくさに紛れるんです。
その後、せっかく遠路はるばる電車に乗ってやってきたのだからと、スペインの先生には普段聞けないようなことをいろいろと尋ねた。
休憩時間、さっきはありがとうと、先生がお礼を言いにやってきた。私の研究テーマ関連で興味があるかもしれないと、おすすめの論文を教えてくれた。
廊下でプラタノを食べていると、隣町出身の隣の席のカルロスが話しかけてきた。さっき、先生に質問をしたかったができなかったという。
なんで?
恥ずかしかったからだよ。英語だし。
カルロスはうつむいている。
やってみるべきよ!
本当に?君は本当にそう思う?
そうよ!あれだったら、まだ休憩時間だから今言いなさいよ!私なんか全く関係ない分野のセミナーに来て、わけわからないことしゃべってるじゃない。
彼はそれもそうだと思ったらしい。
数秒後、せんせい、と言って話し始めた。
帰り道、カルロスが言った。
君が背中を押してくれたから質問できたよ、ありがとう。
普段あれだけ自信満々の、そして数時間前に何の戸惑いもなく、君日本人?と話しかけてきたスペイン人の恥ずかしいはややこしい。

二日目、セミナーを主催する男性が話しかけてきた。
私は今もつま先立ち左右屈伸を時折試みている。
君はどういう経緯でこのセミナーに参加できたの。
え?メールが届いたんですの。
どこから?誰から?
え?大学からですの。
え?君、もぐりじゃないの?大学ってどこの大学?
え?どこのってここの大学ですのよ!
ええ?何学部?
ええ?学部は人類学ですけど、メールはほんとに届いているんですのよ。
人類学?セミナーと何にも関係ないじゃないか!?
そうなんですの、関係ないんですけど、問い合わせたら来ていいよっていうのでお言葉に甘えましたんです。分野は違えども大いに学ぶところがありますから。そして、私の所属している学部は、これがどうして皆さんのいらっしゃるところに入っているようなんですの。
ああ!!!だからか!じゃあいいよ。
ありがとうございます。ところで、あなたはどちらさまでしょうか。あなたも学生ですか、それとも先生でいらっしゃいますか。
え?・・・僕は教授だよ。カテゴラティコ(カテドラから来ていると思われるが、日本語でどのように書くだろうか。最高位の教授といったところか)だよ。
あらまあ!そうですよね。いえ、どなたと私はお話ししているのだろうと思ったものですから。大変失礼いたしました。
アンダルシア田舎は人をわけわからなくさせる。

今週は少し控えている。
最終日。
電車に乗る。
今日は君がこっちなんだね。
座ろうとしたら、隣に立っていたおじさんが言う。
最初からひとつもわからない。
すみません、君はこっちって何ですか。
君は窓側なんだねってこと。
え?ああ、はい。私の予約した席は82番の窓側席です。
僕は通路側だよ!逆だね!
逆?私窓側、あなた通路側、はい、確かにあなたと反対と言われれば反対です。すみませんが、話がみえません。お席をかわりましょうか。
だからさ、二日前は君が通路側だったでしょ?
二日前?何のお話でしょうか。
覚えてない?二日前は君は82番の通路側で、僕が82番の窓側だったんだよ!
私は二日前に自分が何番の席に座ったのか覚えていない。
通路側と言われれば確かそうだ。
ああそうでしたか!こんなに何号車もあるのに、それは奇遇ですね。
そうなんだよ!
え、そして私は本日は窓側でよろしゅうございましたね。
もちろんだよ、座りたまえ!
はい、ありがとうございます。
なんやこれ!と叫びたい私がいた。
アンダルシア田舎はときにゼロ文脈のところから見知らぬ人とも会話が始まる。
そして、相手は自分が話していることを、こちらも理解していて当然と思っているところがある。

お互いがすれ違うとき、挨拶などは特になさっていないようで
これはお互いのことを認識しているのか否かしばし考えた。
電車を降り改札に向かう。
携帯をピピっとやる改札だ。
ピピっと鳴らない。
(ところでこの改札はですよ、直にそして秒でのタッチじゃなくて、地面から垂直の角度で機械から少し離れたところでかざすんです。効率性はゼロでして、角度がぴったりに合うまで音はひとつも鳴りません。だから、人間が一人通り抜けるのに早くて20秒、遅くて数分または永遠に通れず係員を呼ぶ、というシステムでやっております)
三回ぐらいかざしていると、後ろから声が聞こえた。
Por aquí!、Por aquí! (こっち、こっち!)
ふり返ると、あれは世にいうところのハンサムという言葉がおそらく当てはまるだろうと思われる男性が、私に話しかけている。私は世にいうハンサムをハンサムと認識していない次元で生きているらしいが、周りから、あれはハンサム、あれは本当にかっこいい、と聞くうちに、なんとなくわかるようになったので、それらの知識を当てはめると、彼は非常にハンサムだ、ということになると思われる。
こっちこっち!と教えてもらい、別の改札に向かう。
ああ、助かりましたよ、ありがとう!
ハンサムは、ウインクをして改札を颯爽と通り抜けていった。
私も続いて改札を華麗に抜けようとすると、
ラッキー!と言って知らない人が私と一緒に改札をすり抜けていった。
改札を二人の人間が同時に通るとかなり窮屈になる。かっこいい通り抜けにはならなかった。
改札を出た私は、大学の別の建物に行った。
その日の朝、学部長室に来いと連絡があったためだ。
学部長室なんか行ったことがない。
ロシオに聞くと、それはややこしいやつだから、大学に電話するべしと言う。
それも十分ややこしいじゃないかと思いながらも、電話をかけてみる。
あのう、私の属している学部の学部長室というのはどちらの建物になりますか。
メインのやつや。
何階ですか。三階ぐらいですか。
君は自分の学部に行くのに三階て何を言うてるのや。三階てどこへ行くんや。念のため、着いたら事務室で聞いてから行くといいわ。
電話をしたおかげで、そして事務室のお姉さんの案内のおかげで、学部長室の前に時間前到着ができた。
私の背丈の三倍ぐらいある高さのそして重厚な扉の前で、これはノックをしたものか、しかし、ドアが分厚すぎてノックをしても中の人に聞こえないんじゃないかしらと思う。
とりあえず、強めにノックをする。
入りたまえ!
ドアを開けると、開放感のある部屋の中に一人の男性がいた。
唐草か。君にこれを。
そう言って、その人が机の上にバン!と置いたのは一枚の賞状だった。
去年もらった賞を学部からもお祝いするというものらしかった。今回、式に参加できなかった(セミナーに参加している間に終わっていたらしい)ため、お前式に来なかったやろメールが来たのだった。
あらまあ!
卒業式などでやった、あの「ははあ!」みたいな賞状の手渡し儀式はなしらしい。机に置かれたそれを手に取る。
それからこれもと、その男性は、学部の建物のデザインが入ったエコバッグを私に手渡した。中には、万年筆やらノートやらペンやらいろいろ入っている。
ありがたく頂戴し、学部長室を後にする。
私が今会ったのは誰だったのかしらなあ、と思いながら。

左の茶色のくしゃくしゃの袋を見て、
アンダルシアともなると、お祝いにゴミも入れるのかと思い、
捨てようと取り出したら右のものが入っていた。
これは何をするものかわからない。
もしどなたかご存じでしたら教えてくださいませ。
最終日、セミナーの参加者は減っていた。
毎回4時間かけて行われるので、仕事や授業などで来られない人もいるのだろう。
休憩時間、君はもぐりかと聞いた先生が話しかけてきた。
今後どうしていくの君はと、私自身がわかっていないことを聞いてくる。
遠い町から来てるんだってね、そうだ、彼もだよと後ろを指さした。
ふり返ると、風をきって後ろから歩いてきたのは、さっきのハンサムじゃないか。
あら!あなた、もしかしてさっき改札でご一緒した方ではありませんか?
そうだよ、セミナーでずっと一緒だったのにまるで覚えてないのか。そして、今日は壊れた改札に向かって携帯かざしてるから、こりゃだめだと思ってさ。ところで、僕も君と同じ町の出身なんだよ。
まあ、そうでしたか。
我々は電話番号を交換し、ではまた改札で!と冗談を言った。
その後のやりとりによると、ハンサムは助教授みたいな人らしかった。
私は誰が誰かわからないまま話しかけるため、カテドラティコの先生やハンサム以外にも失礼なことをやっているのだろうと思う。まあここでハンサム、と分類して書くことも失礼なのだが。
アンダルシア田舎は、社会と呼ばれるものの中で組織内に存在すると言われる階級構造のようなものを私の前から消してしまう。または単に私が気がついていないだけとも言える。

皆さんどのアングルからも素敵。
家に着くと夜十時半。
修士課程のとき、電車で大学に毎日通っていたことを思い出す。
いつもこのぐらいの時間、下手をするともっと遅く帰宅したこともあった。
よくやったものだ。今やれと言われたら断るかもしれない。
こう書いてくると、さぞかしお前はアンダルシア田舎に順応しているのだなと思われるかもしれない。
確かにこれだけ読むと、いかにも軽やかに踊っているように見えてしまわないとも限らない。
しかし、それは違う。
昨日は、よし今日こそ市場へ!とはりきって出かけたはいいが、
市場もスーパーも閉まっていた。
市場の前で立ち尽くす私に、通りがかったカップルが言う。
君、今日は休みやで!
なんでですの?
El día de los trabajadores(メーデー)や!
オンラインで注文したきれいきれいになる商品をロッカー受け取りにしていた。
そのロッカーはスーパーの中にある。
スーパーは閉まっていてもロッカーは開いているかも!と思い歩いていくと、果たして、ロッカーにつながるドアも閉まっていた。
先週のお腹ぴーぴーと外出続きで
冷蔵庫と野菜コーナーはすっからかんだ。
市場にもスーパーにも荷物受け取りにも行けず
一時間ほど町をぶらぶらした外出になった。
自分がおかしくて笑いながら帰る。
とりあえず玄米と玉ねぎとポテトチップスはあるはずだ。
その地その地に特有のリズムがあるようで、
それに乗って踊るも踊らないもよし。
長縄跳びの中に入るもよしそれを外から眺めるもよし。
アンダルシア田舎のリズムは自然発生的でいて矛盾に満ちていて、テンポも自由自在に変わるが、それに乗って踊らされているのも嫌いではない。ときにそのリズムを心から楽しみ、あるときはそのめちゃくちゃに叫び声をあげ、またあるときは私が自らリズムを作っていることもあるのかもしれない。
なんてことを思いながら
市場での買い物と荷物受け取りを済ませた今日は
紅茶を楽しむことにしよう。
生焼けかもしれないプラタノライ麦豆乳ケーキとともに。
にゃー!
