ルイスのレモン。そして、7年目にもう一度。日本人でやってます
昨日の午後、ピンポンと玄関のベルがなった。
外門のベルではなく、共用玄関のベルでもなく、いきなりアパートの部屋のベルだ。
シエスタ後のこんな時間に誰がきたのだろう。
まだ仕事休み中の私は考える。
ドアまで見に行こうか。やめようか。
数秒考えてやめた。
何かの勧誘かもしれない。
お隣さんたちも、いきなり玄関に誰かが来ても出るなよと言っていた。
そんなわけで、出なかった。
◆
仕事から帰ってきた夫が言う。
「レモンがいっぱいぶら下がってますよ!!」
レモン?
数秒考えて、わかった。
下の階のルイスだ!
彼は共用玄関の庭でレモンやアーモンドの木を育てている。
毎年、レモンがなるとみんなに分けてくれる。
ああ、じゃあルイスだったのか。ピンポンと鳴らしたのは。
ビニール袋にぱんぱんに詰められたレモンを見る。
ルイスのレモンは、お店で買うのよりも何倍もおいしい。
これは元気になること間違いなしだ!
◆
今朝、散歩に出かけた。
共用玄関で、たまたまルイスと会った。
「おいおい、ウイルスには勝ったか?」
少し距離をとりながら話しかけてきたルイスに、心配をかけたことを詫び、
もう大丈夫だと言う。
なんだ、じゃあいいのか!
いつもの距離感に戻ったルイスは、自分は4回目のワクチンを打ったところで、奥さんも自分も腕が痛くてさと話を始めた。
忘れないうちにレモンのお礼が言いたかったのだが、まずはルイスの話を聞く。
1回目のワクチンの話から始まり、これまでの夫婦の接種歴や副反応がどうとか、風邪がどうとか言っている。
ルイスが息継ぎをする瞬間を見て、すかさずレモンに話題を変えた。
「毎年楽しみにしているんです。今年ももらえてとても嬉しい!」
「当たり前よ!俺のレモンはな、そんじょそこらのレモンとちゃうぞ。おいしいに決まってる。でもな、わからんかったんや、中国でもレモン食べるのかどうか」
中国?
なぜ急に中国の話が出てきたんだろうと思う私に構わず、ルイスは続ける。
「だからさ、中国人もレモン食べるかなってうちの奥さんに聞いて、もし嫌いだったらどうしようと思ってよ。だから、あんまりたくさん持って行ったらだめかなとか、考えてよ」
「はい、中国人もレモン食べると思います」
「いや、だからよ、君よ。君の中国がよ」
「え、私?私の国は日本なんです」
「え! そ、そうよ!日本て言葉が言いたかったんやわしは!日本や日本!」
慌てて、ルイスが勘違いを謝る。
いえいえ、よく間違えられますからと言い、中国も日本もレモン好きですとつけくわえておいた。多分好きだよね、みんなレモン、と思いながら。
その後は、君はワイン飲むかと全然違う方向に話が行き、ルイスの早口とスペインジョーク満載の話にまだなかなかついていけない病み上がりの私に気付いたルイスは、おっと君、そろそろ帰らせたるわ!と、帰してくれた。
レモンはね きっと万国共通 皆好きさ
何の根拠もなしに、そう思いながら階段を上がる。
◆
ぜいぜいすることが少し減った気がする。
この調子だ。
昨日、電話をかけてくれた日本の先輩は、「なんやそのハスキーな声は」と言っていた。
私はこのハスキーな声で明日の口頭試験に向かう所存だ。
セクシーすぎるだろうかと心配したけど、多分そういう類のハスキーではないらしい。
まあ声が出ればよいことにしよう。
さあ、出た所勝負の始まり。
◆
出た所勝負といえば。
ついさっき、車にハンマーを載せていた友人から電話がかかってきた。
まだ声が本調子でなく、アンダルシア弁100%の話ができないため
テキストメッセージにしてもらえるかと頼む。
自宅療養を内緒にしていたことをひとしきり怒られた後、
娘さんの話になった。
「娘がアメリカに行くのよ。アメリカ人の彼氏に会いに。3カ月。でね、入国時にESTAという書類に記入しなきゃいけないらしくてさ。で、これどういう意味」
そういって、送られてきた用紙には、わからないところに線が引いてあった。
Do you have a current or previous employer?
「これ、娘がボスで、誰かを雇ってたかってことよね?娘がそう言ってた。だからNOって書いたらしいわ。これでいいわよね。Empleador(employer)って何かしらね」
ええ?
逆だ、逆。
説明すると、あーら確かに逆じゃないのよと彼女が言う。
まあ大したことないわ。それで入れないってことでもないだろうし。
ちなみに、娘さんはいつ出発するのかと聞いた。
「今夜よ。だからあなたに電話したんじゃないの。3カ月
行くのよ」
今夜?と驚いている私に、彼女は続けて音声メッセージを送ってくる。
ねえ、唐草、アメリカってどんな国?
娘大丈夫かしら。
娘さんと彼氏が一体何語で話しているのだろうとか、書類の記入不明箇所は今日まで彼に聞かなかったんだろうかとかいったことが頭をよぎったものの、そんなのは聞くだけ野暮だ。そんなことよりも、今夜出発で、入国審査時に提出する書類の記入間違いに気づいたが(お母さんが。娘さんは今、美容院に行っている)、まあ何とかなるさとそのまま空港に行くことへの感動というかその大胆さにある種の尊敬の念を抱いた。
これもある意味めちゃくちゃ出た所勝負じゃないか。
そうだ、スペイン人は恐れないのだ。
まあ3カ月の間に仕事も探すんだけどね、娘は、という彼女に、娘さんの旅が楽しいものになるよう、そして入国審査が無事済みますようにとメッセージを送った。
ところで、あなたの写真を送ってくれる?
最近会えてないから、太陽(つまりあなた)が足りなくて。
最後にそうお願いしたら、しょうがないわね、と投げキッス(この表現は令和ではアウトなんだろうか)のポーズをした彼女の写真が送られてきた。
よし、これでエネルギーと出た所勝負の(逆切れ)パワーはチャージできた。
今日はルイスのレモンをたっぷり絞ったサラダを食べて、英気を養おう。
紅茶にレモンを浮かべてもいいかな。
いでよ、アンダルシア田舎パワー。

