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アンキパンはカンニングなのか?

ドラえもんの道具で一番気になるものはなんですか?
欲しいというより、あくまで気になると言う視点での話です。「欲しい」が「気になる」になっても、多くの人は、どこでもドアやタイムマシン、タケコプターを上げるのではないかと思います。
もし、ここで「バイバイン」が出てくると、急に親近感が湧いたりもしますね。

でも、私が昔から気になっていた道具、それは「アンキパン」です。これも、そこそこ有名ですので、今更説明する必要もない道具ですが、たしか、アンキパンがお腹の中にある間は、書いた内容が記憶されるんじゃないかと思います。

ここで、何故、アンキパンが気になるのかというと、仮にアンキパンが今の世の中にあったとして、これをテスト対策で使うことはカンニングになるのかという疑問から発展して、記憶とは何か、努力とは何か、そして「カンニング」の境界線はどこに引かれているのか、ということに思いを馳せていたからです。(と言っても思いだけですが)

少なくとも、この記憶される時間に制限があることからも、カンニングのドーピング検査のようなものがあったとしたらこれはアウトである気がします。

でも、もしアンキパンを食べたら完全に記憶されるとしたら、それはカンニングなのでしょうか?これは難しい問題です。

アンキパンが本当に壊しているもの

多くの人は「ズルかどうか」や「努力したかどうか」といった部分から考えます。もちろん、限られた時間の中で、効率的に学習をして成果を出している人がいると言う事実もあります。
しかし、実はそこではなく、アンキパンが一撃で壊してしまうのは、「学習量と能力は、だいたい比例する」という私たちの前提です。

この前提があるからこそ、ある意味、テストという仕組みが成立しています。1日数時間継続した勉強をし、テスト前にはさらに復習の時間をつくる。私たちは、無意識のうちにこうした感覚を共有してきました。

しかしアンキパンの登場によって、この前提が簡単にひっくり返ってしまいます。5分で覚えた人と5時間かけて覚えた人が、同じ答案を書く世界が生まれるからです。

アンキパンが問いかけるのは、「それはズルなのか?」という事ではなくて、「時間をかけたことに、どれほどの価値があるのか?」という、私たちの直感と反する問いなのだと思います。

そして、今、私たちの手元にあるものが、この直感を静かに壊し始めています。

それはもちろんAIという名のアンキパンです。この存在を前提にすると、テストという仕組みそのものも、見え方が変わってきます。

これまでのテストは、知識量や理解度を測りながら、実際にはどれだけ努力をしたのかを測る指標としても使うことができました。
学習量と能力が比例する、という前提があったからこそ、それでも大きな問題にはならなかったのです。

しかしアンキパンが当たり前になった世界では、その前提が崩れます。
覚えているかどうか、書けるかどうかといった部分は、もはやテストの中心には置けなくなります。

その結果、知識そのもの、正解そのものではなく、それらをどう運用して判断ができるかに変わってくるのです。言い換えるなら、テストは「考え方をさらす場」へと変わっていくということになるのです。

それは、テストが易しくなるという話ではなく、むしろ、これまで曖昧だった能力の輪郭が、より露骨に、より厳しく浮かび上がるということです。

アンキパンは、テストを壊しているように見えて、実はその正体をはっきりさせてしまっただけなのかもしれません。

もし、特に努力をしているようには見えないのに、いつも結果を出している人がいるとすれば、その人は、すでにアンキパンを食べた人なのかもしれません。

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※本記事はAmazonアソシエイトを利用しています。


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