変わりゆく 生活は正しい
私は、行きたい大学があって、また高校留学もしたくて自分自身で中学受験を選んだ。
そして、高校2年生のときアメリカに留学し、卒業後行きたかった大学に無事入学することになった。
けれど、大学進学時、私は自分が将来子どもを持ち、その子が女の子だったとして、自分の母校に行ってほしいかと聞かれたら
「行かせたいとは思わない」
と、答えただろう。
女の子が苦手だった。私は学校も、女の子も苦手だった。
それが、大学、大学院と勉強を進め、社会人になるころには、
多分ー
自分の子が女の子で、「英語が学びたい」というなら、母校を勧めるかもしれないと思った。
それほど、アメリカの大学院での勉強で、母校で身につけた英語力に助けられていた。
その後、仕事をしながら、今は
女の子であれば、一度、母校を選択肢に入れて、考えてみてほしいと思うことが多い。
「女の子であれば」としきりに言うのは、私の母校は女子校なので、男子の選択肢にはならないからでもあるのだけれど
今や、三重県では唯一の別学の学校である私の母校はー
「女子校」だからと敬遠する人も多いのだけれど
私は、今、女子校だから良いのだと思っている。
確かに女子同士の付き合いは面倒くさい。
そして、ときに怖いー
でもーーー私自身は、女子校で、男子を視野に競う必要がなかったことが
自分の進路への迷いが少なく、希望の大学に難なく入り、今があるのではないかと考えることが多い。
私は、女性として、成功したいと思ったことや
男の人たちと競ったことが今までにもなく、これからもないと思う。
それが、私の人生を楽に、楽しくしてきたと思う。
その高校を出て、短大に行き、地元の信用金庫に腰かけで勤める
または、女子大に行き、結婚相手の海外赴任についていく
というのが、その学校の優等生だと、少なくとも私はそう思っていた。
私はそれを絶対選べない!とは思っていたけれど、その選択のできる友人たちが、素敵だと思うこともあった。
女子校という社会は、私にとって女性であることの前に一個人としてできることを実感できる環境だったのだと思う。
私は、松阪より田舎の町で最初に社会人として働き始めた。
そのとき、事務所の仕事を全体的に任されていたのは私だったけれど、事務所への訪問客は、口をそろえて
「誰か、男の人おるかな」と言った。
何か聞かれて答えても、「一回、本部の〇〇さん(男性)に聞いてくれ」と言われて、〇〇さんに聞いて同じ答えが返ってきても
「そういうことらしいわ」
なんて、報告される職場だった。
最初は、面倒くさいなぁと思っていたものの
徐々に、
・・・私は、知っとったけどな
・・・だから、そう言ったやんけ! 笑
なんて、心の中で突っ込んだり、「誰か男の人おるかな」には、事務所のボランティアであて名書きをしてくれていた彼らのいうところの「誰か」ではないおじいさんを玄関まで連れてきて、対応してみたりした。笑
その話を、友人などにすると眉間にしわを寄せて不快がられたけれど
私は、田舎の一見家父長制に見える家庭の「かかあ天下」を心地よいと感じ、それが社会の平和の礎でもあると信じていたし
今も社会や誰かの役に立つことができるなら
与えられた環境で、女性としてではなく、私個人としてできる努力を続けたいと思えているのは、母校で学べたおかげであると思うことが増えている。
だから 僕は僕らしく そして君は君らしくって
始めから 探すようなものではないと思うんだ
僕は君じゃないし 君も僕じゃないから
すれ違う 手を繋ぐ そこには愛だって生まれる
そういうもんさ 自分らしさってなんだろう
変えられない 大切があるから
変わりゆく 生活は正しい
変わらない 大切があるから
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