自由貿易を基調とする国際経済秩序は終焉へ?
トランプ米大統領による関税政策等が国際経済秩序を揺るがしているが、一時的な現象ではなく、自由貿易を基調とする現行秩序終焉のファンファーレかもしれない。当面はブロック経済化が進展する兆しも見える。第三次世界大戦の危険をはらみつつ、ランドパワー連合とシーパワー連合が対峙する時代が始まる瀬戸際なのではないだろうか。
戦後の国際秩序は自由貿易が基調
トランプ米大統領第2期就任以降、目に見えて国際経済秩序の大枠が揺らぎだしている。
第二次世界大戦終了後の国際社会は、米ソ冷戦の終結をはじめとして、何度かの大きな変化を乗り越えてきた。第二次世界大戦の反省を踏まえ、戦後世界は自由貿易を基調に据えた。曲がりなりにも第三次世界大戦に突入せずに80年を経た要因として、例外を設けつつも自由貿易の維持に努めてきたことが基本にあると考えられる。
なお、本稿では戦争抑止よりも国際秩序維持の観点に重点を置いて記述するので、相互確証破壊による核抑止力の影響については触れない。
世界経済のブロック化による各国の保護主義的貿易政策が、第二次世界大戦の一因となったと考えられており、戦後間もない1947年にGATT(General Agreement on Tariffs and Trade:関税及び貿易に関する一般協定)が作成され(図1)、GATT体制が1948年に発足した。GATTは国際機関ではなく暫定的な組織として運営されてきたが、体制の拡大につれて国際機関を設立する必要性が強くなり、1995年にWTO(World Trade Organization:世界貿易機関)が設立された。
GATT、WTO体制はかつての西側諸国、自由主義諸国を中心に発展してきており、西側諸国の価値観が根底に据えられている。しかし、2001年の中華人民共和国(以下、共産中国)の加盟、さらに2012年のロシアの加盟は、WTOを大きく変質させてしまったと考えられる。
WTOでは途上国には優遇制度が設けられている。「発展段階の異なる国々に対して一律にルールを適用することは実際には困難な現実をふまえた制度」である(外務省ウエブサイト「連載企画:なぜ,今,WTO改革なのか」「第6回:そんなに多くの国が『途上国』!? WTOと途上国の地位」より)。しかし、2010年にはGDP世界第二位となったと自称或いは認識されている共産中国が、未だに途上国扱いなのは異常である。
また、GATT、WTO体制は無差別原則(最恵国待遇、内国民待遇)等の基本的ルールによる自由貿易と「法の支配」を前提としているが(図1)、共産中国、ロシアは「法の支配」など眼中にない。自国内で勝手に制定した自国に都合の良い法制度(もどき?)を、他国に押し付けようとする専制国家である。
図1:GATTからWTOへ

自由貿易の終焉?ブロック経済化の幕開け?
トランプ米大統領のいわゆる「アメリカ・ファースト」というスローガンは、当初は奇異な目で見られていた感もあるが、米国の歴史を振り返ると伝統に根差した発想とも考えられる。1823年のモンロー宣言が典型的であるが、米国にはグローバリズムを志向する傾向と孤立主義を志向する傾向が同時に存在する。時々の国際情勢と米国の相対的国力により、どちらが優勢になるかは変わってくる。
現在は、米国にとってはグローバリズムのメリットよりもデメリットが大きいと、少なくともトランプ米大統領及びその支持者たちは考えているのであろう。実際、前節で書いたWTO等での共産中国の横暴はダブルスタンダードどころかジャイアニズムの極致である。
なお、ジャイアニズムは、マンガ『ドラえもん』の登場人物であるジャイアンの自己中心的な態度や考え方による横暴や理不尽などを指す。『お前の物は俺の物、俺の物も俺の物』というセリフが典型的である。便利な言葉なので、そろそろ一般用語に格上げしても良いと思うが…。
閑話休題。トランプ米大統領そのものがジャイアニズムに見えるが(容貌も似ているかもしれない)、それ以上に2010年頃から共産中国の世界経済、国際社会における横暴、傲岸不遜は目に余る。ただし、共産中国が目立っているが、それ以外の専制国家的傾向を持つ国も「法の支配」や自由貿易の原則からすると疑念を持たざるを得ない行動が多い。
一方、欧州については、環境問題などに象徴されるような様々な規制や基準などにより、表面上は自由貿易を追及しているように見えるものの、欧州が有利な枠組み作成により無差別原則を歪めているようにも見える。また、欧州が定めた規制などの下でも競合相手が優位性を発揮するようになると、規制などそのものを大きく変更してしまうことも日常茶飯事である。
足下では関税政策などで国際社会を騒然とさせているトランプ米大統領の言動が目立っているが、2010年頃から自由貿易体制の綻びが目立ってきている。「経済安全保障、サプライチェーン再編について歴史から探る」(2023年5月2日)では「日米中韓の中間製品輸出入動向からも分かるように、現代の世界レベルに広がったサプライチェーンの再編では、ある地域の完全な断絶などは現実的ではないように思われる」と書いたが、「米中激突の行方-概説-」(2024年2月8日)で「『デリスキング』ではなく『デカップリング』に歩みを進めているように見える」と書いたように、これまでのような自由貿易体制は終焉しつつあるのかもしれない(ただし、自由貿易体制が完全に廃れるわけではない)。新たなるブロック経済化が進展する幕開けを迎えつつあるのだろうか。
なお、我が国も含めた現存国家の大半では、グローバリズムと孤立主義の両方の志向が同時存在するものであるが、米国が特殊なのは、資源も市場も自国で完結させることも可能であるということであろう。余談だが、産業革命以前の技術、経済社会を前提とするのであれば、日本は鎖国という形で孤立主義を実現させていたと言える。
相容れないランドパワーとシーパワー
自由貿易体制の終焉とまではいかなくても、当面はこれまでのような自由貿易礼賛一辺倒の時代は鳴りを潜めると推測される。自由貿易体制が世界の富を増大させたことは間違いないと考えるが、同時に自国民同士、国家間などあらゆるレベルでの格差拡大、不均衡拡大をもたらしている。
また、中露をはじめとする現状の国際秩序を再構築したい勢力は、自由貿易という旗の下にその形骸化を図り、自国に有利な国際経済体制構築を目指している。共産中国が唱える「一帯一路」が象徴的なスローガンであり、それに対抗するビジョンが我が日本発の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」である(「地球を巡る二つのアジア発世界ビジョン」(2023年6月14日)も参照)。前者はランドパワー、後者はシーパワーのビジョンと言い換えても良い。なお、ランドパワー、シーパワーなどの地政学の用語については、「防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」(2023年1月23日)の「地政学の用語解説」を参照願いたい。
ランドパワーは圏域内で自己完結できることが多く、イデオロギーに没頭しやすく、権威主義・権力主義となる傾向が強い。商売よりも武力重視でもある。一方、シーパワーは交易を基本とすることが多く、交易のルールを重視し、自由主義・対等主義を尊ぶ。武力を軽視はしないが、商売が円滑であれば問題視しない。つまり、ランドパワーとシーパワーは相容れにくい。
今後、世界経済が自由貿易推進から一定程度のブロック経済化の方向に舵を切るとしたら、戦前のような範囲でのブロック経済では十分な規模とは見なされないであろう。大雑把には、ランドパワー連合とシーパワー連合という形で再編が進むのではないだろうか。
ランドパワー連合はハートランドを拡大したような地理的範囲となり、共産中国を軸に、ロシア、イランなどが核となると予想される。シーパワー連合は、日本、西欧、豪州を軸にASEAN等の広義のアジア地中海沿岸諸国、地中海沿岸諸国、インド洋沿岸諸国などが加わることとなろう。南北アメリカ諸国と地中海沿岸及びインド洋沿岸を除くアフリカ諸国は、シーパワー連合に加わる可能性が高いと考えているが、孤立主義方向に回帰する可能性も捨てきれない。
図2:地政学的に見た世界地図とランドパワー連合対シーパワー連合の予想図

第三次世界大戦を回避しつつ再び平和と繁栄へ
ランドパワー連合、シーパワー連合という形でのブロック経済化は、米中露の動向次第では第三次世界大戦の着火点となってしまう危険性をはらんでいる。武力衝突を回避しつつ、シーパワー連合が自由な交易を基本としてお互いを尊重し、平和と繁栄を享受する世界を提示し続けることが求められる。
その際、日本を含むシーパワー連合は、現在のドイツが大きく舵を切っているように、防衛力強化に努めることが切実に重要である。ランドパワー連合を形成すると予想される諸国家と米国は、根源的に力の信奉者であり、武力無き者の言を真の意味で聞くことは無いであろう。
20250710 執筆 主席研究員 中里幸聖
前回レポート:
「公共投資削減は需要不足のみならず、長期的な基礎体力を弱体化させる愚策 -経済停滞は緊縮財政路線による需要不足⑤-」(2025年6月25日)
