公共投資削減は需要不足のみならず、長期的な基礎体力を弱体化させる愚策 -経済停滞は緊縮財政路線による需要不足⑤-
日本の経済停滞の原因は需要不足であり、不況脱却の起爆剤となるべき公共投資の削減が甚大な負の影響をもたらしている。また、公共インフラの劣化を通じて、日本経済の基礎体力の弱体化につながっている。更新期にある水道、国土強靱化としての国土保全は2000年代後半~2010年代前半を底に増加基調へ転じているが、十分な水準とは言い難い。
「行政投資実績」により公共投資の内容を見る
「家計消費は停滞、公共投資は沈降 -経済停滞は緊縮財政路線による需要不足②-」(2025年3月19日)において、不況脱却の先導役であるはずの公共投資が沈んだままであることが、我が日本が暗黒の30年(既に35年という考え方もある)から抜け出せない大きな要因であると示した。さらに、公共投資削減は社会経済活動の基盤となる公共インフラの劣化を通じて、日本経済の基礎体力の弱体化につながる愚策である。本稿では、沈んだままの公共投資の中身の描写を試みる。
国民経済計算における公的固定資本形成、いわゆる公共投資の内訳は、住宅、企業設備、一般政府となっている。これでは具体的なイメージがつかみにくいので、本稿では総務省「行政投資実績」により公共投資の内容を見て行くこととする。なお、行政投資は、「調査対象年度分を翌年度に調査、翌々年度に公表」(総務省「令和4年度 行政投資実績」(令和7年3月)より)とのことで、最新数値は2022年度分である。
行政投資と国民経済計算における公的固定資本形成は、対象範囲等に相違はあるが、おおむね同様の動きとなっている(図1)。1990年代半ばのピーク後は減少基調となり、リーマン・ショック後の2009年度は前年度比で若干増加したものの、東日本大震災後の2011年度が大底となった。その後はやや増加した水準で推移し、2010年代後半は緩やかな増加基調であった。
図1:行政投資と公的固定資本形成(名目値)

出所:総務省「行政投資実績」、内閣府「国民経済計算」より筆者作成
なお、本稿で用いている「行政投資実績」のデータ属性等について関心ある方は、本稿最終章の「『行政投資実績』に関する若干の解説」を参照頂きたい。
公共投資とは様相が異なるものの、日本の経済停滞の原因である需要不足の一角を成す家計消費の中身については、「長く低迷した所得、増税予想に慄く消費 -経済停滞は緊縮財政路線による需要不足③-」(2025年4月30日)をご参照。
事業別では道路が最大
図2は、「行政投資実績」における事業別行政投資額について図示したものである。直近の2022年度の行政投資額は、道路が最大で全体の1/4程度、以下順に、「その他」、国土保全、文教施設、農林水産、下水道、水道、厚生福祉、都市計画、環境衛生、住宅、港湾、空港、工業用水となっている。我が国で「財政危機宣言」が出された1995年度と比較すると、道路が最大であり、次いで「その他」であること、工業用水が最少、次いで空港、港湾であることは変わらないが、他の事業の順位は変動している。特に水道が10位から7位に順位を上げている一方で、住宅が7位から11位に順位を下げている。
古来、我が国でも道路整備は連綿と実施されてきた。しかし、明治の開国後は欧米列強の植民地支配から独立を守り抜くために富国強兵が推進され、当時の陸上における軍事輸送の主力である鉄道整備が優先され、近代基準での道路整備は劣後した。しかし、欧米では第1次世界大戦の頃には自動車が普及し始めており、第2次世界大戦では自動車が戦場に積極的に投入されるようになった。一方、日本は陸上での戦闘はアジア地域が主体で、自動車化された米軍との陸上での戦闘は離島が大半であったことも、当時の主要国において我が国の自動車化が相対的に遅れた要因と推測される。
1956年の米国のワトキンス調査団報告では、「日本の道路は信じ難い程悪い。工業国にしてこれ程完全にその道路網を無視してきた国は他にない。」と記された(国土交通省 社会資本整備審議会 道路分科会 第1回 有料道路部会「第1回有料道路部会 参考資料」(平成18年12月4日)より)。こうした道路事情や戦前の反省も踏まえ、戦後の我が国は自動車産業の育成と道路整備を急ピッチで進めた。
高度成長期が終わる頃には自動車産業が世界的な競争力を持つに至り、日本国内での道路整備優先への自動車産業の発言力が強まっていたことが、その後も道路整備が優先されたことと関係している可能性もある。ただ、自動車産業の発言力は置いておいても、主要先進国と比較すると我が国の道路整備は1980年代以降においても十分とは言い難かったのも事実であろう。その背景には急峻な山地や川が多い国土構造、地震や台風などの多発する自然災害も影響していると推測される。
図2:事業別行政投資額(上図:2022年度に1.5兆円以上、下図:2022年度に1.5兆円未満)


必要な公共投資が十分に実施されていない
(1)公共投資の水準はかつてより低く、需要不足と経済基盤劣化の要因
図2の事業別行政投資について、我が国で「財政危機宣言」が出された1995年度を100として指数化したものが図3である。上図が2022年度時点で1995年度の水準の半分を上回っている事業、下図は1995年度の水準の半分を下回っている事業である。なお、2022年度において、1995年度の水準を上回った事業はない(「家計消費は停滞、公共投資は沈降 -経済停滞は緊縮財政路線による需要不足②-」(2025年3月19日)掲載の図2も参照。)。
厚生労働省が主管轄の環境衛生、厚生福祉、水道と文教施設(文部科学省が主管轄)は2000年代後半が底となっている。国土強靱化計画の主たる対象である道路、港湾、空港、国土保全、農林水産、都市計画、下水道などは東日本大震災発災後の2011年度から翌年度にかけて底である。住宅を除き、その後はやや増加基調に転じたり、横ばいで推移したりしているが、2022年度において1995年度比で最も水準が回復しているのは水道の約90であり、(住宅を除き)最も低いのは農林水産の約37となっている。
不況の際、家計が節約したり、企業が事業再編をしたりして、家計消費や企業投資が減少するのは、各経済主体の合理的行動の結果と言える。一方、政府部門は永続性を前提に資金調達し、公共投資などで経済を活性化させることが可能である。
さらに、各種の公共インフラが機能していないと近現代経済は円滑な活動が困難になる。例えば、電気や水道が整備されていなければ生産は出来ないし、道路や鉄道などが整備されていなければ生産のための資材や生産物を運べない。完成した公共インフラは適切な維持補修をしなければ物理的に劣化するし、物理的劣化は僅少でも技術進歩により使い物にならなくなる公共インフラが生じることもある。
つまり、不況脱却といったフローの側面だけではなく、ストックの側面でも必要な公共投資は実施していく事が重要である。我が国の暗黒の30年は、フロー面での不況継続という側面のみではなく、長年の公共投資削減によりストック面での公共インフラ劣化を通じて我が国の社会生産基盤を蚕食している、世界史にも稀にみる愚策がもたらした事象である。
(2)更新期にある水道、国土強靱化対応としての国土保全は増加基調へ
図示した期間では水道が相対的に高い水準を維持していた。1999年度には1995年度の水準を下回り、その後も減少基調が続いたが、2007年度を底に増加基調に転じ、2022年度には1995年度の約90の水準に戻している。水道管は1970年代に大量に整備されたものが多いと推測される。水道管の耐用年数をおよそ50年と考えると、2020年頃から大量更新が必要となる計算になるが、大量更新に向けて曲がりなりにも投資を実施してきたことが窺われる(上下水道については、中里幸聖「大量更新期を迎える上下水道 官民連携と取捨選択が持続性向上に重要」(2013年3月11日、大和総研レポート)も参照)。金額は大きくないが、工業用水も水道と同様の傾向が見られる。
治山治水・海岸保全である国土保全も長らく減少基調であったが、東日本大震災発災後の2011年度を底に、振れはあるものの増加基調に転じている。しかしながら、2022年度で1995年度の64程度の水準であり、必要な公共投資を十分に実施しているのかは懸念される。
図3:事業別行政投資(1995年度=100、上図:2022年度に50以上、下図:2022年度に50未満)


(3)道路と農林水産は低い水準でやや増加、下水道は横這い、住宅は減少
道路は東日本大震災を受けて有用性が再認識されたこともあってか、2012年度を底にやや増加基調であった。しかしながら、2022年度では1995年度のほぼ半分の水準である。高度成長期に建設された道路の維持更新費は今後ますます増加すると見込まれる一方、大都市圏への人口集中の弊害解消や安全保障の観点から必要な道路整備も存在する(「鉄道と道路を張り巡らせる時は今 -日本列島改造論・改-」(2024年11月27日)も参照)。有効需要の創出、社会経済基盤の強化の観点から、道路への公共投資強化に期待したい。
農林水産は2011年度の約30を底にやや増加基調となり、2022年度は約37である。農林水産には農業基盤整備や漁港などが含まれ、東日本大震災で被災した田畑や漁港の再生などに予算が投じられたと推測される。しかしながら、昨今のコメ不足に象徴されるように、我が国の農業基盤の強化は喫緊の課題である(「食料安全保障は主食の国内供給の確保が基本 -コメ不足は構造的背景-」(2024年9月5日)も参照)。農業生産者の増加施策と相俟って、農業への投資は国家存亡をかけた課題として取り組む時である。
下水道は2013年度を底に、その後は横ばいからやや増加で推移している。下水道管は1990年代に建設されたものが多いと推測される。一方、水道管よりも使用環境が厳しいため耐用年数は水道管よりも短い35年程度と考えられており、本稿執筆時点である2025年頃から大量更新が必要な時期に入っていると推測される。埼玉県八潮市の下水道管破損による道路陥没事故は、下水道管破損が日常生活や経済活動に大きな負の影響を及ぼすことを明確に示したと言える。下水道も維持更新投資や耐震化投資を中心に、今後の公共投資強化が必須な部門である。
住宅は1993年度をピークに減少基調が継続し、2022年度は1995年度のおよそ1/4の水準となっている。住宅に関しては、公共部門が積極的に整備する時代は日本ではとっくに終わっていると考えられ、現存する設備をどのようにしていくのかが課題と言えよう。
道路、その他、農林水産、下水道のマイナス寄与度が大
図4は、1995年を基準とした行政投資について、事業別の寄与度を図示したものである。図3は各事業の水準だけを示したものであるが、図4を見ると、道路、「その他」、農林水産、下水道のマイナス寄与度がより明確になるであろう。なお、図4からも明らかなように21世紀に入ってからプラス寄与度の事業はほぼゼロである。
図4:行政投資の事業別寄与度(1995年度=100)

本シリーズのまとめ
「経済停滞は緊縮財政路線による需要不足」シリーズとして、我が国の暗黒の30年の要因として緊縮財政路線による継続的な需要不足が挙げられることを示してきた。特に家計消費の停滞と、不況脱却の起爆剤となり得る公共投資の沈降がマイナスに響いており、家計消費と公共投資の内容についても描写した。
家計消費は増税予想に慄き、一向に活性化していない。財務省を中心とする公共投資敵視政策により公共投資は沈んだままであり、必要最低限の公共インフラ整備も十分ではなく、日本の社会経済の基盤が侵食されている。
均衡財政、緊縮財政、国家財政危機等の増税のための偽りの幻想を一刻も早く捨て去り、積極財政と総需要活性化施策に大きく舵を切ることが望まれる。なお、この偽りの幻想を作り出した官僚だけではなく、その幻想を吹聴し続けているマスメディアやそうした論調に同調している政治家、次世代に国の借金を残してはならないとの美談めいた言説に乗せられている側の国民にも発想の転換が求められる(そうした言説を偽りと認識している国民も多くいるが、声の大きな勢力にかき消されている)。次世代のためにと現役時代に言われ続けてきた現時点で現役引退世代である年齢層にとって、現時点での現役若者層や未成年は次世代である。彼等は緊縮財政路線により苦しんでいる。
国の借金=負債は、国の資産側を考慮に入れれば既に問題ない水準であり、経済が活性化すれば放っておいても財政は改善する。国の税収は6年連続で過去最高を更新しているのである(財務省ウエブサイト「税収に関する資料」「一般会計税収の推移」参照。2025年6月24日アクセス)。過去最高税収を更新し続けているのに更なる増税が必要と訴える人々については、その人々が無能である表明か、あるいは隠れた別の企みがあるのかと判断するのが妥当ではないだろうか。
「行政投資実績」に関する若干の解説
総務省「行政投資実績」は、「今後の社会資本整備、さらには国土政策や地域政策のあり方の検討に資するため、国、地方公共団体等が行った投資的事業の事業別、都道府県別の実施状況等を調査」するものである(総務省ウエブサイト「行政投資実績」より)。
行政投資の調査対象となる事業主体は、原則として国民経済計算体系(SNA)における公的固定資本形成に係る事業主体の全てである。ただし、いわゆる政府関係機関のうち「特殊法人(公社・公団を含む)、認可法人等」、「独立行政法人(森林研究・整備機構、鉄道建設・運輸施設整備支援機構、水資源機構、都市再生機構等を除く)」、「地方公共団体関係のうち財産区、地方開発事業団、港務局、地方住宅供給公社、土地開発公社、地方道路公社」は含めていない。また、行政投資では用地費、補償費、維持補修費及び民間への資本的補助金が含まれるが、SNAの公的固定資本形成では含まれない。
「行政投資実績」は、道路、港湾、空港、国土保全、農林水産、住宅、都市計画、環境衛生、厚生福祉、文教施設、水道、下水道、工業用水、その他、の14の事業別の数値が公表されている。道路は街路を含む。港湾は港湾整備を含む。国土保全は治山治水と海岸保全との合計である。厚生福祉には病院、介護サービス、国民健康保険事業、老人保健医療事業、介護保険事業、後期高齢者医療事業及び公立大学附属病院事業を含む。その他は、前記以外の全ての事業である。
なお、「公的固定資本形成と行政投資実績の調査対象の比較」等の詳細を知りたい場合は、前掲の総務省ウエブサイト「行政投資実績」からダウンロードできる「報告書」を参照願いたい。
20250625 執筆 主席研究員 中里幸聖
前回レポート:
「海洋国家日本を支える港湾機能の強化」(2025年5月30日)
「経済停滞は緊縮財政路線による需要不足」シリーズ:
「経済停滞は緊縮財政路線による需要不足」(2025年2月27日)
「家計消費は停滞、公共投資は沈降 -経済停滞は緊縮財政路線による需要不足②-」(2025年3月19日)
「長く低迷した所得、増税予想に慄く消費 -経済停滞は緊縮財政路線による需要不足③-」(2025年4月30日)
「デフレマインドが強固な家計消費 -経済停滞は緊縮財政路線による需要不足④-」(2025年5月13日)
「公共投資削減は需要不足のみならず、長期的な基礎体力を弱体化させる愚策 -経済停滞は緊縮財政路線による需要不足⑤-」(2025年6月25日)
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