「貯蓄から投資へ」は進展しているか-資金循環統計から見た家計金融資産-
我が国の課題の一つとして「貯蓄から投資へ」というスローガンが展開されてきた。資金循環統計によると、家計の金融資産は増加基調であり、上場株式や投資信託などのリスク性金融資産の割合増加が確認できた。しかし、現預金が約半分を占め、「貯蓄から投資へ」の進展はわずかである。インフレ下での資産価値目減り防止が必要となろう。
株式市場活況と家計の金融資産
日本の株式市場動向の象徴の一つである日経平均株価は、この半月ほどは7万円前後で推移し、活況を呈している。しかし以前は、バブル経済時の1989年12月末に記録した38,915円87銭をピークに長期に亘って低迷し、リーマン・ショック時の2008年10月には7,000円を割り込んだ。30,000円台を回復したのは2021年2月である。その後、2024年2月にはバブル期の最高値を更新し、変動はあるものの上昇基調で推移して今に至る。
政府が「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げたのは、小泉純一郎内閣における2001年6月のいわゆる「骨太の方針」からである。「貯蓄から投資へ」は様々な事象を想定し得るが、端的には家計の金融資産を現預金中心から上場株式等のリスク性金融資産へとシフトしようということであろう。長らく低迷していた我が国株式市場は、前述したようにここ数年は活況を呈している。家計の金融資産も現預金中心からリスク性金融資産にシフトしていると推測される。
我が国金融市場の変動は様々な要因が影響しているが、国際金融市場から相対的に閉ざされていた我が国金融市場が大きく変化するきっかけとなったのは、1985年のプラザ合意であったと考える。本稿では日本銀行「資金循環統計」により、1985年度以降の家計の金融資産の動向を概観し、「貯蓄から投資へ」などがどの程度進んだのかを確認する。なお、本稿での資金循環統計のデータは、2025年10~12月期までは確報値、2026年1~3月期は速報値である。
資金循環統計から見た家計金融資産
(1)家計の金融資産は40年で3.8倍、現預金が約半分
家計の金融資産は1985年度末には600兆円台であったが(図1上図)、1990年度末に1,000兆円、2021年度末に2,000兆円を超え、2025年度末には2,386兆円となり、40年で3.8倍になった。本稿対象期間を通じて現預金が約半分を占め(図1下図)、次いで年金受給権以外の保険・年金等(損害保険、生命保険、私的年金等の積立金の加入者持分)となっており、時期によって入れ替わりがあるが、上場株式と年金受給権がそれに次ぐ割合となっている。
現預金の割合は、1985年度末は52.6%と半分以上であったが、1980年代後半のバブル期は40%台であり、一番低い1988年度末には44.3%であった。1991年度末には50.4%と再び半分以上となり、その後は2005年度末、2006年度末を除いて50%以上の状態が続き、2025年度末に47.2%とようやく半分以下に復帰した。
図1:家計金融資産の年度末残高(上図:資産別金額、下図:資産別割合)


出所:日本銀行「資金循環統計」より筆者作成
(2)家計の金融資産は増加基調であるが、金融市場大混乱時には減少
家計の年度末の金融資産は対象期間を通じて増加基調であるが(図2)、何度か減少している年もあった。特に大きく減少したのは、サブプライムローン問題、リーマン・ショックの影響を受けた2007年度末、2008年度末、2020年2月のコロナショックの影響を受けた2019年度末である。いずれも上場株式の減少額が大きく、特に2008年度末のリーマン・ショック時は現預金以外の全ての資産が減少している。
なお、対象期間を通じて現預金が減少しているのは2005年度末のみである。預金保険制度において、保護対象預金等(決済用預金を除く)は、1金融機関につき1人当たり元本1,000万円までとその利息との制度導入の影響と推測される。
図2:家計金融資産の年度末残高の前年差

(3)年間取引額は、近年は投資信託が増加
家計の金融資産の年間取引額を見ると(図3)、現預金以外では、対象期間の前半は年金受給権以外の保険・年金等、次いで年金受給権のプラス(購入、投資、獲得等)が多くなっている。2020年度以降では、投資信託受益証券いわゆる投資信託への投資が増えていることが目立つ。株式市場の相場上昇に伴い、投資信託の購入意欲が高まったと考えられる。背景にはNISAの使い勝手改善の効果もあるかもしれない。
図3:家計金融資産の年間取引額

(4)上場株式については、利益確定売りと押し目買い?
「貯蓄から投資へ」のスローガンの核とも言える上場株式は、2025年度末残高で家計金融資産の3番目の割合となっている(図1下)。しかし、年間取引額で見ると上場株式はマイナス(売却等)である年が多く(図3)、同じリスク性金融資産の投資信託とは対照的である。
図4は、取引額と残高の前期差により価格変動分を計算して図示したものであり、上図が対象期間の年度、下図が2020年6月以降の四半期である。全体として、前期差は価格変動による影響が大きいことが分かる。また、絶対額としては目立つほどではないが、特に図4下図を見ると、家計は上場株式の価格上昇時に売却し、価格低下時に購入している傾向が窺える。近年については利益確定売り、押し目買いを実践しているように思われる。
図4:家計金融資産における上場株式前期差(上図:年度、下図:四半期)


出所:日本銀行「資金循環統計」より筆者作成
「貯蓄から投資へ」は進展してはいるが…
以上、「資金循環統計」により家計の金融資産を概観してきた。依然、現預金が家計の金融資産の約半分となっているが、上場株式や投資信託の割合も増えており、「貯蓄から投資へ」のスローガンはわずかであるが進展していると言っても良いであろう。
しかし、「デフレの時代からインフレの時代へ」(2023年2月3日)で述べたように、世界はインフレの時代に移行し、我が国でも物価上昇が問題となっている。同稿の末尾に「インフレの時代は現金のまま持ち続けることは、資産価値目減りと同義である。土地や家屋などの実物資産の他、株式等の有価証券への投資がインフレの時代に資産価値目減りを防止する手段となる」と書いたが、家計にとって「貯蓄から投資へ」のスローガンの実践が今こそ必要なのかもしれない。
20260629 執筆 主席研究員 中里幸聖
前回レポート:
「生産、在庫から見た石油製品の状況」(2026年6月22日)
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