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【短編小説】壊れた憧れ、選んだこれから。

「向いてないよ」

冷たい事務所の空気のなかで言われたその言葉は、私の胸を容赦なく撃ち抜いた。

ずっと閉じこもっていた殻を破り、勇気を出して飛び出したはずの世界。

けれど現実の私は、憧れた映画の主人公のようにはなれず、ただ傷ついてうずくまることしかできなかった。

内気で、不器用で、人と目を合わせるだけで動悸がする私。
社交的になれない人間は、お店で働く夢さえ抱いてはいけないのだろうか。

誰かの「無理だ」という一言で、私の可能性は終わりにしてしまっていいのだろうか。

――いいわけがない。

無理だと決めたのは他者であって、私じゃない。
折れかけた心に灯ったのは、自分でも驚くほどの激しい熱だった。

これは、自分の弱さに打ちのめされながらも「理想の自分」を演じ切り、やがて本物の笑顔を手に入れるまでの、私の小さな反撃の物語。



第一章:スクリーンの向こうの憧れ

25歳の私は、ずっと自分の殻の中に閉じこもって生きてきた。

内気で、内向的で、人と目を合わせて話すだけでも緊張で喉が渇いてしまう。

誰かと会話をした後は、「今の言い方で大丈夫だったかな」と何時間も一人反省会を繰り返すような毎日だった。

そんな私が変わるきっかけになったのは、ある夜にソファでくつろぎながら観た一本の映画だった。

どこにでもある恋愛映画だったけれど、主人公の女の子は驚くほど自分に似ていた。

内気で、不器用で、人の輪から一歩引いてしまうような性格。

まるで画面に映っているのは自分自身なんじゃないかと思うほど、胸がぎゅっと苦しくなるくらい共感した。

けれど、彼女は私と決定的に違っていた。
彼女は、街の小さなカフェで活き活きと働いていたのだ。

(いいなぁ……。背景の人物じゃなくて、私もあんな風になれたら)

観終わったあと、冷たい落胆が胸を覆った。

映画だから、作りものだから内向的な彼女でも接客業が務まるんだ。
現実はそんなに甘くない――。

そうやっていつものように諦めようとする自分の裏側で、小さな熱がパチッと音を立てた。

(でも……やってみなくちゃ分からないんじゃない? 自分の限界を勝手に決めつけて諦めるの、もうやめたい)

「お店で働く」ということが、いつしか私の中で大きくて眩しい「夢」へと変わっていった。

誰かと関わり、自分の居場所を見つけたいという切実な願い。

気づけば私は、吸い寄せられるように求人サイトの検索ボタンを押していた。

画面に躍り出たのは、駅の中にある小さな本屋さんの募集だった。

心臓をバクバクさせながら電話をかけ、緊張で声の震えを必死に抑えながら面接を受けた。

数日後、採用の連絡が届いた。

本採用ではなく「試用期間からのスタート」という条件だったけれど、それでも飛び上がるほど嬉しかった。

あの映画の主人公のように、私も「自分を変える」物語のスタートラインに立てたのだから。


第二章:砕け散った夢

初日。右も左も分からない場所で、私は必死だった。

レジの操作、本のカバーがけ、お客さんへの声かけ。

内気な自分を覆い隠すように、先輩からの指示を漏らさずメモを取り、精一杯の笑顔を作って走り回った。

心のどこかで「頑張っていれば、きっと認めてもらえる」と信じていた。

「君、ちょっと事務所までいいかな」

仕事を終えた店長に呼ばれた。胸が高鳴った。

内心・・・。

(お疲れ様、まだまだおぼつかないけれど一生懸命さは伝わってきたよ。これからも頑張ってね)

なんて労われて、本採用への一歩を踏み出せるんじゃないかと期待していた。

けれど、狭い事務所で店長の口から出たのは、私の存在そのものを否定するような言葉だった。

「今日一日見させてもらったけれど……君、販売の仕事は向いてないよ」

頭の中が真っ白になった。
耳の奥で、ガシャンと大きな音を立てて大切なものが砕け散る感覚がした。

「一生懸命なのは分かるけれど、ちょっと暗すぎる。接客業は厳しいと思うな」

そのあとの言葉は、よく覚えていない。
逃げるように店を出て、駅のホームへ向かう帰り道。

涙が込み上げて視界が滲んだ。

一生懸命頑張ったのに。

「向いてない」
「無理だ」

そんな冷たい言葉が胸に突き刺さり、歩く足取りは鉛のように重かった。

やっぱり私には無理だったんだ。

社交的でもなんでもない、内気で暗い私に接客なんてできるはずがなかった。

自分が少しでも変われるんじゃないかと期待したのがバカだった。

映画は所詮、誰かが作った幻の世界。

現実の私が主人公になれるわけなんて、最初からなかったのだ。

不甲斐なさと情けなさで、夜の部屋で一人、声を殺して泣いた。


第三章:反撃のスイッチ

それから数週間、私は心に大きな傷を抱えたまま、塞ぎ込んで過ごしていた。

「どうせ私なんて」という思考の渦から抜け出せず、自分を責める日々。

ある日、気を紛らわせるためにふらりと近所のコンビニに入った。

お弁当を選ぼうとしたとき、レジ横の小さな掲示板に「アルバイト募集」の紙が貼られているのが目に入った。

その瞬間、頭の中でパチンと何かが弾けた。

(……コンビニだ)

特別な才能なんて要らない。

笑顔の作り方も、声の出し方も、挨拶の基本だって全部「型」が決まっている場所だ。

ここなら、私の内気さなんて関係ない。
決められた型を完璧に演じきればいいだけだ。

『これなら私にもできる。ううん、絶対にできる!』

電撃が走ったような強い確信が、胸の奥で爆発した。

落ち込んでいた自分は一瞬で消え去り、プライドを賭けた反撃のスイッチが入った。

あんな店長に「向いてない」と切り捨てられた私が、自分の力で「できる」ことを証明してみせる。

あの人を見返してやるための、完璧な舞台がここにあるじゃないか!

不採用になったらどうしよう、なんて弱気は微塵もなかった。
すぐにその募集に応募した。

けれど――結果はまさかの不採用だった。

一瞬、冷や水を浴びせられたような衝撃が走った。

コンビニにさえ落とされた惨めさが、ズシリと胸に響く。

だが、今の私はもう折れなかった。
むしろ胸の奥で、炎がさらに激しく燃え上がった。

(無理だって決めたのは、あの店長であって私じゃない! 私の可能性の限界を決められるのは、他でもない私だけだ!)

諦めるつもりなんてサラサラなかった。
2件、3件と立て続けに応募書類を出し、面接へと向かった。

そしてついに、郊外にあるコンビニから「採用」の通知が届いた。
今度は試用期間ではない、本採用だった。

内気で内向的な自分でも、お店で働くことができるんだと絶対に証明してやる。

その強い決意を胸に、私はアルバイト初日の朝を迎えた。


第四章:演じることから始まる私

初日、私は鏡の前で深く息を吐き出した。

(今日から私は、社交的な自分を演じるんだ)

素の自分のままじゃ傷つくなら、プロの女優になればいい。

あの映画の主人公のように、理想の「ハキハキとした店員」という役を完璧に演じきってやる。

これは仕事ではなく、ひとつの舞台なんだと自分に言い聞かせた。

お店に入ると、私は心の中でカチンとスイッチを入れた。

「おはようございます!」

意識して少し高めのトーンで明るく元気に挨拶をし、お客さんには丁寧でお辞儀を添えた言葉をかける。

レジで焦りそうになっても、胸の中で「私はプロの女優」と唱え、引きつりそうな笑顔を固定した。

数時間後、店長から「ちょっといい?」と声がかかった。

ドクンと心臓が跳ね上がった。
過去のトラウマが蘇る。

また「向いてない」と言われるんじゃないか、演じているのが見透かされて「嘘くさい」と笑われるんじゃないか――。

手汗を握りしめ、生きた心地がしないまま事務所へと向かった。

店長は柔らかく微笑んで言った。

「お疲れ様。まだまだ仕事はおぼつかないけれど、一生懸命さはすごく伝わってきたよ。これからも頑張ってね」

言葉が胸の奥にすーっと染み渡っていった。
緊張で固まっていた肩の力が、一気に抜けていく。

(伝わった……! 私の頑張りが、ちゃんと届いた……!)

たとえそれが演技だったとしても。

私が必死で作った「社交的な自分」「一生懸命さ」は、ちゃんと相手の心に届いたのだ。

本屋で打ち砕かれ、ペシャンコになっていた自分の自尊心が、ゆっくりと息を吹き返すのを感じた。


第五章:生まれたての素顔

それから、数か月が過ぎた。

毎日のように「明るいコンビニ店員」という役を演じ続けるうちに、私の心に不思議な変化が起き始めた。

最初は意識して張り上げていた「いらっしゃいませ!」の声が、今では背伸びをすることなく、呼吸をするように自然と口から出てくる。

お客さんから「ありがとう」と声をかけられたとき、演技ではなく、胸の底から湧き上がる温かい感謝の笑顔を向けられるようになった。

ふと気づいたのだ。

演技として必死に演じていた「社交的な自分」は、いつの間にか仮面ではなくなっていた。

「内向的な自分はダメだ」と責めるのではなく、「内向的だけど、ちゃんと人と関われる自分」へと、殻を破って新しく生まれ変わっていたのだ。

あの日、映画を見て羨ましかった世界。
本屋の店長に「無理だ」と切り捨てられた夢。

不器用でも、打ちのめされても、諦めずに一歩を踏み出し続けた足元には、今、私がずっと欲しかった誇らしい自分の姿があった。

「いらっしゃいませ!」

今日も私は、大好きなこのお店で、偽りのない最高の笑顔でお客様を迎えている。



本作に登場する『映画』のご紹介

本作の主人公が憧れたのは、2001年公開のフランス映画『アメリ』です。
主人公のアメリは、不器用で妄想好きな内向的少女。
パリのカフェで働きながら、周りの人々をちょっと変わった方法で密かに幸せにしていく恋愛物語です。

「内気で人付き合いが苦手でも、自分の居場所で誰かを笑顔にできる」——

映画の中の姿に背中を押され、本作の主人公が一歩を踏み出す大切なきっかけとして描きました。



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 てるまぐ 📚 みつめるヒント[ Terumichi Hino (Teru) ] 記事を通じてあなたと繋がれたことに感謝いたします。 もし「気づきがあった」「心が軽くなった」と感じていただけましたら、そのお気持ちをサポートという形で共有いただけると嬉しいです。 いただいた温かいお気持ちを糧に、これからも心に届く言葉を綴っていきます。