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スラムダンク🏀「おやじの栄光時代はいつだよ……」あの名言の本当の意味を、介護係長の私が動画にしてみた【ちび創作大賞・動画部門】




今日は、
カワムラさん
が企画されている「ちび創作大賞」動画部門への応募作品を投稿させていただきます☟☟

動画づくりは、つい先日始めたばかりですが、今はとにかく楽しくて仕方ありません😆✨

まだまだ試行錯誤の毎日ですが、自分なりの世界観を表現できるよう、楽しみながら挑戦しています。

どうぞよろしくお願いします😊✨


「親父の栄光時代はいつだよ……。全日本の時か? 俺は今なんだよ」


山王工業戦の終盤。

腰の痛みを抱え、満身創痍になりながらも、なおコートに立とうとする桜木花道。


その姿を見た安西先生は、試合を止めようとする。


そんな安西先生に向かって、桜木が放ったのが、この言葉だった。

『SLAM DUNK🏀』の中でも、好きな言葉のひとつだ。



ふと、自分の

栄光時代はいつだったのだろう


と考えることがある。



✨中学時代、バスケットボールで市内大会のMVPを獲った時だろうか。

✨専門学校一年生の、人生最大のモテ期だろうか。

✨家庭円満で、父親としても、仕事でも無我夢中で走り続けていた三十代だろうか。


きっと、多くの人が思い浮かべる

「栄光時代」

とは、そんな時代なのだと思う。


若く、勢いがあり、何かを成し遂げていた頃。
振り返った時に、「あの頃は輝いていた」と思える時間。


昔の私も、栄光時代とはそういうものだと思っていた。

だけど、この一年で、私の考え方は少し変わった。



私はこれまで、自分の夢を大きく語るような人間ではなかった。

福祉の仕事への熱い思いはあったし、もっと経験を積みたい、もっと成長したいという気持ちも昔から強かった。やってみたいこともたくさんあった。


ただ、「これが自分の夢だ」と胸を張って言えるものは、正直なかったように思う。


いや、あったのかもしれない。

ただ、「どうせ無理だろう」という気持ちの方が強かった。


そんな私が41歳でnoteを始め、介護について夢を語るようになった。

「介護はかっこいい仕事なんだ」

      それを伝えられる講演をしたい

そう口にした瞬間から、私の毎日は少しずつ変わっていった。

もちろん、本業が最優先だ。


それでも、

note
スタエフ🎙
最近ではこうして動画編集にも挑戦している。


本の出版も今年の目標だ!!


次々と、やりたいことがあふれてくる。



介護の魅力を届けたい。

もっと多くの人に、自分の思いを伝えたい。


そんなことを毎日考えている。


だから、noteの記事には少し力が入りすぎているのかもしれない💦

それでも、私生活も仕事も大切にしながら取り組めている自信はある💪🔥


この一年で、言葉を伝える力は格段に上がったと思う。


もともとはアナログ人間だった私だが、PCやスマホでできることも増えた。

少し前の自分なら想像もしていなかったようなことに、今は当たり前のように挑戦している

そんな小さな積み重ねの一つひとつが、自分の成長を実感させてくれている。


離婚を経験したのも大きいが、


全ての物事に対して
俯瞰して見られるようになり、多少の状況の変化があっても焦らず、
「今、自分にできることは何なのか」を冷静に考えられるようになってきた。


もちろん、まだまだ未熟な部分はたくさんある。


それでも、自分自身の成長を確かに感じている

今が、とにかく楽しい。


だから私は、胸を張って言える。

仕事は、、

職員の離職もあり、毎日バタバタしている。



排泄介助、食事介助、入浴介助。そのほかにも、やるべきことは山ほどある。同じ業務の繰り返しに見える日もある。


世間から見れば、介護は決して華やかな仕事ではないのかもしれない。

それでも、

私は楽しいと思えている。


今の環境から学ぼうと思えている。

苦しいことも、悩むこともある。だけど、その1つひとつが、自分を成長させてくれていると感じる。




栄光時代とは、過去の栄誉や若さだけを指す言葉なのだろうか🤔


栄光時代とは、自分一人の力だけでつくり出すものなのだろうか🤔



最近の私は、そうではない気がしている。

なぜなら、私が今、
「今が栄光時代だ」と思えているのは、

決して自分一人の力ではないからだ。


noteを始めてから、本当にたくさんの方と出会った。


毎日のように届く温かいコメント。


今年の1月離婚したての頃は特に、
めちゃくちゃ支えられた。

「今のままで十分だよ」

「間違っていないよ」

「そのまま進んでいいんだよ」


そんなメッセージを、何度ももらってきた。


仕事でもそうだ。


忙しい毎日の中で支えてくれる仲間がいる。
利用者さんがいる。
私を頼ってくれる人がいる。

だから、私は前を向ける。

だから、頑張ろうと思える


栄光時代とは、自分だけでつくるものではない。


誰かの言葉や、誰かとの出会い、今いる環境の中で、少しずつ育まれていくものなのかもしれない。




人は、一人では、

✨輝けない✨


誰かが認めてくれること。

誰かが必要としてくれること。

誰かが、「あなたはそのままでいい」
と伝えてくれること。


そうした言葉や出会いの積み重ねの先に、
栄光時代は生まれるのではないだろうか。


私が働く特養。

施設に入所されている利用者さんは、身体機能が衰え、認知機能も少しずつ変化していく。

誰かの手を借りなければならない場面も増えていく。


だけど、私は毎日、利用者さんからたくさんのことを学んでいる。

人生の重み。

優しさ。

誇り。


「自分が生きてきた証」を、誰かに伝えようとする姿。


若い頃の武勇伝を何度も繰り返し嬉しそうに話す方がいる。

仕事のことを誇らしげに語る方がいる。

家族を育て上げた日々を懐かしむ方がいる。

その姿を見ていると、私は思う。


栄光時代とは、若い頃の思い出そのものではなく、

自分の人生に誇りを持ち続けられる時間のことなのではないか、

と。

先日、利用者のOさんとの別れで、涙が止まらなくなった。


Oさんは強い精神疾患を抱えていた。

まだご自分で歩かれていた頃は、大きな声を出されることがかなり多く、特定の職員を探してフロアを歩き回ることもあった。


私の姿が見えないと、

「お兄さんは?」


と落ち着かなくなることもあり、頼りにされていることをうれしく思う一方で、Oさんとの距離感や関わり方に悩んだ時期も長かった。

寝たきりになってからは、それまでが嘘のように穏やかになり、一日のほとんどを眠って過ごされるようになった。


それでも、



と耳元で声をかけると、ゆっくりと目を開け、

「あら、お兄さん」


と、ニコッと笑い、急に元気な

反応を見せてくださることもあった。

行事のたびに、職員たちは私とOさんの写真を撮ってくれた。


そして後になって知ったのだが、食事の時間になかなか目を覚まさないOさんに向かって、他の職員たちも、

「てつやが来るよ」

と、私の名前を借りて声をかけていたことがあったそうだ🤣


実際、その方が目覚めがいいらしい😅


その言葉がOさんの中に残り、安心につながっていたのだとしたら、こんなにうれしいことはない。



看取り介護の期間を経て、Oさんは旅立った...…

その日は、ちょうど園のホールで職員交流会が開かれていた日だった。私も職員たちと食事をしながら、お酒を飲んでいた。

21時ごろ、、

もうお開きという時に夜勤の職員が私のところへ来て、

「Oさんの息が止まりました」

と報告してくれた。


私は職員数人と一緒にOさんの部屋へ向かった。

静かな部屋の中で、最後の別れをした。


涙がこぼれた。


わざわざ声をかけてくれた職員たちには感謝しかない。

Oさんは、最後の最後まで、多くの職員に大切にされていた。

それはきっと、Oさんがこれまでみんなの心の中に、たくさんのものを残してくれたからなのだと思う。

そんなOさんの姿を、私はきっと忘れない。


私は、その姿を思い浮かべながら考えた。



もしかしたら、これもまた、

栄光時代なのではないか、

と。


自分で歩けなくなっても。

誰かの支えが必要になっても。

誰かの心に何かを残していく。


それは、決して色褪せることのない、その人だけの

栄光なのだと思う。



「栄える」

という字には、光が広がっていくような響きがある。


誰かに必要とされること。

誰かの心を照らすこと。


それもまた、人が

「栄える」

ということなのかもしれない。

だから私は、自分自身の栄光時代をつくりながら、
利用者さんの栄光時代も少しでも長く続くように関わっていきたい。


人生の最後の最後まで、その人が

「いい人生だった」

と思えるように。


あなたの栄光時代は、いつですか。


過去の思い出の中にありますか。


それとも、まだ訪れていない未来にありますか。


もしかしたら、その答えは、

今日という1日の中にあるのかもしれません。


誰かを認めることは、誰かの栄光時代をつくること。

誰かを支えることは、自分自身の栄光時代を育てること。


人は、一人では輝けない。


だからこそ、私たちは支え合い、言葉を交わしながら、お互いの人生を少しずつ「栄えさせて」いるのだと思います。





最後まで読んで下さり、、

TETSUでした😎💪🔥


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