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メッキが剥がれる日――ヨーロッパ・ハイブランドの末路【連載第3回】

Axiom Grey|ヨーロッパビジネス哲学シリーズ 第三回

ハイブランドとは何か

ロレックス、エルメス、ルイ・ヴィトン、メルセデス・ベンツ、ポルシェ。これらのブランドに共通するものは何か。

品質か。確かに品質は高い。しかしそれだけでは、なぜ同等の機能を持つ製品の数倍から数十倍の価格が正当化されるのかを説明できない。

答えは「歴史・伝統・イメージ」というメッキだ。

ヨーロッパのハイブランドビジネスの本質は、製品そのものではなく、その製品を包む物語に価格をつけることにある。数十年、数百年にわたって積み上げられた歴史。職人技の伝統。「本物」であるというイメージ。これらが組み合わさって、ロゴマークそのものに価値が宿る。

消費者が買っているのは時計でも鞄でも車でもない。「そのブランドを持つ自分」というイメージを買っている。

この商売は、イノベーションを必要としない。新しい価値を生み出す必要がない。過去に積み上げた遺産を、磨き続けるだけでいい。

イノベーションが止まった後の生存戦略

ヨーロッパが21世紀の産業競争でアメリカや中国に敗北しつつある中、ハイブランドビジネスは一種の「生存戦略」として機能してきた。

自動車でも半導体でもプラットフォームビジネスでも勝てない。しかしエルメスのバーキンは世界中の富裕層が競って買い求め、ポルシェは世界中でステータスシンボルであり続ける。

この戦略の核心は「定義権」にある。「本物の高級品とはこういうものだ」という価値の定義を握り続ける限り、製造コストとは無関係に高い価格を維持できる。

しかしここで一つの不都合な事実がある。エルメスの売上のうち、アジアだけで61%を占め、アメリカが24%だ。つまりフランス発祥の最高級ブランドの売上の約85%はヨーロッパ以外から来ている。フランス本国での売上増加の主因は観光客による購買であり、ヨーロッパ人自身はもうエルメスを買っていない。

これはハイブランドビジネスの本質を露わにしている。エルメスは「新興富裕層のステータスシンボル」として機能している。つまり「新たに豊かになった人たちが、自分の成功を示すために買う」という購買動機に依存しているのだ。

歴史的な流れを見れば、この構造がより鮮明になる。戦後はアメリカの富裕層が主要顧客だった。その後、高度成長期の日本人が主役となり、バブル期には日本人観光客がパリのエルメスに列をなした。次に中国の経済成長とともに中国人富裕層が主役になった。しかし2023〜2024年、その中国がすでに変わり始めている。中国の高級品市場は2024年に前年比約20%縮小し、LVMHのアジア売上は14%減、Gucciの中国売上は24%減を記録した。中国の新興富裕層が高級品を「ステータスシンボル」として買い求めた時代は、終わりに差し掛かっている。

今は中東の富裕層、インド、そして東南アジアの新興富裕層が台頭しつつある。インドの高級品市場は2022年に33%成長し、アジア最速の成長市場となっている。その次にはアフリカが続くだろう。

しかし問題はその先だ。経済が成熟するにつれて、エルメスを持つことは「特別なこと」ではなくなる。新興富裕層のステータスシンボルとしての機能が薄れた瞬間、次の新興富裕層を探し続けるしかない。しかし地球上の新興富裕層には限りがある。アフリカまで行き着いた時、次はどこにも行けない。

これがハイブランドビジネスの構造的な限界だ。

ライカが示した末路

ライカという名前を知っているだろうか。かつて世界最高峰のカメラブランドとして君臨し、報道写真家たちが命がけの現場に持ち込んだ伝説の名前だ。

しかし現在のライカの実態を見れば、ヨーロッパのハイブランドが辿る道が見えてくる。

ライカは今、自分でカメラをほとんど作っていない。センサーも基幹技術も外部調達だ。パナソニックと技術提携し、実質的にパナソニックが開発した技術をベースに製品を作っている。そして中国の華晨集団が株式を取得し、資本の面でも外資の影響下に入っている。

コンパクトカメラについては実態がさらに露骨だ。ライカとパナソニックはほぼ同一の製品を別々のブランドで販売しており、ライカのバッジをつければパナソニックの約2倍の価格になる。消費者が払っているのは技術でも品質でもなく、「ライカ」という名前そのものだ。

そしてスマートフォンでも同じことが起きた。2016年からファーウェイのスマートフォンにライカのロゴを貸し、2022年にはシャオミに切り替えた。カメラの設計も製造もシャオミが行い、ライカはロゴと「Leica Authentic Look」「Leica Vibrant Look」と呼ばれる撮影モードを提供するだけだ。これらのモードの実態は、完璧に高性能なベースに対して意図的な劣化処理を加え、かつてのライカレンズが持っていた光学的な欠陥を再現するソフトウェアフィルターに過ぎない。消費者は技術の結晶ではなく、意図的に作られた不完全さにお金を払っている。

残っているのは何か。「ライカ」というロゴと、それに付随する伝説のイメージだけだ。

これは批判ではない。ライカにとってそれが唯一の生き残り戦略だった。自力でイノベーションを起こす体力はない。しかしブランドの価値はある。ならばそのブランドを最大限に活用しながら、製造は外部に委ねる。

問題は、このモデルの賞味期限だ。

メッキは必ず剥がれる

ハイブランドのメッキを支えているのは「歴史と伝統への信頼」だ。しかしその信頼は、品質と実体が伴っている間だけ機能する。

品質が落ちた瞬間、あるいは「実はたいしたことない」という認識が広まった瞬間、メッキは剥がれ始める。そしてメッキが剥がれたブランドは、急速にその価値を失う。

さらに深刻な問題がある。ヨーロッパで作ることのコストが高すぎるという現実だ。人件費、社会保険料、規制コスト。これらが積み重なり、製造コストは年々上昇する。それを価格に転嫁すれば競争力を失い、コストを下げようとすれば品質が落ちる。どちらに転んでも、ブランド価値は侵食される。

その先に待っているのは、イギリスの自動車産業が辿った道だ。

イギリスが先に歩んだ道

かつてイギリスは世界の工場だった。ロールスロイス、ベントレー、ジャガー、ランドローバー、MG、ロータス、ミニ。世界に誇る自動車ブランドを持つ国だった。

今、それらのブランドは何処にあるか。

ロールスロイス → ドイツ・BMW傘下
ベントレー → ドイツ・VW傘下
ジャガー・ランドローバー → インド・タタ・モーターズ傘下
ミニ → ドイツ・BMW傘下
MG → 中国・SAIC傘下
ロータス → 中国・吉利汽車傘下

かつて世界に誇ったイギリスの自動車ブランドは、ドイツ、インド、中国にバラバラに解体された。ブランドの名前は残っている。しかしその実体はすでにイギリスのものではない。製造能力を失い、イノベーションを失い、最終的にブランドだけが残った。そしてそのブランドを、より安く、より効率的に運営できる外資が買い取った。

これは偶然ではない。必然の帰結だ。

ドイツブランドの未来

今、同じことがドイツで始まっている。

メルセデス・ベンツ、BMW、ポルシェ、アウディ。これらのブランドはまだ輝いている。しかしその輝きを支えていた「ドイツ工業の圧倒的な品質」という土台が、静かに侵食されつつある。

EVシフトで出遅れ、中国のBYDに価格競争で圧倒され、テスラにブランドイメージで追い上げられている。そしてここに、さらに深刻な罠がある。

EVに移行しようとしてサプライチェーンの解体を始めたが、EVでは中国に勝てない。では内燃機関に戻ればいいかというと、それも既に不可能になりつつある。内燃機関車は約3万点の部品で構成されているのに対し、EVはその約半数だ。内燃機関に特化してきたドイツの膨大なサプライヤーネットワークは、すでに投資削減と撤退を始めている。ドイツの自動車サプライチェーンを構成する中小企業の72%がドイツ国内への投資削減を計画しており、一度解体されたサプライチェーンは簡単には戻らない。2024〜2025年の間にドイツの自動車産業はすでに約51,500人を削減した。

進むも地獄、退くも地獄。EVに賭けてサプライチェーンを壊し始め、しかしEVでは勝てない。この構造的な罠から抜け出す道は、今のところ見えていない。

では、その中間にあるハイブリッドはどうか。バッテリー技術がまだ発展途上でインフラも整っていない現状では、ハイブリッドが現実的な解答として世界中で売れている。しかしここでもドイツは勝てない。2024年にヨーロッパで販売されたハイブリッド車の約2台に1台はトヨタまたはレクサスだ。フォルクスワーゲン、BMW、メルセデス・ベンツはハイブリッド市場のトップ5にすら入っていない。ハイブリッド技術を30年かけて磨いてきたトヨタに、今から追いつける見込みはない。

EV、ハイブリッド、内燃機関。どの方向を向いても、ドイツには勝てる場所がない。

イギリスが辿った道と構造は同じだ。時間軸が違うだけで、向かう方向は見えている。

ヨーロッパのハイブランドを長年支えてきた最大の市場、中国でさえ、今やそのブランドへの熱が冷め始めている。エルメスの中国売上は2024年に急減した。次の受け皿はインドや東南アジアだ。実際にインドの高級品市場はすでに急成長しており、東南アジアの新興富裕層も台頭しつつある。しかしこれも一時的なものに過ぎない。新興富裕層が成熟すれば、彼らもまたブランドを必要としなくなる。

ヨーロッパのハイブランドビジネスは、新興富裕層を次々と渡り歩くことで延命してきた。しかしその渡り歩く先が、一つずつ消えていく。

おわりに:メッキの下にあるもの

ヨーロッパのハイブランドビジネスは、イノベーションが止まった後の優れた生存戦略だった。歴史と伝統というメッキで価値を維持しながら、製造能力の喪失を隠してきた。

しかしメッキは永続しない。品質が落ち、コストが上がり、競合が台頭する。その時、ブランドの名前だけが残り、実体は外資に買われていく。

ライカはその先行事例だ。イギリスの自動車ブランドはその実証だ。そしてドイツのブランドは、その途上にある。

「伝統」という言葉は美しい。しかしそれは過去の遺産を食い潰しながら生きていることの、もう一つの名前に過ぎない。

次回:【連載第4回】税率は国民の鏡だ――マルクスの問いを現代に適用する


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