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BTSとグラミー賞について思うところを語り倒す

どうも。

では、ここでお約束しましたとおりに

BTSのグラミー賞問題について僕なりの分析をしてみたいと思います。ちょっと長いですけど、お付き合いしていただければと思います。



問題はそもそもどうして起こったか。


事の発端は、グラミー賞が6月16日に、次年度から、最優秀アジアン・ポップ・パフォーマンス部門を設けるとの発表を行ったことにあったんですね。

この発表が行われたときからARMYたちの間では、「これはBTSを主要部門から除外するために行われた戦略なのではないか」との憶測が流れ、ネット上で強い反発を招いていたんですね。

そうしているうちに7月30日、BTSは次年度のグラミーに対して、ノミネート資格を得るための申請を行わないことを発表しました。いかなる部門もノミネートを得るためには、この申請を行わなければならないのが決まりなので、来年のグラミーでは彼らのノミネートがこれで実質消えたことになります。

この際にバンタンの側は「音楽は人種や地域に基づくものではない」との声明を発表。この申請が、グラミー側の動きに対してのアンチテーゼであったことを自ら示した形となりました。

ここから僕の分析、見解を述べていきたいと思います。


部門を新設することは人種差別や特定の音楽を排除するためのものなのか?


1.グラミーの運営者って、どんな人?


グラミーの運営側に、この新カテゴリーに関して人種差別や排除の意味合いがあったのか、どうかですが、これに関してははっきり言いますね。

わかりません。

なぜなら、もし仮に人種差別的行為が行われたと断定するならば、誰が具体的にそのような意図を持って動いたかの証拠がないとなんとも言えないからです。

そういう首謀者の噂が実際にあるのか。ネットで調べてみましたが、そのような具体的な噂は見つけることはできませんでした。なので、僕の立ち場でこれを判断するのはきわめて危険です。

もちろんBTS、ならびにHYBEの関係者はより業界の内部に近いところまで僕らよりははるかに精通しているでしょうから、そういう動きを察知しての行動かもしれません。実際、そういう人種差別的行為が具体的に見られたのかもしれない。ただ、これも証拠がない限り、断定することはできません。

たとえば

2020年に、グラミーを運営するレコーディング・アカデミーのCEOだったデボラ・ドゥーガンという人は、自身の辞任の際に、レコーディング・アカデミーの内部で、投票に関する汚職や財政不正が行われていたことを訴えてます。

CEOを引き継いで現在も引き続いて担当しているハーヴィー・メイソン・ジュニア氏、この写真の右側の人ですが、彼はドゥーガン氏の右腕だった人です。元はR&B系のプロデューサーだった人です。不正を訴えた側の側近だった人で、しかも人種差別には敏感な、しかもリベラルが多いはずの黒人の運営者が、果たして自ら人種差別に動くのか。

過去には、バイデン大統領と写真に写り、「人種やジェンダー、宗教、年齢、政治的信条の違いを乗り越えて団結しよう」というメッセージを送った人でもあります。これを見る限り、彼が、アメリカの最高裁の超右寄りの黒人判事クラレンス・トーマス氏のような人物ではなさそうな感じはしますけど・・・どうなのでしょう。

2.過去のサブ・カテゴリーの意味合い

では、「サブ・カテゴリーが出来るというのはどういうことなのか」、これについて話してみたいと思います。

2020年にタイラー・ザ・クリエイターが、グラミー賞のアーバン部門に゙関しての批判的な発言を行ったことがあるんですね。それは彼がラップ・アルバム部門を受賞した際に、「僕はジャンルを越えたことをやろうとしているアーティストだけど、いつもラップだのアーバンだのの枠に収められる。音楽業界の脇役に押しやられるような気になるんだよな」と言ったことに由来します。

今回この言葉を、バンタン支持の人たちが、グラミーを差別的とする根拠として持ち出してます。

では、果たして、サブ・ジャンルが出来ることが人種差別的、特定音楽の排除にあたるかを検証していきましょう。

グラミー賞というのは、1959年にはじまったときからのレコード・オブ・ジ・イヤー、アルバム・オブ・ジ・イヤー、ソング・オブ・ジ・イヤー、第2回目からはじまったベスト・ニュー・アーティスト、この4つを主要部門としています。

で、それ以外に、音楽ジャンル別のサブ・カテゴリーというものも存在します。これは開催ごとに色々見直しがあって順次加わっていく、という習慣になっているのですが、第1回目からあるジャンルが、現在のR&Bの原型となるリズム&ブルース部門、ジャズ部門、ポップ部門、ミュージカル部門、カントリー部門なんですね。この時点でなんとロック、存在してないんですよね。

で、その受賞結果がこれなんですけど

なんと、露骨に結果が分かれてるんですよね。主要部門は全てイタリア人、もしくはイタリア系のアーティストが勝っていて、ポップ、ジャズ、リズム&ブルースは全て黒人アーティストが勝ってるんですよ!

このことを持ち出して、「グラミーは黒人に差別的だ」とする声もあります。タイラーの発言の意識にもこういうことが念頭にあったのかもしれません。

これに関しては、この当時のアメリカの音楽業界の「縄張り争い」みたいなものですね。イタリア系というのはオペラの伝統があって子供のときから歌がうまい人が多く音楽産業につきやすかったんですね。加えて、彼らカトリックなのでプロテスタントのアメリカでは差別も受けてて、それでグレてかなり大きな不良カルチャーもあって。「ゴッドファーザー」とか「ウエストサイド・ストーリー」「サタディ・ナイト・フィーバー」「ソプラノス」など垣間見える世界ですけど。それで這い上がるために音楽業界があった。で、黒人は人種差別対象で、同じくはいあがるために音楽業界があって。その縄張り争いで、このような結果になってた、というようなことは言えなくはない気はします。実はこれ、1回目だけじゃなくて、開催最初の7年くらいずっとこれが続いてたりするんですよね。

ただ、それも古い話で、1965年には公民権の施行もはじまり、音楽で流行るものの流れもロックやソウルの台頭でガラッと変わった中、今に当てはめるのも、はたしてどうなのか、わからないですけどね。

で、このあと、時代のニーズに合わせてサブ・カテゴリーが増えていくことになります。

こんな感じです。

フォーク部門(1960年)
ロック部門(1980年)
ラテン部門(1984年)
メタル部門(1989年)
ラップ部門(1989年)
オルタナティヴ部門(1991年)
グローバル・ミュージック(ワールド・ミュージック)部門(1991年)
エレクトロニック・ミュージック部門(1998年)
ムジカ・ウルバーナ部門(2022年)


このような感じで増えて来ています。最後のヤツはレゲトンを対象にしたものですね。

これをざっと見た場合に、「これは排除のために設けただろ?」と思えるものはありますでしょうか?僕は少なくとも、これらに関してのそうした苦情は聞いたことはありません。

黒人アーティスト側でも「自分たちは主要部門で差別されている」という話は耳にしますけど、「だからラップ部門やR&B部門を廃止しろ」という主張は聞いたことがないです。タイラーの話に戻しますと、彼、増えた部門の廃止を訴えるような発言をしているわけではありません。今回のARMY側の主張で「彼がアーバン部門を廃止させた」みたいな主張をしている方も実際見ましたが、アーバン部門は「プログレッシヴR&B部門」と改称しただけで現在も続いています。

人によっては今回の件で、2000年に出来た、グラミー賞から独立したアワード、ラテン・グラミー開催開始を「排除のため」と主張する人はいます。それは、ラテングラミーが最初に開催された年のグラミー賞でサンタナが8部門を独占しマイケル・ジャクソンの「スリラー」と並んだのを受け、「マイケルの記録を抜かせないためだろ」という主張ですね。

ただ、サンタナがたくさん受賞したからって、すぐにラテン・グラミーが開催されるはずもなく、1997年からあらかじめ準備されたもの。その時点で、その前までキャリア的には全く売れなくなっていたサンタナの復活での快挙も予想できるはずもないので、それもどうかなと思いますけどね。

さらにいえば、ラテン部門に分けても、バッドバニー、去年秋のラテングラミーでも圧勝して、さらに今年のグラミーでも完勝したじゃないですか。アジアに部門が出来たからといって、それで主要部門が取れないということは、このバッドバニーの件で矛盾するような気もするのです。

さらに言えば、僕の住んでいるブラジルの立ち場からいうと、グローバル・ミュージック部門でブラジルのアーティスト、よく受賞するんですよね。これをメディアはめでたいこととして報じるし、「そんな屈辱的な賞はいらない」などといって受賞を拒否したアーティストも聞いたことがないです。


Best Asian Pop Performance部門のシステム的杜撰さ


上までが、今回の新部門設立に関するグラミー側の意図に対しての推理的見解です。

続いては、この新部門そのものについて語っていこうと思います。

僕自身はここまでの流れで、「グラミー側に悪意があって新部門を設立した」とのナラティヴに関しては、証拠不十分で懐疑的です。しかし、この新部門そのものに関して、システム的な疑問はかなりあります。

「話題性があるから部門を増やしましょう」は、グラミーが歴史的によくやってきったことです。ただ、「増やしましょう」と言ったところで、「じゃあ基準は?」「どういう人が投票するの?」というのがわからないと不安ですよね?

僕は今回、ここがすごく甘いと思うんですよね。設けると言ってもたったの1部門。「アジアのポップ・ミュージック」と言ってもいっぱいあるわけですよね。運営側はおそらく、Kポップが流行って久しいからそれを対象にと思ったんだと思うんですけど、問題は名称に特定の国名を表すものがつくこと。それはグラミーは原則避けますから。なのでアジアンということになったと思うんですけど、そうなったらアジアも大概で広いわけで。しかもダンス・ポップだけがあるわけじゃなく、ロックもあるし、地域の伝統音楽みたいなものもあるわけで。

そういうものをはたして適切に審査できるプロパーがレコーディング・アカデミーに一体何人いるのか。そこ疑問ですよね。今まで対処してきてなかった音楽ですから、いくら1万人以上会員がいるからって、そんなに多いはずがないんですけどね。

それプラス、一番今回痛かったのは

英語楽曲の排除

これによって、バンタンの「Arirang」が対象外となってしまったことです!


これはさすがにまずいと思います。これ、運営側がなぜそうしたか。推測できるところもあるんです。それはアメリカの中で、アジア系の血を引いたアーティストが実際に存在するから。だって拡大解釈すればブルーノ・マーズやオリヴィア・ロドリゴも可能になるし、ミツキやJojiに至っては日本人アーティストとしてカウントするのも無理なことでは決してないですからね。そうしたアーティストを対象外にするために考えたことなんだとは思います。

ただ、そうすることによって、バンタンのようなアメリカ市場をしっかり狙い、かつ出身国にもしっかり根ざしたアーティストが除外されてしまうというのは、これはあってはならんことですよね。これに関しては、その理由がなんであれ、怒るべきところだと思います。

ただ、グラミーの新設部門の粗相ってこれに限ったことじゃないんですよね。

関しては、この件を思い出すんですよね。

1989年のグラミーではじめてメタル部門が導入された際、誰もがメタリカの受賞を期待した中、受賞したアーティストがジェスロ・タル。一般にプログレ・バンドとして見られていた一世代前のバンド。タルはタルで良いんですけど、世はやれグラム・メタルだスラッシュ・メタルだってときに売れなくなってた40代のバンドがいきなり読み上げられてみんな目が点になっちゃった・・・っていうね。

これに限らず、新しいジャンルに対してのグラミーの対応ってこういうことがおきがちなんですよね。またこれを繰り返しかねないと思うと・・・しんどいですよね。


ボイコットなければ、主要部門にノミネートされていただろうか?


続いて、「もしバンタンがボイコットしないでノミネートのためのエントリーをしていた場合、主要部門にノミネートされていたと思うか?」について話したいと思います。

単刀直入にその件に関しての僕の見解をいいます。

可能性そのものはあったと思います。

しかし

受賞はなく、ノミネートがあってもかなりギリギリで。

こんな感じですね。

まず、僕自身が「Arirang」に関してどう思っていたかは

これくらいの評価はしてます。厳しいレビューだったり、ARMYの中でさえも評価が分かれたアルバムの中で、あえて「Dynamite」や「Butter」の成功をたどることなく、ちょっとメランコクリックな方向であえて実験してみた、ヒップホップが現状良い状況とは必ずしも言えない中、自分たちのバック・トゥ・ルーツで「こうしたら面白いのに」と自分たちなりの表現で示したことなど、僕は積極的に評価したいと思ってます。おそらく、僕個人の年間ベストのどこかにも入るでしょう。

ただ、このアルバムの問題は、その「評価が賛否両論」なところなんですよね。これがちょっと勢いを殺してしまっているところがあるんですよね。

それはグラミー賞みたいな、「まがりなりにも内容」というものをアピールしているタイプのアワードだと有利には働きません。「売上高がデカかったら、すなわちそれが勝利する」みたいな、その昔の日本レコード大賞みたいなものであったら、このアルバムが受賞する可能性は十分あったと思います。しかし、グラミーというのはそういう賞ではない。

グラミーに関しては、それ専門の予想サイトみたいなものがありまして。
主に最大賞のアルバム・オブ・ジ・イヤーでそれを行っているんですけど、いくつか例を見ていくことにしてみましょう。


たとえばビルボードが、バンタンのボイコットの2週間前に出していた予想だと「Arirang」はノミネート予想に入っていませんでした。

有名音楽インフルエンサー、PopSamCamの7月22日付のグラミー予想でも名前があがっていなかったです。


では。なぜそのような判斷になるのか。検証してみたいと思います。

媒体に載った音楽レビュー、そして一般ユーザーのレビューの得点を合計して平均値を出したサイト「AOTY」の調べによると、「Arirang」は媒体レビューの平均ポイントが74点です。その下の42点は後で説明します。

74点という得点そのものはなかなか悪くない点数です。しかし

今回のグラミーに関して出ているあらゆる予想で下馬評の高い、オリヴィア・ロドリゴ、オリヴィア・ディーンの両オリヴィア、RAYE、ロザリアの4人に比べるとだいぶ低いと言わざるを得ません。この時点で「本命」とは言えなかったところはあります。


「Arirang」は同じくAOTYを争うと見られていたノア・カーン、ハリー・スタイルズ、ブルーノ・マーズ、テイラー・スウィフトの対象作より媒体評価の点数は上です。

ただ、さっき「42点」として触れたユーザー評価、バンタンの場合はこれが
慢性的にいつも低い
のです。

こういうサイトに自分のレビューを載せたい一般人のタイプというのは、「人より音楽知ってる自身満々の素人」タイプ。こういう人たちの声がネット上で広がりやすいところがあるし、これが実際の批評家のレビューより影響力があったりします。ここが弱いところがBTS評価を難しくしています。

なぜ、そうなってしまうのか。それは、まだKポップに対しての一般的な批評評価が、とりわけ欧米圏で上がっていないことを意味します。ぶっちゃけていえばバンタンはこれでもまだ良い方ですからね。

なぜそうなるのか。それは欧米の音楽観だと「自分自身で曲を書かない、演奏しない音楽は評価されにくい」ためです。「ちょっと待て。バンタンは自分で曲を書くぞ」と反論する方もいらっしゃると思います。ただ、今の御時世、どんなアーティストでも「コライト(共同ソングライティング)」が当たり前になっているので、ただクレジットがあるだけでは不十分。他のソングライターが1人かないし2人でそれがほぼ全曲でない限り、「自分で作った」は通らないところがあります。

とりわけボーイバンドは評価があがらない代表のようにグラミーでは慢性的に言われ続けています。これまで歴代のボーイバンドで主要部門で受賞した前例はなく、バックストリート・ボーイズが人気絶頂期の2000年に1度ノミネートされただけに過ぎません。

たとえば僕の場合は、Kポップは、欧米のボーイバンドが発展させそこねていた「ヴォーカル、ラップ、ダンス」の3つの技能を磨け上げ、総合的なエンタメ・アートにまで高めたことで人々の見る目を変えたと思っているし、2020年には遂には全米ナンバーワン・シングルまで出して「固定ファンだけが熱中してる」というイメージさえ覆した。なので「Dynamite」「Butter」の頃には、「坂本九以来、約60年ぶりのアジア人としての全米1位ということでレコード・オブ・ジ・イヤーのノミネートがあるのでは」とも期待しましたが、それでも偏見をくつがえすところまでには至らなかった。

そういうこともあって「Arirang」には、「そこを乗り越えられるかな」と期待をかけたんですけど、「今回のリアクションだと、まだ難しいかなあ・・」と思っていたところに、今回のボイコットだったわけです。

この先、バンタンが主要部門にノミネートされるためには


僕個人は、グラミー賞そのものに憧れも何もないし、音楽ファンとしての優先順位も低かったし、愛してきたアーティストにグラミーと縁のあるタイプもほとんどいなかったりするので、「そこまでして手にする価値、あるのかな」とも思います。

ただ、もし、それでもグラミーの主要部門を手にしてみたい気持ちがあるのなら、やるべきことは2つ。一つは特大のヒット曲を出すこと。でも、もしそれでそれが実現するのなら、その時は最悪、バンタンへの興味を失うときかもしれません。まあ、「セルアウト」ってヤツですけど。

もし、そうじゃない、そして僕自身が望むやり方として、ヒントになりそうな路線と言えば、これですね。

ハリー・スタイルズの2023年のグラミーAOTY受賞アルバム「Harry's House」。ハリーは世界一のボーイバンド、ワン・ダイレクションに
いたのに、そのときはグラミーのノミネートすら受けませんでした。しかし、解散後に本当に自分のしたい音楽性を表現し始め、ロック、インディ・ポップでのセンスを披露。このイメージ・チェンジが多くの人にアピールした結果、過去の偏見を完全に吹き飛ばして、当代最高のロックスターにまでなっています。

僕はなにもバンタンに「ロックに転向しろ」などと言うつもりは毛頭ありません。もともとヒップホップ強いんだから、そっち方面で全然いい。もちろんインディ的手法も使っても全然構わない。

というより、そのヒントなら自分たちでもすでに出してる気もするんですけどね。

ナムジュンのこのソロ・アルバム「Right Place,Wrong Person」。ここでふりきってやったようなことをバンタンでも活かしていいんじゃないかと思うんですね。「Arirang」でも、だいぶやってる方だと思うんですけど、まだやっていいんじゃないかと。それくらいのほうが「おおっ、なんかすげえんだな、BTSって!」と見直す人が増えると思うんですよね。僕自身、こういう側面があるからこそ、ずっとウォッチしてるところがあるので。

この続きは一体どうなるんでしょうね。

・・・本当はこれ以上に、「なんで最近、みんなグラミーに注目したり、欲しがるようになってんの??」という話をしたくもあったのですが、バンタンからそれる話でもあるのでそこは割愛しました。その続きは、次回のウィークリーのヘッドラインでやります!



















































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