研究者のキャリアと、別居婚という夫婦のかたち
最近ずっと心の中にモヤモヤが残っている。
そのモヤモヤの理由は、自分の人生の決断に対して「何をやっているんだ」と咎められることに、どうしても納得がいかないからである。
大学教員からポスドクへ
状況を整理すると、私は大学教員のポジションを離れ、別の大学へポスドクとして転職することを決断した。もともとの職務は大学運営や教育業務が中心で、研究に割ける時間が非常に限られていた。そのため、研究者として今後のキャリアを考え、研究に集中できる環境に移ることを選んだ。(詳細は以下記事参照)
この決断については、直属の上司を含め、多くの教授が理解を示してくれた。研究者としての将来を考えれば自然な判断だ、と応援してくれる方も多かった。
夫婦関係に対する心配の声
ただし、その一方で、別の意味での心配の声は多かった。
それは「夫婦の関係」についてである。
今回の転職により、夫とは遠距離生活になる。
これまでも別居ではあったが、距離は50kmほど、車で1時間程度だった。それが今後は500km、車で7時間ほどの距離になる。
これについて、「夫婦関係はだいじょうぶなの?」と踏み込んで心配してくれる人もいた。
2人で決めた選択
もちろん、この決断は私一人で決めたものではない。
夫もまた転職したばかりの仕事にやりがいを感じており、近いうちには海外本社で働くことを目標に頑張っている。そんな状況で、私の任期付きポスドクの勤務地に合わせて彼が転職するのは、彼のキャリアにとっても大きなリスクになる。だからこそ、夫婦でよく話し合い、ひとまず2-3年はお互いの仕事に集中する時間にしようと決めたのだ。
夫婦仲についての自己認識
「別居」というと良く夫婦仲を心配されるのだが、
私たちは、我ながら仲の良い夫婦だと思う。
仕事のことも悩みもよく話すし、離れていればよく電話もする。性格は真逆だが、根本的な価値観が似ている。お互いのキャリアを尊重し、尊敬し合えている関係だと思っている。
両親の強い反対
ところがどっこい、この決断に対して、私の両親は強く反対した。
「嫁の親として、勝手なふるまいをして向こうのご両親に合わせる顔がない」
「お世話になった大学の教授に恩をあだで返すことになるのではないか」
私は、できる限り説明をした。将来大学教員として働きたいこと、そのために研究業績を積む必要があること、アカデミアでは若いうちにポスドクとして拠点を移動することは珍しいことではないこと。
それでも、やはり理解は得られなかった。
自らが築いてきた家庭モデルこそが正解だと信じる無意識のバイアス
両親が強く反対した理由として、私なりに分析してみた。
そこには、築いてきた家庭モデルの違いが大きく関係しているのではないかと思う。
私の実家は自営業で、母は専業主婦だった。
父が一家の大黒柱として働き、母が家庭を守るという、いわゆる古典的な家族モデルの中で育ってきた。
それに対して、私たち夫婦は共働きで、収入もおおよそ同じである。職種は違うが、それぞれが自分のキャリアを追いかけている。時代も状況もまったく違うのである。
私の両親は、無意識下で、夫婦は当然一緒に暮らし支え合わなければならないと思っている。最悪の場合、離婚につながるのではないか、と心配しているのである。
心配をかけて申し訳ない気持ちもある。ただ、異なる夫婦の形を説明しても理解してもらえないことに、やるせなさを感じる。
私は、お互いを信頼し合っていれば、離れていても夫婦としてやっていけると思っている。そのような夫婦の形を築きたいと思っている。
それに、何も地球の反対側に行くわけではない。同じ日本にいるのだから、月に一度くらいは会えるだろう。私たちはお互いを好きで生涯を共にしたいから夫婦になったのであり、お互いを縛り付けるために夫婦になったわけではない。
そんな、異なる夫婦の形に理解を示せないのは、自分が築いてきた夫婦の形こそが正解だと思うアンコンシャスバイアスがあるのではないだろうか。
女性が男性を支えるという「古典的な夫婦の形」に関する固定観念
もう一つ、この話題に関して私が気になる固定観念がある。この話をすると、多くの人(特に親世代の50-60代の人)は
「やさしい旦那さんでよかったね」と言う。
それは確かにその通りだとも思う。やりたい事を追求したいという思いを尊重してくれる夫ばかりではないと思う。
しかし同時に、ふと疑問に思う。
もし男女逆の立場だったら、同じ言葉が使われるのだろうか。
「転職を許してくれるやさしい奥さんでよかったね」
おそらく、あまり言われないのではないだろうか。
その違和感の根底には、女性は夫を支える側であるべき、夫の仕事についていくものだ、という無意識の価値観があるのではないかと思う。
とはいえ私は心の叫びをぐっと堪え、話を合わせる。
「本当に、自由にさせてくれる夫で、ありがたいです」
もちろん感謝の気持ちは嘘ではない。でも、心のどこかで引き裂かれるような気持ちになるのだ。
私たちが目指す夫婦の形
私たちは、対等な関係の夫婦だと思っている。
同じように働き、同じように悩み、同じように人生を選択している。
そんな選択の中で、お互いに精神的に支え合い、生きている。
それなのに、外からは「自由に好きなことをしている嫁」と「それを寛容に許している旦那」という構図に見られてしまう。そんなことに、
どうしようもなく、モヤモヤする
男女の役割に対する固定観念。
アカデミアにおける若手研究者のキャリア形成の難しさ。
そして、それらが周囲に伝わらないこと。
おそらく数年後、もし私が目標としている研究成果を出し、大学でポジションを得ることができたら、家族は「あの時の決断は正しかったね」と言ってくれるのかもしれない。
けれど今は、
「何をやっているんだ」と言われることに対して、ただモヤモヤしかない。
モヤモヤしながら、「何を言われても気にしない」という対処をしている。
周りに同じような悩みを共有できる人がいないことも辛さの一つなので、ありのままの思いをnoteに書いてみた。共感してくれる人が少しでも世の中にいれば嬉しい。
