辞職に必要だったのは周囲の期待を裏切る勇気
前回、教員からポスドクへの転職について書いた。
今日は、転職を決断した経緯を書いてみる。
実は、辞職を決断する直前まで、私は転職する可能性を全く考えていなかった。ある人の言葉がきっかけで、突然、決断することになったのだ。
短い大学教員生活を振り返ると、学生時代よりもさまざまな分野の研究者と関わることができ、教育や大学運営を通して社会に貢献している実感もあり、やりがいのある仕事だった。
一方で、学生に関われば関わるほど、心の中で別の思いが大きくなっていった。
「自分の手で実験がしたい。もっと研究に時間を投下したい。」
教員という仕事に就いたとき、私は「教育も運営も研究も全部やる」と意気込んでいた。
しかし現実はそう甘くはなかった。要領が悪いと言われたらそれまでだが、研究は思うように進まず、日々は雑務に追われて過ぎていく。求められても学生に沢山の時間を割く事ができない。忙しいのに、なぜか満たされない。そんな葛藤を抱え続けていた。
次第に、組織が自分に求めるキャリア像と、自分がなりたいキャリア像の境界が曖昧になっていった。そのことにも気づかないまま、大学という組織のために働いていた。
そんなある日、私の働きぶりを見ていた身近な研究者の先輩に、こう言われた。
「5年後、10年後、どんな自分でいたいか?
今あなたが日々やっていることは、そこへつながってるか?
すべての人の期待を満たすことはできない。
自分が好きな自分でいるためには、周りの期待を裏切る覚悟が必要だよ。」
八方美人になり、組織のための仕事に追われている現状に焦る私を見透かしたようなその言葉は、真っ直ぐに私の心を突き刺した。
その瞬間は、正直とても痛かった。
でも翌朝になると、長い間絡まっていた心の糸が、ふっとほどけたような感覚になった。
確かに置かれた場所で組織のために精一杯頑張ることは大切だ。でも任期付きである以上、組織のためにどんなに頑張ったところで任期が切れた後には誰も責任をとってくれない。自分の将来のポジションを作るのは、自分の努力と決断が導く確固たる成果ででしかない。そんな当たり前のことに、気付かされた。
この言葉をきっかけに、私は教員を辞め、自分がやりたい研究に集中できるポジションへ転職することを決意したのだった。
愛をもって厳しい言葉をくれたその先輩に、私は心から、感謝している。
耳の痛いことを言ってくれる人は、貴重だ。
誰だって自分のことで精一杯だし、若手研究者は特に余裕がない。教授クラスの先生は、大方組織のために働いている。だからこそ、わざわざ若手の進路に踏み込んで、組織に不利益な本音を伝えてくれる人は、そう多くない。
だからこそ、私は先輩の厳しい言葉に、愛を感じたのだ。
私もその先輩のように、
悩める人に対して、困っている人に対して、
愛をもって真摯に向き合える人間でありたいと思う。
