【速報】「人殺し」の次は「スラップ訴訟」─斎藤元彦、民間人を刑事告訴か?
2026年7月3日、衝撃のニュースが飛び込んできた。正確にいうと「衝撃のポスト」が目に飛び込んできた。
「ニーバーの祈り」を引用した、亡くなった元県民局長の最期のメッセージを投稿したのは1年半前のことだ。
あれからこの件について書いた記事は、気づけば100本を超えている。変えられるものと変えられないものを見分ける祈りを書いた自分が、まさか1年半後にまだこの同じ話を書いているとは、正直思っていなかった。
終わっていてほしかった。
が、終わっていないどころか、遂に民間人を告訴する暴挙に出たのだ。
兵庫県庁前の歩道橋で声を上げ続けてきた難波文男氏。
SNSで県政批判を発信してきた中道一政氏。
この二人が、同じ日の午後、それぞれ自らのXで、生田警察署から名誉毀損での告訴を告げられたことを明かした。二人の投稿を照らし合わせながら、今わかっていることを書く。
発端は、あの会見でのあの「怒声」だった
話は6月3日の定例会見に遡る。
著述家・菅野完氏が、元県民局長の懲戒処分をめぐる質疑応答の最中に「人殺しやないかお前は」と発言した。会見は一時中断し、斎藤元彦は「看過できない発言だ」と述べた。
看過できない、という言葉を、この知事の口から聞くたびに苦笑いが漏れる。看過できないのはどっちだよ。人が一人死んで、その責任の所在を第三者委員会にも百条委員会にも指摘され、遂に高市早苗からも違法認定されて、それでもなお「文書は嘘八百」と言い張ってきたのはどっちだよ。
この発言をめぐって、斎藤知事側は生田署に刑事告訴し、9日付で受理されている。これが今回の一連の告訴の起点だ。
刑法230条の2には、公務員や公職の候補者への批判について、「公益目的があり、内容が真実か、真実と信じるに足る相当な理由があれば免責される」という規定がある。
元県民局長の死という重い事実があり、その責任の所在をめぐる政治的・道義的な批判という文脈で発された言葉である以上、これは表現の自由の範囲内で処理されるべき性質のものだろう。これが多くの人間の見立てだ。
起訴のハードルは低くないが、それでもやるという。
これが今回、私が一番腹を立てている部分だ。
「人殺し」は、止まらない
7月3日午後2時55分、難波文男氏(@nanbafumio3)が自らXに投稿した。
【あ報】
— フサちゃん(難波文男) (@nanbafumio3) July 3, 2026
斎藤元彦、難波文男を名誉毀損で刑事告訴する笑
おそらくは #斎藤元彦は人殺し の件だと思われるが、「公益通報者保護法違反の斎藤さん」では訴えないのかな?なんでなんで? https://t.co/VHhT7FfcTZ
斎藤元彦から名誉毀損で刑事告訴されたという一報で、「報」の前に「あ」と付けて、末尾に「笑」とだけ加えている。
この「あ」と「笑」の軽さに、私は難波氏同様怒りが頂点に達した。本人が名指ししているのは、おそらく「#斎藤元彦は人殺し」というハッシュタグをめぐる件だ。
引用元として貼られているのは6月18日の自身の投稿で、歩道橋の上で「斎藤元彦、人殺し」と叫ぶことをよしとする人間の一人だと、公然と述べたものだった。この投稿は3時間で12万表示を超えている。
その1時間ほど後、午後4時1分。
今度は中道一政氏(@kznakamichi)が難波氏のポストを引用する形で投稿した。自分も生田警察署から電話を受け、斎藤元彦からXのポストに関して名誉毀損で告訴されたと告げられたという。
私も先ほど生田警察署から電話を頂き、斎藤元彦からエックスのポストに関して名誉毀損で告訴されたと言われました。けどですよ。さすがに、為政者が一市民の立場の難波さんを告訴するなんて、あり得ないですよ。為政者ですからね、あれでも、一応、辛うじて。 https://t.co/rIPk5zay1E
— 中道一政 (@kznakamichi) July 3, 2026
中道氏の反応は端的だった。為政者が一市民を告訴するなど本来あり得ない、それでも一応は為政者だから辛うじて筋を通しているだけだ、という皮肉だ。この投稿も4万表示を超えている。
示し合わせたわけではない二人が、同じ日の午後、同じ告訴主から、同じ罪名で狙われた。偶然にしてはできすぎている。菅野完氏、難波文男氏、中道一政氏。もう三人だ。三人目にして、さすがに「個別の名誉毀損トラブル」という言い訳は通用しない。
狙われているのは発言ではなく、抗議活動そのものだ。
声を上げてきた人間を、一人ずつ、順番に引きずり出しているだけだ。
何が「批判は真摯に受け止める」だ。
真摯に受け止めずにブチ切れて告訴だろうが。
これは「スラップ」だ
法律用語で丁寧に包んで書こうとしたが、やめた。
もってまわった言い方はやめる。
これはスラップだ。
スラップという言葉自体は、多額の賠償を求める民事訴訟で批判者を疲弊させ黙らせる手法として知られてきた。これは民事ではない。
だが今回はもっとタチが悪い。
警察と検察という、国家そのものの捜査権力を利用している。
権力を持つ側が、持たない側を、国家の名前で訴える。どうせ「個人として」とか言い訳するだろうが、この非対称性そのものが、もう答えだと思う。書いていて馬鹿馬鹿しくなるくらい、答えは最初から出ている。
告訴の対象になっているのは「人殺し」という一部の過激な表現であって、その言葉が出てくる土壌になった公益通報者保護法違反の疑いそのものではない。
第三者委員会も百条委員会もあの高市ですら、県の対応を違反の可能性が極めて高いと認定している。
ここに、斎藤は一度も正面から答えていない。答えないまま、批判者を一人ずつ法廷の外側から締め上げていく。論点のすり替えなどという生易しいことでなく、自分に向けられた本当の追及から逃げるためだけだ。使い方が卑怯すぎて、逆に感心しそうになるが、嘘です、感心してどうする。
有罪にできるかどうかは、実のところどうでもいいのだろう。
警察の聴取に応じる。弁護士を探す。刑事被告人になるかもしれない。それで威嚇になるとでも思っているとしたらホンモノの阿呆だ。
相手は難波文男に、中道一政に、あの菅野完だぞ?
みんな法廷に立つことを手ぐすね引いて待っている。
なにより県庁前や歩道橋に集まるプロテスターたちの意気が上がりまくって益々激しくなることだろう。
1年半、100本
ニーバーの祈りを投稿してから1年半。100本を超える記事を書いてきて、正直、書くたびに同じ怒りを新しく持ち直すのは疲れる。疲れるが、慣れることの方がもっと怖い。慣れた瞬間に、この件は「またか」で片づけられる案件になり下がる。それこそが、告訴する側が一番望んでいることだ。
公権力が、批判する市民を一人ずつ名指しで訴えていく。
この光景を「仕方がない」で流してしまえば、次に萎縮するのは、抗議の現場に立つ人間だけでは済まなくなる。会見で質問する記者も、SNSで一言つぶやく有権者も、みな同じ天秤に乗せられることになる。
一瞬でもジャーナリストを志した者として、私はこの流れを見過ごすつもりは毛頭ない。
100本書いてきて、まだ書き足りない。
まだまだ書き足すことは山ほどある。
これが私の公益通報だ。
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